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94 夢の五席

 三日後。

 ルディア本庁の大議事堂は、歴史が生まれる瞬間の、荘厳な静寂に包まれていた。

 巨大な円卓に用意された席は、五つ。

 そこに座るのは、この大陸の未来をその双肩に担う、五人の王たち。

 グランマリア国王、アルディナ=レーヴェル。

 トウラ族長、バルハ。

 シレジア全権大使、リオン=ディーゼル。

 そして、帝国の瓦礫の中から立ち上がった若き獅子、暫定評議会議長ジェイル=イゼル。

 彼らは皆、固唾を飲んで議長席に座る一人の男の言葉を待っていた。


「──集まってくれたこと、心から感謝する」


 俺は立ち上がった。もはや、その声に揺らぎはない。

 心の奥底で砕け散りそうになっている自分を、領主カイ=アークフェルドという分厚い仮面で無理やり覆い隠し、俺は口火を切った。


「課題は多い。だが、我々に残された時間は少ない。早速、本題に入ろう」


 俺はまず、旅の成果を淡々と報告した。

 星詠導師との謁見。世界の真実の一端。そして、俺自身に突きつけられた、残酷な二つの選択肢。

 議事堂は、神々の領域にまで踏み込んだその報告に、畏怖と驚愕の沈黙に包まれる。

 俺は、構わず続けた。


「次に、俺たちが不在の間のこの大陸の状況についてだ。リオン、頼む」

「……はっ」


 リオンは真剣な面持ちで立ち上がった。 

 彼が語ったのは、俺たちが旅をしている間、帝国の残党や還し手の末端が、いかに執拗に同盟の足並みを乱そうとしていたか。そして、彼自身がシレジアの情報網と艦隊を駆使し、時にはトウラの戦士団と共同で、その火消しに奔走していたという知られざる戦いの記録だった。


「……戦っているのは、貴方だけではありませんから」


 リオンは微笑みながら、そう言って席に着いた。バルハが「見事だ、海の男よ」と賞賛の声を送る。


「帝国の現状についても、報告がある」


 次に立ち上がったのは、ジェイルだった。

 彼は父帝の崩御後、自分が評議会議長に就任し、旧貴族の抵抗に遭いながらも着実に国の改革を進めていることを、力強く語った。その姿に、かつての暴君の面影はない。自らの罪と向き合い、国の未来を本気で憂う王の顔をしていた。


「……カイ殿。貴公との約束は、必ず果たしてみせる」


 その言葉に、俺は無言で頷いた。

 すべての報告が終わった後、俺は最後の議題を切り出した。


「──以上の全てを踏まえ、俺は、最後の旅に出る」


 俺は、始まりの図書館への道筋と、それが持つ意味を全ての王に説明した。

 

「……そこで、皆に頼みがある。これは俺が前々から『俺たちがいなくても回る国づくり』にこだわっていた理由にも繋がる話だ」


 俺は深く息を吸った。


「アルディナ、バルハ、リオン、ジェイル。──貴方たちを、この最後の旅のメンバーに加えたい」


 その、あまりに突拍子もない提案に、大議事堂は静まり返った。

 アイゼンですら、驚愕に目を見開いている。

 最初に我に返ったのはアルディナだった。


「……正気か、カイ殿。我ら全員が、国を空けると申すのか。それは、あまりに……」

「無謀、って言おうとしてるな?」


 俺はニヤリと笑った。


「ああ、無謀だろうな。だが、この旅は、ただ世界の謎を解くだけの旅じゃない。この大陸の古い時代を終わらせ、新しい時代の扉を開けるための、世代交代の儀式だ。その瞬間に、これまでこの世界を創り、支えてきたあんたたちが立ち会わずにどうする?」


 俺の、あまりに真っ直ぐな瞳。

 その瞳に宿る揺るぎない覚悟を前に、王たちは言葉を失った。


「……ククク。ハッハッハ!」


 沈黙を破ったのは、バルハの豪快な笑い声だった。


「面白い! 面白いぞ、カイ殿! 王の首を並べて、神々の領域に殴り込みをかけるか! 獣の血が騒ぐ! よかろう、その途方もない喧嘩、乗った!」

「……やれやれ。全く、貴方という方は我々商人の想造を常に超えてくる」


 リオンは呆れつつも、心の底から楽しそうに笑った。


「ですが、今まで玉座でふんぞり返っていた王たちが最前線で世界を変える旅に出る。最高に痺れるじゃないですか! これほど割のいい商談はありませんな。このリオン、喜んでお供しましょう」


 ジェイルは、ただ黙って俺の顔を見つめていた。そして、静かに頷いた。

 残るは、アルディナ。

 大陸で最も大きな国を背負う彼の決断は、最も重い。


「……だが、カイ殿。我らが国を空ければ、その隙を突いて帝国の残党や、還し手が動かぬ保証はどこにもない。民を、危険に晒すわけには……」

「その心配はいらない」


 俺は、不敵に笑った。

 そして、この無謀な提案を可能にする最後の切り札を提示する。


「──アカデミアの星詠導師が、俺たちの留守を預かる『番人』を送ってくれることになっている」

「番人だと?」

「ああ」


 俺は窓の外を指差した。

 その瞬間、ルディアの城壁の向こうから、地響きと共に数百の巨大な影が姿を現した。

 古代の守護ゴーレム軍団。

 星詠導師が遣わした、アカデミアが誇る最強の盾。


「彼らは、民が平和を望む限り、この同盟国すべてを守り続ける。いかなる軍隊も、いかなる魔術も、この無言の番人たちの前では無力だ。……これでもまだ、不安か?」


 その、規格外な光景。

 アルディナはしばらく呆然とゴーレム軍団を眺めていたが、やがて全ての迷いを振り払うように腹の底から笑い出した。


「……参ったな。どうやら、この大陸で最も面白い男は、玉座ではなくこの場所にいたらしい。──よかろう、カイ=アークフェルド! このアルディナ=レーヴェル、一人の王としてではなく、一人の男として、貴公のその無謀な旅に付き合わせてもらおう!」


 こうして、歴史上誰も成し得なかった大陸の王たちによる冒険パーティが、ここに結成された。

 

「ならば、決まりだ。これより、我ら大陸連合は、『対・還し手』及び、この世界の全ての理不尽に、最後の戦いを挑む!」

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