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第31話:上位種の止まない『口撃』。

朝食が終わっても、エルゼの「口撃」は止まるところを知らなかった。


むしろ、腹が満たされたことで魔力出力が安定したのか、その煽りのキレは増す一方だった。彼女は宿の中を、まるで自分の所有物であるかのように闊歩し、目につくもの全てに『ダメ出し(低評価)』を突きつけて回っている。


「……ねぇ、ルナ。さっきからその、いたそ~♡ な顔で掃除してるけど、そんなに雑巾がけって難しいの? ……それとも、お勉強、足りないの?♡ 魔法で一気に済ませればいいのに。……あ、もしかして、魔力の制御(コントロール)もできないどんくさ♡ なの?」


「……うっさい。そんなことないわよ。これは、シエルが『隅々まで手で磨くことで宿のコンディションがわかる』って……」


「ぷぷっ♡ おめでた~い♡ 真に受けちゃって。……ねぇ、それよりあんたの魔力、やっぱり美味しそう。……ちょっとだけ、私に献上してみない?♡ 成功したら、特別に私の『お気に入り(おもちゃ)』にしてあげてもいいよ? ……あ、怖くて足がふるえてるの?♡」


朝からエルゼはルナに対して異常に絡んでいる。おそらくルナの魔力の質の高さに興味を持ったのだろう。今やルナはエルゼのお気に入りになりつつある。


一方、ルナは天才魔術師としての自尊心をズタズタにされ、ついに掃除の手が止まってしまった。


魔力とは精神の安定に左右されるものだ。エルゼの執拗な「人格否定」により、ルナの周囲の魔力は濁り、本来の輝きを失い始めている。


一方で、食堂ではミアが、エルゼによって指定された「序列」に、今日一番の怒号を上げていた。


「な、なんじゃとぉ!? 妾を差し置いて、お主がシエルの隣の席に座るというのか!?」


「……当たり前でしょ。……あんたみたいな、魔力の薄いちんちくりんより、私の方が圧倒的に高次元(ハイエンド)なんだから。……シエルの隣は、私みたいな『格上』が座るべき特等席(シート)なの。……身の程、知ろうね?♡」


「おのれぇぇ! 妾が、妾が先にここに来たのじゃ! 戦闘能力も妾が上なのじゃぞ!」


「あはは! 顔真っ赤! 怒りすぎて脳みそオーバーヒートしちゃった? ……ば~っか♡ 私よりあんたが強いわけないじゃ〜ん♡ そ・れ・に、序列なんて、性能(スペック)で決まるものよ。……ねぇ、シエルもそう思うでしょ? こんなゴミ(くず)♡ より、私の方が役に立つって♡」


エルゼが、勝ち誇った顔で私を振り返る。


だが、私は帳簿の数字を精査しながら、一度も顔を上げることなく答えた。


「……席順に関する明確な規定は存在しません。空いている席を、効率的に埋めてください。……あと、ミア様。声を荒らげるのはカロリーの無駄遣いです。……エルゼ様、あなたは掃除の邪魔です。歩行ルートを妨げないでください」


「……っ……、また……! また、……その、無反応な対応……っ!」


エルゼの美しい顔が、今度は苛立ちで歪んだ。


彼女にとって、相手を思い通りに怒らせ、泣かせ、屈服させることは呼吸をするよりも簡単なはずだった。なのに、私という女だけは、彼女の言葉を「物理的な風圧」程度にしか受け流さない。


「……なによ、あんた……! 私が、わざわざあんたに話しかけてあげてるのよ!? ……普通なら、光栄すぎて涙を流して跪く場面(シーン)なんだけど!? ……理解(わか)ってないね~♡ ……本当に、あたま、だいじょーぶ?♡」


「……ええ。健康診断の結果、異常はありません。……それよりも、エルゼ様。あなたのその『煽り』に費やしている時間とエネルギーを、宿の収益に直結する労働に変換する気はありませんか? ……もし無職を貫くのであれば、宿泊費の滞納として『強制退去』も視野に入れますが」


「……はぁ!? ……た、滞納!? ……この私に、……金を払えって言うの!? ……ば~っか♡ 竜族に、そんな下俗な概念が通用すると思ってるの!? ……あんたの常識、化石すぎて話にならないわ〜♡」


エルゼは、ついに私のデスクの前に回り込み、ドンドンとテーブルを叩いた。


彼女の紅色の瞳には、私という「難攻不落のシステム」を無理やりこじ開けようとする、歪な執着が宿り始めていた。


「……いい? よく聞きなさいよ、このむっのう♡ ざぁこ♡ 泥人形♡。あんたは、黙って私のわがままを聞いて、美味しいご飯を作って、……昨日の、……あの、……指先のやつだけやってればいいのよ! ……それ以外のこと、私に言わないでくれる?♡ ……あきらめたら?♡」


従業員の士気は、既に底を打っていた。


ミアは「もう我慢ならん!」と宿の庭で魔力を暴発させ、ルナは隅っこで膝を抱えて「私はダメな魔術師だわ……」と呟いている。アルテミスは「シエル、もう限界だ。……あの子を黙らせるか、私が宿を出るか、二つに一つだぞ」と、剣の柄を握り締めていた。


宿『木漏れ日』の運営効率、前日比 -42%。


(……ふむ。予想通り、彼女の存在は既存の組織に対して強力なデバフとして機能していますね。……ですが、これは『組織の再構築』における必要な摩擦です)


私は、静かに帳簿を閉じた。


そして、私の顔を覗き込み、次なる煽り文句を探しているエルゼの瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。


「……エルゼさん。……今の発言、聞き捨てなりませんね。……私の『指先の技術』に、それほどまでの価値を感じておられる、と?」


「……っ!? ……へ、……あ、……な、なによ、……急に……っ。……べ、別に、……あんなの……、……ちょっと、……気持ちよかっただけで……っ、……調子に乗らないでよね、ざぁこ♡」


エルゼが、一瞬だけ動揺を見せ、視線を泳がせた。


その頬に、僅かに差し色のような赤みが差す。


「……よろしい。……では、従業員たちのメンタルケア、および宿の規律の再確認のため、あなたと一対一で『個別面談(カウンセリング)』を行います。……場所は、二階の特別室です。……拒否権はありません」


「……は、はぁ!? ……むりむり♡ なんで私が、……あんたなんかと……っ。……あ、もしかして……、……二人きりになって、……私をどうにかしようとか思ってるの? ……だっさ♡ ……そんなの、……お勉強、足りないよ?♡」


彼女は必死に煽りフレーズを紡ぐが、その声には微かな、期待と不安が入り混じった震えがあった。


「まさか……シエル、やるのか……? あの『社員教育スーパー・なでなで』を」


アルテミスが、期待を込めた眼差しで私を見ていた。


私は無言で頷くと、エルゼの細い手首を、事務的な、けれど逃げられない力で掴んだ。


「……ちょっと! ……離しなさいよ! ……この、……鈍間(のろま)な低位種♡ ……! ……あ……、……待って……、……そんな、……強く……っ……♡」


煽りながらも、エルゼの身体は、抗うどころか吸い寄せられるように私の後を追ってきた。


宿の混乱を鎮めるための、最終メンテナンス。


私は、背後で「妾も行くのじゃ! シエル、妾も連れて行け!」と騒ぐミアをルナに押し付けると、竜族の姫を伴い、階段を上がっていった。



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