3
まるで今生の別れのような反応に思わず私の良心も痛むが、ジャンクフードとママの2つを天秤にかけたらどう考えてもジャンクフードに傾くので、ママには悪いが諦めてもらうしかない。
一刻も早く家を出て一人暮らしをしたい私は、卒業式の翌日にはこの地を去ると皆に宣言していた。
その為、家に帰ると親戚一同が全員集まっていてそれはもう賑やかなお別れ会になったのだが、そんな状態を見て両親だけは不服そうだ。
「絃ちゃんとの最後の夜をしめやかにしたかったのに」
泣きすぎて目を真っ赤に腫らしたママが私の隣で日本酒を片手にぽつりと言う。そんなママにパパまでしんみりとした様子で暴れ狂う親戚たちを見つめながら呟いた。
「そうだな……絃との最後の夜にこれは無い。本当にうちの親族は皆デリカシーというものが無さすぎる」
「パパ、ママ、何回も言うけど私は別にお嫁に行く訳でもないし、海外へ行く訳でもないんだよ。だからそんなに悲観しないで、私の成長を見守っていてね」
「絃ちゃん!」
「絃!」
二人は両隣から私をヒシッと抱きしめ頬にぐりぐりと頬ずりをしてくるが、私はと言えば心の中では既に明日からの自堕落な生活に思いを馳せていた。
いよいよ出発の日の朝。私は薄手のコートを羽織り、行儀の良いスカートを靡かせて皆に見送られがらバスに乗り込んだ。手荷物は財布と携帯以外は何も入らないお洒落だけど利便性の無いバッグ一つ。
「それじゃあ、行ってきます!」
私はバスに乗り込む前に一家総出で見送ってくれた皆に手を振り、悲し気に視線を伏せて見せた。
そして一番うしろのシートに座ってバスが発車したと同時に足をバタつかせてその場で地団駄を踏んで喜びを無言で表す。
自由だ。これから真の自由が私を待っているのだ!
朝一番のバスに乗った私だったが、両親が用意してくれた高層マンションに辿り着いたのは辺りがすっかり暗くなった頃だった。
「へっへ~! 御当地ポテチ全種類ゲットしちゃった! それに今日の晩ごはんはハンバーガーのセットだぞ! 明日は下調べしておいたお店にカップ麺買いに行かないと!」
両手一杯にファストフードとジャンクフードが入った袋を下げてルンルンで新居に辿り着いた私は、初めてのオートロックに感動し、さらに部屋の前でカードキーに感涙しそうになる。鍵一つ取ってもお洒落だ。ここが今日から我が家なのか。そう思うと感慨深い。
部屋の鍵を開けてドキドキしながらドアを開けた私は、中の光景に息を飲んでドサリと荷物を落とした。
「っ!?」
ドアを開けると、そこにはフォーマルな衣装に身を包んだ男が立っていたのだ。
私は慌てて落とした荷物をかき集めて部屋を出ると、何度も何度も部屋番号を確かめる。
けれどその番号に寸分の狂いはなく、恐る恐るもう一度ドアを開けようとした所で、ドアが内側から勝手に開いた。
「お待ちしておりました、お嬢様」
男の声は低くも高くもなく透き通るように甘い。瞳の色は綺麗な薄紫で、肩ぐらいの長さの金に近い茶髪は無造作に真紅のリボンで結ばれているが、そんな無造作な出で立ちでさえも息を呑むほど美しく、中性的でどこか作り物めいた顔立ちはどう見ても日本人ではない。
「お、お嬢様?」
どういう事だ? 何も聞いていない。咄嗟にスマホを取り出そうとした私を見下ろして男は慌てる様子もなく柔らかく微笑む。
「ええ。絃お嬢様、ですよね?」
「そ、そうだけど……」