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第21話:自称魔王の『お着替え』。


掃除を終え、心地よい疲労感と共に食堂で一息ついていると、ふとミアの身なりが目に入った。


昨夜、私が着せたパジャマ代わりの大きなシャツは、先ほどの掃除での奮闘――あるいは転倒――の結果、裾が濡れて泥がつき、いよいよ限界を迎えている。


「ミア、少しこちらへ来てください。あなたの今の姿は、魔王の威厳という観点から見ても、少々問題がありますよ」


「な、なんじゃ。……ああ、確かにこの布、湿っておって気持ち悪いのじゃ。……シエル、代わりの衣を用意せよ」


ミアは相変わらず尊大に命じますが、その頬は掃除をやり遂げた充実感で、林檎のように赤く染まっている。


「分かっていますよ。……ルナ、あなたのいらなくなった服を貸してもらえませんか?」


「ええ」


ルナはそう言うと、二階の自室へと素早く駆け上がっていきました。


ほどなくして彼女が持ってきたのは、少し古びてはいるものの、丁寧に手入れされた可愛らしいワンピースだった。深い森のような緑色に、白いレースが控えめにあしらわれている。


「……これ、もう使わないやつよ」


「ありがとうございます、ルナ。……さあ、ミア。お着替えの時間ですよ」


私はミアを連れて脱衣所へ向かう。


彼女は「な、なんじゃ! お主も入ってくるのか!」と騒いでいますが、私は涼しい顔で彼女の背中を押し込む。


「当然です。まだあなたは病み上がり。一人で着替えてまた転倒でもされたら、私の管理責任が問われます。……さあ、腕を上げてください」


私は手際よく、彼女の汚れたシャツを脱がせた。


露わになった彼女の背中は、驚くほど小さく、華奢。


透き通るような白い肌。その中央を走る背骨のラインが、彼女の生存の危うさを物語っているようで、私は思わず指先で優しく触れてしまいます。


「……ひゃっ! どこを触っておるのじゃ、この痴女め!」


「失礼。あまりに肌が綺麗だったので、つい。……ですがミア、あなたはもう少し栄養を摂る必要がありますね。これでは魔王というより、ただの迷い子です」


「うるさい! 今は脱皮期ゆえ、栄養をすべて魔力に変えておるのじゃ! この時期を乗り越えれば、背も伸び、誰もが見惚れるような、恐ろしくも美しい『ナイスボデー』な大人の女へと戻るのじゃからな!」


出ました、彼女の口癖。


私は、ルナから預かったワンピースを彼女の頭から被せながら、わざと真面目な顔で頷く。


「ええ、期待しておきます。その『ナイスボデー』になった暁には、ぜひ当宿の専属モデルになっていただきたいですね。……ですが今は、このワンピースのサイズにも少し余裕があるようです」


着替え終えたミアの姿は、正直に申し上げて、破壊的なまでの愛らしさだ。


ルナのお下がりは、今のミアにはまだ少し丈が長く、膝の下まで隠れています。それが逆に、彼女の幼さを強調し、庇護欲を激しく揺さぶる。


「……ど、どうなのじゃ。シエル。……似合っておるか?」


ミアが、少し不安そうに上目遣いで私を見上げてきました。


その瞬間、私の胸の奥に、前世では一度も感じたことのない種類の熱い感情が込み上げてきた。


ああ……これが『愛でる』ということの真髄なのですね。数字や成果では測れない、ただそこに在るだけで価値があるという……。


……かつての私は、なぜこんなにも単純で尊い真理に気づけなかったのでしょうか。


「……完璧です。魔王の威厳と、少女の可憐さが奇跡的な凄みを生み出していますよ。……仕上げに、リボンを結びましょう」


私は彼女の銀色の髪を丁寧にまとめ、緑のワンピースに合わせたリボンを飾りました。


食堂に戻ると、待っていたアルテミスとルナが、ミアの姿を見て一瞬言葉を失いました。


「……ふむ。……よく似合っているではないか。シエル、貴殿の選美眼も大したものだな」


アルテミスが、腕を組んで感心したように頷きました。


「……な、なによ。……別に、普通じゃない。……ま、まぁ、私が着てた時よりはマシかもね。……感謝しなさいよね、ミア」


ルナは顔を真っ赤にしてそっぽを向きましたが、その視線は何度もミアのワンピースを追っている。


自分が大切にしていた服を、ミアが着てくれたことが、彼女なりに嬉しいのでしょう。


「ふん! 褒めても何も出ぬぞ! ……シエル、この服は動きやすくて良いな。これなら、次こそは完璧に掃除ができるわ!」


そんな賑やかな午後の時間は、あっという間に過ぎていく。


夜。宿の営業を終え、静寂が木漏れ日を包み込む頃。


私は自分の部屋で、一日の業務日誌を整理していました。


トントン、と遠慮がちな、けれど確かな意思を感じるノックの音が響いたのは、深夜に差し掛かろうという時間。


「どうぞ。……ミア、どうしましたか? まだ起きていたのですか」


扉を開けると、そこには自分の背丈ほどもある大きな枕を抱えたミアが立っていた。


彼女は視線を泳がせながら、小さな声でこう言う。


「……シエル。……一人では、魔力が練れぬと言ったであろう。……その、お主がどうしてもと言うなら、隣で寝てやらんこともないのじゃが……」


彼女の不器用な「甘え」の申請。


私は、手に持っていたペンを置き、立ち上がって彼女を迎え入れる。


「それは困りましたね。私も、一人では夜の静寂が少々寂しいと思っていたところです。……光栄ですよ、魔王様」


私がベッドの端を開けると、ミアはそそくさと潜り込んできた。


昨夜のような熱はもうありませんが、彼女の体は驚くほど小さく、温かい。


「シエル。……一つ、聞いてよいか」


暗闇の中で、ミアが私のパジャマの袖をぎゅっと掴みながら囁きました。


「なんでしょう。何でも答えますよ」


「……なぜ、お主は妾を助けた? 妾は、魔王なのじゃぞ。……人間にとっては、恐るべき敵であるはずなのに」


その問いに、私は少しだけ沈黙しました。


もし仮に、この子が本当に魔王だったと仮定して考えてみる。


なぜ。


前世の私なら、こう答えたでしょう。


「将来的なリスクヘッジのため」あるいは「利用価値を算出した結果」だと。


ですが、今の私は違います。


「……ミア。私にとって、あなたが魔王であるかどうかは、最優先事項ではありません。……あなたが雨の中で震え、独りで消えようとしていた。……その事実を、私の心が放っておけなかった。……それだけですよ」


「……お主、変わっておるな。……おかしな人間じゃ」


ミアはそう呟くと、私の腕の中に顔を埋めました。


「……でも、……ありがとうなのじゃ。……シエル。……お主に拾われたこと……悪くはないと、思っておるわ」


その言葉と共に、彼女の呼吸は穏やかな寝息へと変わっていきました。


私は、彼女の頭を優しく撫でながら、窓の外の月を見上げました。


騎士の誇りを持ちながら、誰よりも心優しいアルテミス。


素直になれず、けれど献身的に仲間を想うルナ。


そして、孤独な魔王として虚勢を張り、けれど温もりを求めて縋りつくミア。


(……かつての私は、孤独な『強者』でありたいと願っていました。……他者の感情を排除し、完璧な人間であろうと。……ですが、この宿で彼女たちと過ごす『非合理的』な時間こそが、私に本当の力を与えてくれています)


この宿『木漏れ日』は、彼女たちの居場所であり、私の誇り。


私は、彼女たちのマネージャーとして、この「家族」の幸せを、何よりも優先して守り抜く。


「……おやすみなさい、ミア。……あなたが『ナイスボデー』になる日を、楽しみにしていますよ」


私は、彼女を抱きしめる腕に少しだけ力を込め、幸せな眠りへと落ちていった。




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