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そう来たか! 私はとうとう悲鳴を飲み込めなくて目を泳がせた。
せめて、せめてハンバーガーのセットだけでも! 心はそう叫んでいると言うのに、長年染み付いたお嬢様の仮面は少しも剥がれようとはしてくれない。
「お嬢様?」
「た、助かるわ……ええ、とても助かる……わ」
それだけ言って私はよろよろとキッチンを出た。
キッチンを出るとそこはすぐにダイニングになっていて、テーブルの上には豪華とまでは言えないが美味しそうな洋食が沢山並べてある。
それを見て私は単純にも顔を輝かせた。
「こ、これ!」
思わず振り向くとセルヴィは私の顔を見て微笑み頷く。
「朝出発したはずのお嬢様がいつまで経っても到着しないので、暇に任せて料理をしていたらこうなってしまいました。どこかで夕食は食べて来られましたか?」
「いいえ! いいえ、食べていないわ!」
グラタン、リゾット、ロールキャベツ、ポトフ、ミートスパゲティ、ハンバーグ、エビフライ。どれもこれも私が年に一度の誕生日にしか許されていない食事ではないか! まさかこれ全部セルヴィが一人で作ったのか!?
うちの家では毎日毎食、割烹料理屋から派遣されてきた料理人が腕を振るってくれていた。その全ては純和風で、もはや精進料理と言っても過言ではなかった。
生まれた時から今までずっと育ち盛りの私は、もちろんそんな食事では満足できずにいつも空腹だったのだ。
喜んで飛び跳ねるように席についた私を見てセルヴィはすぐさま料理を温め直して皿に盛り付け、何故か同じものを私の正面の席にも置いて自分も椅子に座る。
「あなたも食べるの?」
世話係と一緒に食事をした事など無かったので不思議に思って尋ねると、セルヴィは当然だとでも言いたげに頷いた。
「ええ。お嬢様に一人きりの食事の寂しさを味わわせる訳にはいきませんから」
その一言が妙に胸に突き刺さる。
そうだ。目先のファストフードやジャンクフードに気を取られていたから全く気付かなかったけれど、もしもパパがセルヴィを世話係に付けてくれなければ、私は本当にここで一人きりで暮らさなければならなかったのだ。それはどれほど寂しい事だったのだろう?
私は正面に座るセルヴィを見上げて笑った。
「ありがとう、セルヴィ」
「何がです?」
「ここに来てくれて。私を一人にしないでくれて、ありがとう」
何だか面と向かってそんな事を言うのは恥ずかしかったけれど、素直に頭を下げた私を見てセルヴィは一瞬驚いたように目を見張ると、少しだけ俯いて嬉しそうに微笑む。
「勿体ないお言葉です。さあ、食べましょう」
「うん! じゃなくて、ええ」
目の前の夢のような料理に思わず地を出しそうになりつつ、私は優雅に、けれど恐ろしいスピードで料理を端から平らげていった。
それによくよく考えれば一人暮らしを始めた私には、それこそ自由な時間など腐る程あるはずだ。ジャンクなフードやファストなフードを食べる機会など、それこそ飽きる程あるに違いない。
そう思っていたのだ。この時はまだ。
セルヴィが居る生活が始まって早、一ヶ月。
私は今日もよろよろとセルヴィが運転する車から下りて引きつった笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、行ってくるわね……」
「ええ。帰りもまたここまで迎えに来ますので、くれぐれも大学構内から出ないようお気をつけください」
「……ええ」
それだけ言って私はがっくりと項垂れると、大きなため息を落として大学の敷地内に足を踏み入れた。