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あれから私は誰にも内緒でハンバーガーについて調べ、ファストフードという存在に辿り着き、そしてジャンクフードという食べ物を知った。
世界には私の知らない食べ物で溢れている。私はそれらを食べ尽くしたい。その思いを胸に今まで窮屈で退屈な毎日を耐え忍んできたのだ。
朝食を優雅に食べ終えた私は、これからどこかの舞踏会にでも参加するのかと思うほど着飾った両親と共に、三年間皆勤賞で通った高校の卒業式に出席するべく、家を出た。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、香住さま。香住さまは春から都会の大学へ行かれるのでしょう?」
教室に辿り着き机の上に置いてあった卒業式の花を胸につけていると、クラスメイトで幼馴染の南冴子が話しかけてきた。
「そうなの。南さまとはとうとう離れ離れになってしまうと思うと寂しいわ」
「私も寂しいわ。幼稚舎からの知り合いがまた一人この地を去ってしまうなんて。そう言えば香住さまのおうちは先月、子会社の株が大暴落していましたものね。娘一人ここの大学に通わせる事が出来ない程でしたの?」
冴子は悪気なくこうしていつも心の傷をグリグリと抉ってくるという、とんでもない趣味を持っている。
「嫌だわ、南さまってば。都会の大学に行くのは私のたっての希望なの。これからは何でもグローバルの時代だもの。いつまでも狭い場所で切り抜かれた空を眺めているだけでは時代に乗り遅れてしまうわ」
嫌味には最大限の嫌味を。これが私達の暗黙のルールだ。そして最後にはフフフと二人で笑い合う。別に仲が悪いわけではない。むしろ私達は大親友と言っても過言ではない。だからこそこんな風に言いたいことが言える。
私の嫌味を聞くなり冴子はいつも通り笑いながら、それまで下ろしていた足を組んだかと思うと、机にだらしなく片肘をついた。
「上手くやったじゃん、絃。落ち着いたら遊びに行くからさ、有名店のお菓子買っておいてよ」
「そん時は連絡してね。ていうか冴子も早く家出なよ。いつまでも井戸の中に居たらそのうち干上がってシワシワになるよ?」
「出たいけど、うちは婆さんがねー……はぁ、くそー! 羨ましすぎるぞ! 絃のくせに!」
「へへ! まぁね。うちもママがとにかく大変でさ。吐くまで泣いて一週間入院したからね」
「マジかよ。大事件じゃん」
「そ。もうほんと大事件。別に大都会東京に行く訳じゃないって言ってんのにさー」
「東京は本物の財閥がうじゃうじゃ居るからむしろ肩身狭いよね、うちら」
冴子の言葉に私は苦笑いして頷いた。お嬢様だなどと言っても所詮は田舎者だ。
「ま、ここらへんのは古いだけの家ばっかだもんね。ただ歴史はあるけどね!」
「歴史だけあってもなー」
この言葉が私達の合言葉だ。生まれた時からお嬢様お嬢様と言われ続けては来たが、あくまでも先祖が凄かっただけである。
「何にしても気をつけてよね。変な男に引っかからないように。それからあんた、ちゃんと家事やりなよ?」
「分かってる! 次会う時は私ぷくぷくになってるかも!」
ジャンクフードの食べ過ぎで! そんな私の言葉に冴子は笑顔で頷いてくれた。
唯一、本当の私を知る親友、南冴子。本当なら彼女も連れて行きたいぐらい寂しいが仕方ない。幼馴染で悪友で大親友の彼女を置いて、私は明日この地を去るのだ。
ちなみに卒業式の間中、うちのママは嗚咽を漏らして何度もお手洗いに走っていたという。