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第23話:2人への『お返し』。


大浴場に満ちる白く柔らかな湯気は、それだけでこわばった心身を解きほぐす効能がある。


私は脱衣所で、躊躇う二人をなかば強引に促し、浴室へと足を踏み入れた。


アルテミスは騎士としての鍛錬を物語る、無駄のないしなやかな筋肉を宿した肢体を、恥じらうように腕で隠している。


ルナも恥ずかしいのか、その白く華奢な体をさらに小さく丸めていた。


「さあ、お二人とも。まずは洗い場へ。今日は私が、あなたのための『専属お手入れ担当』です。……ミア、あなたは石鹸の準備をお願いしますね」


「うむ! 任せておくのじゃ。この『まおうさま特製あわ』で、お主らをピカピカにしてやるわ!」


ミアは小さなエプロンをこれでもかと泡だらけにしながら、一生懸命に桶の中で石鹸を転がしている。その光景の微笑ましさに、アルテミスとルナの表情も僅かに和らいだ。


「……シエル、本当に自分でするから大丈夫だ。貴殿にまでこんなことをさせるのは、騎士道にもとる……」


「アルテミス。今のあなたは騎士ではありません。……私の、大切な家族の一人です。……さあ、背中を向けて」


私は彼女の広い、けれど微かに震える背中にそっと手を置いた。


指先から伝わる彼女の熱。日々の巡回や訓練で酷使された筋肉が、鋼のように硬くなっている。


私は、ミアが作ったきめ細やかな泡を手に取り、彼女の肩から背筋にかけて、ゆっくりと体重をかけるようにして解きほぐしていった。


「……っ……ぁ……」


アルテミスの口から、微かな吐息が漏れる。


私の指先は、前世でのハードワークで培った「急所を見極める」能力を、今は彼女の疲労物質を散らすために使っている。


首筋から肩甲骨の裏側、そして腰へと。


私の手が動くたびに、彼女の背中から余計な力が抜けていき、ついには私の胸元にその豊かな体を預けるようにして、深く、深い溜息を吐き出した。


「……シエル。……貴殿の指は、魔法よりもずっと、私を……駄目にするな……」


「それでいいのです。……次はルナ、あなたの番ですよ」


私は、少し離れたところで所在なさげにしていたルナを引き寄せた。


彼女の肌は驚くほど白く、そして繊細だ。少し力を込めるだけで壊れてしまいそうな、その柔らかな肩に泡を乗せる。


「……っ、ちょっと、くすぐったいじゃない……っ。……でも、……その。……気持ちいい、かも」


ルナは顔を真っ赤にして俯いていたが、私の掌が彼女の背中を円を描くように滑り始めると、すぐにトロンとした目つきになった。


彼女の細い背中には、かつて不当な扱いを受けていた頃の、消えかかった小さな傷跡がいくつか残っている。私はそれを慈しむように、念入りに泡で包み込み、洗い流していった。


(……前世の私は、部下の身体的な不調に気づいても、せいぜい『産業医に相談しなさい』と言うだけでした。……直接、その疲れを指先で受け止めることが、これほどまでに私の心をも満たしてくれるとは。……効率という言葉では片付けられない、幸福なコストです)


ミアが「妾もやるのじゃ!」と、ルナの足元を小さな手でわしゃわしゃと洗い始め、浴室に賑やかな笑い声が響く。


湯船に浸かり、十分に温まった後の彼女たちは、まるで生まれたての子鹿のように、足取りも軽く、けれどどこか夢見心地な様子だった。


風呂上がり。


私は彼女たちを食堂のソファに座らせると、ミアと共に用意しておいた「特製の軽食」を運んだ。


蜂蜜を練り込んだ冷たいヨーグルトと、旬の果実をふんだんに使ったタルト。そして、神経を休める効果のあるハーブティーだ。


「さあ、ミア。あなたの出番ですよ」


「うむ! ほら、アルテミス、ルナ! 魔王ミア様が直々に、あーんをしてやるのじゃ! 感謝して食すがよい!」


ミアはフォークにタルトを刺すと、アルテミスの口元へ突き出した。


アルテミスは困惑しながらも、シエルの視線に促され、観念したように口を開く。


「……はむっ。……っ、美味しい……な。……シエル、この甘みは……私の芯まで溶かしてしまいそうだ」


「良かった。ルナも、ほら」


「……も、もう! 本当に、今日だけなんだからね! ……あーん……」


ルナも恥じらいながら、ミアの差し出すフォークを受け入れる。


その光景を見守りながら、私は二人の髪を丁寧に乾かしていった。


濡れた髪が私の指の間を滑り、温風と共に甘い香りが立ち上る。


食事が終わる頃には、二人はもう、瞼が重くて仕方ないといった様子だった。


私はソファの座面に腰を下ろし、自分の膝を軽く叩いた。


「……アルテミス。ルナ。……ここへ」


「シ、シエル……? まさか、それは……」


「膝枕ですよ。……さあ、遠慮はいりません。……ミアも、おいでなさい」


私が誘うと、アルテミスは私の右腿に、ルナは左腿に、それぞれ吸い寄せられるようにして頭を乗せた。


二人の頭の重みが、私の両足に心地よく伝わってくる。


私は、その柔らかな髪を、交互に、ゆっくりと撫で始めた。


「……頑張りましたね、二人とも。……私は、あなたたちがいてくれるから、この宿を経営していけるのです。……もっと、私を頼ってください。……もっと、私に甘えていいのですよ」


私の言葉に、アルテミスの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


彼女は私の腰に腕を回し、顔を埋めるようにして、小さく「シエル……シエル……」と私の名を繰り返す。


ルナも私の服の裾をぎゅっと握りしめ、幸せそうな、けれど今にも泣き出しそうな声で「……大好きよ、シエル」と囁いた。


(……ああ。マネージャーの真髄は、指示を出すことではなく、彼女たちの『居場所』になることだったのですね。……清水、と呼ばれていたあの頃には、決して辿り着けなかった境地です)


私は、二人を同時に、そして胸の上に登ってきたミアを包み込むようにして、その愛おしい温もりを全身で享受した。




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