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私は急いで洗面所でセルヴィに言われるがまま服を着替えて戻ると、着替え終えた私の顔をセルヴィがメイクし始める。
鏡の中のいつもの私とは違う垢抜けた自分に思わず見入っていると、メイクを終えたセルヴィが私の顔を覗き込んで嬉しそうに言った。
「ああ、やっぱり可愛い! 絃ちゃんは素材を殺す天才だね」
「ど、どういう——」
意味!? と思わず掴みかかりそうになったのをすんでの所で堪えた私に、セルヴィが意地悪に微笑む。
「そのまんまの意味だよ。はい、支度してご飯食べて」
セルヴィに急かされるまま朝食を食べて車に乗り込むと、セルヴィが今日も大学まで送ってくれる。
実に甲斐甲斐しいセルヴィに私は心の中でずっと頭を捻っていた。本当にこれが吸血鬼なのだろうか? と。
大学に到着した私は一限目の講義を受けて次の講義までの時間を利用して図書室へと向かった。そこで片っ端から吸血鬼の本をかき集め、読み耽る。
「ふむふむ。吸血鬼は十字架が嫌い。にんにくも駄目。聖水も嫌いで日光も嫌い。不老不死だけど銀に弱く、心臓に杭を打つと良い? 怖いっ!」
吸血鬼自体は幼い頃から何かしらの形で知識としては知っていたが、今まで深く考えた事も調べようと思った事も無かったが、こうやって見ると吸血鬼には結構たくさん弱点がある。
「ていうか嫌いな物多すぎじゃない? でもあんまりセルヴィには当てはまらないような?」
何せセルヴィはにんにくたっぷりの餃子だって喜んで食べるし、普通に陽の光の中も歩き回っている。十字架と聖水は試した事ないけど、そもそも十字架は良いとして聖水などどこで手に入れれば良いのか。
そこまで考えて私はハッとした。
「私、別にセルヴィを退治したい訳じゃないんだっけ。どこかに吸血鬼と仲良く暮らす方法とか無いのかな」
調べる限り吸血鬼はやはり闇の生き物で、どうやっても明るいイメージも無ければ陽気なイメージもない。
確かにあの夜に見たセルヴィはそんな感じだったけれど、昼間のセルヴィはどう足掻いてもただの顔が馬鹿みたいに良いハイスペ男子だ。
調べれば調べるほどセルヴィとは乖離していく吸血鬼像に、とうとう私は本を投げ出した。
「駄目だ。明るい吸血鬼なんて本の中には存在しないんだ」
それではやはりあれはセルヴィの芝居か何かだったのだろうか? だとしたらあのぐったりと倒れていた女性は一体? それにあの姿は?
私は珍しくファストフードの事は一切考えなかった。十数年生きてきたけれど、これは初めての事だ。
講義の為に教室に戻って一番後ろの席に座っていると、誰かが隣に腰を下ろした。視線だけで隣に座った人を確認すると、そこには何食わぬ顔をしたセルヴィがさも当然かのように座っている。
「セルっ!!」
「しー。授業始まるよ」
驚いて声を上げそうになった私の口を、セルヴィが塞いだ。私はもごもごと口を動かしてセルヴィに抗議しようとすると、セルヴィはちらりとこちらを見て言う。
「一度こういうとこで授業ってのを受けてみたかったんだ。人間の大学ではどんな事を教えてるのか興味あってさ」
それを聞いて私は目を丸くした。
「吸血鬼でも大学って行くの?」
「もちろん。ちゃんと学校もあるし、公共施設だって飲食店だって人間のそれと変わらないよ」
「そうなの。案外普通なのね」
「一体どんなイメージを持ってるの? 吸血鬼に」
おかしそうに肩を揺らすセルヴィにさっき仕入れた知識を披露すると、セルヴィは苦笑いを浮かべている。
「あー……それは本当に映画や本の中に出てくる吸血鬼だね」
「実際には違うの?」