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第15話:『発熱』する魔族の少女。


窓の外から差し込む朝日の眩しさに、私は微かに瞼を震わせた。


意識が浮上すると同時に、腕の中に「重み」を感じる。昨夜、一人で寝るのが怖いと私の部屋を訪ねてきた、あの小さな女の子だ。


だが、その重みと共に伝わってきたのは、安らかな眠りの温もりではなかった。


「……っ!?」


飛び起きるようにして、私は腕の中の少女――ミアの顔を覗き込んだ。


銀色の髪は乱れ、真っ白だったはずの頬は、熟しすぎた果実のように赤黒く火照っている。


何より、その呼吸だ。


ひゅう、ひゅうと、細い笛を吹くような掠れた音が、彼女の小さな喉から漏れ出している。


「ミア……? ねえ、聞こえますか?」


返事はない。


震える指先で彼女の額に触れた瞬間、私は思わず息を呑んだ。


熱い。指先が火傷しそうなほどの熱量。昨夜、あれだけ念入りに湯船で温め、栄養のあるスープを飲ませたというのに、彼女の体の中で何かが、彼女自身の命を焼き尽くそうとしているかのようだった。


「アルテミス! ルナ! 今すぐここへ!」


私は宿中に響き渡るような声で叫んだ。


前世で、オフィスで部下が倒れた時だって、こんなに声が震えたことはなかった。


冷静になれ。私はマネージャーだ。混乱は状況を悪化させるだけ。そう自分に言い聞かせながらも、ミアの熱に浮かされた苦しげな表情を見るたび、胸の奥が鋭いナイフで抉られるような感覚に陥る。


すぐに、足音が廊下に響き、二人が寝室に飛び込んできた。


「シエル、どうし……っ!」


「熱が、尋常じゃないです……!」


アルテミスとルナが、ミアの様子を見て絶句する。


だが、私の指示を待つまでもなく、二人はすぐに動き出した。


「アルテミス、水を用意してください。一番冷たいやつを。ルナ、あなたの魔法でこの子の熱を抑えられないですか? 無理はさせたくないけれど、このままだとこの子の脳が焼けてしまいます」


「わ、わかったわ!」


アルテミスが部屋を飛び出し、冷水とタオルを用意しに戻る。


ルナはミアの枕元に膝をつき、その小さな、青白い手に自分の手を重ねた。


「……落ち着いて、深呼吸して。……今、楽にしてあげるから」


ルナの指先から、淡く、澄んだ青い光が溢れ出す。


現代の天才魔術師である彼女だが、その魔力制御は繊細そのものだ。暴走しかけているミアの体内魔力を、外側から優しくなだめるように、ゆっくりと、浸透させていく。


「……う、あ……ぁ……」


ミアの身体が、ビクリと大きく跳ねた。


苦しげに首を左右に振り、薄く開いた瞳は焦点が合わず、どこか遠い場所を彷徨っている。


その瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「……もう、よいのじゃ…………妾は……独りで…………。……父様も……母様も……いない…………。……独りで…………果てる……のが…………」


うわ言のように繰り返される、孤独な告白。


その言葉が、私の心に深く、深く突き刺さった。


この子は、ずっとこうだったのだ。


あんなに尊大で、生意気な口を利いていたのは、こうして独りで死んでいく恐怖に押し潰されないための、彼女なりの防衛本能だった。


前世でも、そんな部下がいた。


「自分は完璧だ」と虚勢を張り、誰の助けも借りようとせず、最後にはボロボロになって椅子から崩れ落ちた、あの不器用な背中。


私は、ミアのもう片方の手を、両手で包み込むように握りしめた。


「独りなわけがないでしょう。よく聞きなさい、ミア」


私は、努めて落ち着いた、けれど腹の底に響くような強い声で語りかけた。


「あなたは今、私の宿の客なのです。そして、私の腕の中にいる。……私が、あなたを独りになんてさせません。勝手に絶望して、勝手に居なくなるなんて、この私が絶対に許しません」


私の言葉に反応したのか、ミアの指先が、微かに私の手のひらを握り返したような気がした。


「アルテミス、タオルを!」 「はい、ここに!」


アルテミスが戻ってくると、彼女は献身的に、何度も何度も冷たい水でタオルを絞り始めた。


彼女の白い指先が、氷水で真っ赤に染まっていくのも構わず、ミアの額、首筋、そして熱を帯びた脇の下を丁寧に冷やしていく。


その光景は、どこか聖画のように美しく、そして切なかった。


この宿に流れ着いた二人が、今は一人の小さな、正体不明の少女を救うために、持てる力のすべてを注ぎ込んでいる。


「ルナ、魔法の出力を調整して。無理に熱を下げるんじゃなくて、彼女の生命力をサポートするイメージでやってみてください」


「……うん……っ、やってみる……!」


ルナの額からも、大粒の汗が滴り落ちる。


私は二人の背中を見つめながら、ミアの手を離さなかった。


前世の私は、部下たちの「心の熱」に気づいてやれなかった。


彼らがどれほどの孤独を抱え、どれほどの重圧に耐えていたのか、数字と進捗だけで判断して、彼らの本当の叫びを聞き逃してきた。


だから、今度は絶対に間違えない。


「……いい子だから、頑張ってください。……目が覚めたら、またあの美味しいスープを飲ませてあげますから。……だから、戻ってきて」


朝の光が部屋を満たしていく中で、私たちの必死の看病は、刻一刻と続いていった。


ミアの火照った肌に、少しずつ、穏やかな色が戻り始めるまで、私たちは一歩もその場を動かなかった。



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