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93 仮面

 アカデミアからの帰路、俺たちの間には静かながらも確かな一体感が流れていた。

 道中、いくつかの街や村を通り過ぎた。そこでは「大陸自由交易憲章」のおかげで活気が戻りつつあり、人々はルディアの紋章を掲げる俺たちに、感謝と尊敬の眼差しを向ける。


「カイ様のおかげで、また商売ができるようになりました!」と。


 その光景を見るたび、仲間たちは誇らしげに胸を張った。だが、俺だけはその賞賛の言葉を素直に受け止められなかった。

 俺が力を手放せば、この平和も消えてしまうのか……?

 その問いが、鉛のように心にのしかかる。


 数週間の時を経て、俺たちの目に見慣れたルディアの城壁がようやく見えてきた。

 門に近づくと、見張りの兵士たちが俺たちの姿を確認し、声の限りに絶叫した。


「か、カイ様だ! カイ様御一行が、お帰りになられたぞ!!!!」


 その声が合図だった。街の鐘が、地面が揺れるほど鳴り響き、静かだった街が一瞬にして歓喜の渦に包まれる。

 工房から、畑から、学び舎から。ありとあらゆる場所から民が飛び出してきて、俺たちが通る道は、あっという間に人々の壁で埋め尽くされた。


「おかえりなさい、カイ様!」

「ラズさん! その腕……! でも、無事でよかった!」

「フィオナ様、お美しい!」

「あの紫髪の女性は誰だ……?」


 色とりどりの紙吹雪が舞い、どこからか陽気な音楽が鳴り響く。まるで、魔王を倒した勇者の凱旋パレードのような、はち切れんばかりの歓迎ムード。

 その、あまりに温かい光景に、俺はただ馬上から手を振ることしかできなかった。


 本庁の前では、留守を預かってくれていた仲間たちが、満面の笑みで俺たちを待っていた。

 その中でも、ひときわ感情を爆発させていたのがリオンだった。


「カイ殿ーーーーーッ!! よくぞご無事で……! 貴方がいない間のこの私が、どれだけ心細く、どれだけ退屈だったことか……! もはや貴方がいない世界など、金塊のない宝箱も同然ですぞ!!」


 彼は、普段のクールな商人の仮面を投げ捨て、目に涙を浮かべながら、発狂する勢いで俺に抱きついてきた。その姿に、フィオナたちも思わず笑みをこぼす。

 ザルクが、帰ってきたラズの肩を力強く、だが優しく叩く。ネリアが、フィオナの無事を確かめるようにその手を取る。ミナが、泣きながら俺に手作りの花輪を渡そうとして、足をもつれさせている。

 誰もが再会を喜び、その絆を確かめ合っていた。

 最高の光景だった。

 だが──。


 その歓喜の輪の中心で、俺だけ別のものを見ていた。

 仲間たちの笑顔が、民の歓声が、まるでいつか失われることを運命づけられた、儚い宝物のように見えてしまう。

 

 ああ、温かいな……。

 心からそう思う。だが、同時に、星詠導師の言葉が冷たい棘のように心を刺す。

 永遠の平和なんてこの世界にも、前の世界にも無いなんてことはわかっていたはず。それでも、もうすぐ終わりが来るだなんて、あまりに呆気なく、理不尽だ。

 俺は、佐久間遼に戻りたい訳でも、神になりたい訳でもない。

 ただ、仲間と笑い合って過ごす日々。それが、せめて自分の寿命くらいは続いて欲しいと思っているだけだったんだ。

 それが、俺の望む「スローライフ」だった。


 歓喜の輪の中で、俺はそっと唇を噛み締めた。

 その瞳に浮かぶ、深い苦悩と孤独の色。

 それに気づいたのは、俺の隣で全てを見通す女神、レイナだけだった。

 ルディアへの帰還は、俺に安らぎではなく、俺が背負う選択の重さをより一層残酷に突きつけていた。


 数時間後。

 再会の喜びも一段落し、本庁の会議室にはルディアの幹部たちが顔を揃えていた。

 俺は旅の報告を終え、アカデミアで突きつけられた残酷な真実と、究極の選択について包み隠さず語った。

 会議室は、水を打ったように静まり返る。

 誰もが、俺が背負わされた運命の重さに言葉を失っていた。


「……そんなことが……」


 ミレイが青ざめた顔で呟く。

 ザルクは怒りを押し殺すように拳を握りしめていた。

 仲間たちの同情と、心配の視線が、痛いほどに突き刺さる。

 ――ダメだ。

 俺が下を向いてどうする。

 俺が絶望すれば、この国そのものが絶望に沈む。

 俺は、心の奥底で砕け散りそうになっている自分を、「領主カイ=アークフェルド」という分厚い仮面で無理やり覆い隠した。


「……とはいえ、下を向いてる暇はないな」


 俺は立ち上がった。その声は、自分でも驚くほどまっすぐで、力強かった。

 会議室に集った仲間たちの顔を、一人一人、確かめるように見渡す。

 

「俺がどちらの道を選ぶにせよ、やるべきことは変わらない。この世界の未来は、俺たち自身の手で決める。そのための、最後の戦いを始める」


 俺は隣にいたアイゼンに、有無を言わさぬ口調で命令した。


「アイゼン。すぐに、大陸全土に使者を送れ。グランマリアからアルディア陛下、トウラからバルハ族長、リオンは既にいるとして……帝国のジェイルもだ。三日後、このルディアで緊急首脳会談を開催する、と」

「……承知いたしました」


 アイゼンは俺のその異様なまでの覇気に一瞬だけ目を見開いたが、すぐに悟った。

 ──ああ、この男は、今、無理をしているのだと。

 彼は、静かに頷いた。


「俺一人の問題じゃない。これは、この大陸に生きる全ての者たちの問題だ。全ての王の覚悟を、全ての民の想いを俺は背負って、最後の答えを出す」


 その、あまりに力強い宣言によって、仲間たちの顔には再び闘志の火が灯った。

 そうだ。俺たちのリーダーは、絶望の淵で立ち止まるような弱い男ではない。

 皆の望む「カイ=アークフェルド」であり続けること。それが俺の使命なのかもしれない。

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