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第27話:『竜族』を拾いました。

宿『木漏れ日』の重厚な玄関扉を開けた瞬間、そこにいたのは、期待と誇らしさ、そして僅かな寂しさをその瞳に湛えた銀髪の幼女――自称魔王のミアであった。


彼女は私が教えた通りの「正しい待ち姿勢」で、背筋をピンと伸ばし、仁王立ちで出迎えてくれた。そのエプロンの端には、中庭の草をむしったのであろう泥が僅かに付着しており、彼女がいかに真面目に「城の守護(留守番)」という任務を遂行していたかを物語っていた。


「シエル! 遅いのじゃ! 妾の守護のおかげで、この城は蟻一匹……、……っ、む? お主、その、腕に抱いている薄汚れた赤毛は、一体何なのじゃ……!?」


ミアの声が、歓喜から一転して、低く地を這うような威圧を帯びた。


彼女の全身から、物理的な重圧となって魔力が漏れ出す。自分こそがシエルの「最優先顧客」であり「唯一無二の主人」であるという自負が、私の腕の中に収まっている「未知の異物」によって激しく揺さぶられたのだ。


「ミア、静かにしてください。……緊急事態です。お客様が瀕死……いえ、深刻な『不具合』を起こしています」


私が抱きかかえている赤髪の少女――竜族は、もはや意識の混濁が極限に達していた。


彼女の肌からは、まるで焼けた鉄のような熱気が立ち上り、私のシャツをじりじりと焦がさんばかりの温度になっている。頸動脈は壊れたメトロノームのように不規則な拍動を刻み、その小さな身体は微かな痙攣を繰り返していた。


だが、そんな死線にありながらも、少女はミアから放たれる「魔族の気配」に本能的に反応した。


彼女は重たい瞼を僅かに押し上げ、焦点の定まらない黄金の瞳でミアを捉えると、ひび割れた唇を嘲るように歪めた。


「……なによ……。……その、……よっわそうな……低出力の……幼体モデル。型落ち魔族……。……雑魚幼女……♡」


「な……っ!? お、お、おのれぇ……! 初対面の妾に向かって、なんという……なんという不敬な物言いを! シエル! 今すぐその無礼な赤毛をそこらへんのドブに捨ててくるのじゃ! 妾の逆鱗に触れた報いを受けさせてくれるわ!」


ミアが激昂し、小さな拳を振り回して地団駄を踏む。玄関ホールの空気が、彼女の怒りに呼応してビリビリと放電を始めた。


「ミア、落ち着いてください。……ルナ、アルテミス、荷車の食材を冷暗所へ。……ミア、あなたには『城の守護者』として、もう一つの重要任務を与えます。……この少女から漏れ出す余剰魔力が宿の設備を焼かないよう、結界の維持をお願いできますか? あなたにしかできない仕事です」


「む……っ。……う、うむ。妾にしか……できぬ、とな。……くっ、仕方ないのじゃ! 城を守るためならば、一時的にその無礼者を収容することを許してやる! だがシエル、その赤毛の処遇は、後で妾がじっくりと決めてやるからな!」


高度な交渉術おだてにより、ミアの怒りを「責任感」へと転換させる。


私は彼女を宥めると、そのまま竜族の少女を抱え、2階の特別室へと駆け上がった。


ベッドに彼女を横たえた瞬間、部屋の湿度が急上昇し、窓ガラスが真っ白に曇った。


彼女の脳内では、膨大な魔力が処理しきれずに熱へと変換され、脳細胞を焼き尽くそうとしている。


いわゆる『魔力知恵熱』。


竜族という高スペックな個体ゆえの、致命的な欠陥だ。


「……さて。……わがままなお客様ですね。……ですが、私の宿に来た以上、あなたの『健康状態』は私が責任を持ってケアします」


私は用意させた氷石を敷き詰めたタライと、清潔なリネンをサイドテーブルに並べた。


少女は「……さわるな……低スペックの猿……」と、熱に浮かされた声で呪詛のように「ざぁこ♡」と繰り返しているが、その瞳には生理的な涙が滲み、呼吸は苦しげに喘鳴を上げている。


「アルテミス、彼女の衣服を。……魔力によって繊維が変質し、肌に固着しています。無理に脱がせれば皮膚を痛めますから、私の指示に合わせて、魔力の結節点を切り裂いてください」


「……あ、ああ。了解した。……それにしても、すごい熱だ。……まるで小さな太陽を抱いているみたいだな」


アルテミスが緊張した面持ちで、ナイフを手に取る。


私は少女の熱い肌に触れ、魔力の流れが滞っているポイントを探り当てた。


鎖骨の裏、脇の下、そしてうなじから脊柱にかけて。


そこには、行き場を失った高密度の魔力が「しこり」となって停滞し、彼女の神経系を圧迫している。


「……いきますよ。……少し、冷たいを通り越した衝撃が走りますが、耐えてください」


私は、氷石で極限まで冷却した指先を、彼女の(うなじ)へと突き立てた。


「――っ!? あ……、……ぁ……っ……あああぁぁぁぁっ……♡」


少女の身体が、弓なりに大きく跳ねた。


凍えるような私の指先から、強制的に彼女の脳内に溜まった「熱」を体外へと引き抜いていく。


「……あ、……は……っ、……つめた……い……、……でも……、……なにか……、……くる……っ……♡」


彼女の黄金色の瞳が、初めて「侮蔑」ではない、抗えない「生理的快感」を伴う屈服の色に染まっていく。


プライドを焼き尽くす知恵熱と、それを理不尽なまでに冷徹なプロの技術で奪い去るシエルの指先。


私は休むことなく、彼女の四肢に溜まった熱をマッサージによって散らしていった。


「……この、……てつき……、……ハイクオリティ、すぎるのよ……。……バカ、人間……♡」


意識の瀬戸際で、少女が小さく呟く。


それは敗北の宣言であり、同時に、シエルの指先がもたらす「圧倒的な管理」への依存の始まりでもあった。


数時間に及ぶ緊急メンテナンスの末、彼女の体温は平熱へと戻り、その激しい呼吸は安らかな寝息へと変わった。泥に汚れていた赤い髪は、ルナの手によって丁寧に拭かれ、今では夕焼けのような美しい輝きを取り戻している。


私は額の汗を拭い、部屋の隅で様子を伺っていたミアへと視線を向けた。


彼女は、自分が結界を維持したおかげでこの「赤毛」が助かったのだと自分に言い聞かせつつも、シエルが付きっきりで世話を焼いていたことに、未だ納得がいかない様子で唇を尖らせている。


「……シエル。……その赤毛、もう大丈夫なのか?」


「ええ。ひとまずは峠を越えました。……ミア、あなたが外側から魔力を抑え込んでくれたおかげですよ。……見事な仕事でした、流石は魔王様です」


「……ふんっ! べ、別にお主のためにやったわけではないからな! 妾の城が熱気で湿気るのが嫌だっただけなのじゃ!」


ミアはプイと横を向いたが、その頬は僅かに緩んでいる。


だが、安堵したのも束の間。私はこれから始まる「第2段階」に向けて、既に脳内の思考を切り替えていた。


(……救護は完了しました。次は、彼女が目覚めた時の『心理的掌握』……そして、彼女の傲慢な自尊心を根本から再定義するための、食による教育の時間です)


私は眠る竜族の少女の寝顔を一瞥すると、明日への仕込みのために、静かに部屋を後にした。


背後でミアが「シエル! 妾にも、今の冷たい指先のやつをやるのじゃ!」と追いかけてくる声を聞きながら、私の意識は既に、市場で仕入れた「ワイルドボア」の調理工程へと向けられていた。




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