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91 苦労の結末

 リラに導かれ、俺たちは街の中心にそびえ立つ、ひときわ高い賢者の塔の最上階、「星見の間」へとたどり着いた。

 扉が開くと、そこは壁も天井もないまるで宇宙空間そのもののような場所だった。足元を銀河が流れ、巨大な惑星の幻影が、荘厳な音楽と共にゆっくりと回っている。 

 その中心に、星空を織り込んだローブを纏う、小柄な影が静かに佇んでいた。

 この人が、星詠導師(アストロ・マギスター)


《──よく来たな。運命を乱す者たちよ》


 思念が直接、俺たちの魂に響き渡る。

 俺は臆することなく、これまでの経緯と、ミリスの日記、そして「還し手」の存在を、ありのままに告げた。

 星詠導師は、俺が差し出した日記に触れることなく、静かに語り始めた。


《知識の女神ミリス……懐かしい名だ。彼女は、自らが遺したこの『鍵』を解き明かす者が現れるのを、500年もの間、待ち続けていたのだろう》

《還し手は、アレアの遺志を歪めて解釈した、哀れ亡霊。彼らが求めるのは救済ではなく、世界を巻き込んだ壮大な自己満足に過ぎぬ》

 

 すべてを見通している。

 星詠導師は、ゆっくりと俺に向き直った。


《そして、カイ=アークフェルド。汝の持つ力は、確かにアレアの残滓。だが、それはあまりに不完全で、あまりに危うい》


 星詠導師が指を振るうと、俺の目の前に、俺自身の魂の姿が幻影として映し出された。

 それは、眩い光を放ちながらも、その中心部から人間としての温かい色が抜け落ち、ただ世界の理を映すだけの、無感情な鏡のように変質していく恐ろしいビジョンだった。


「カイ……!」

 

 フィオナが、俺の腕を掴む。仲間たちが息を呑むのがわかった。

 星詠導師は冷徹に、しかしどこか憐れむように残酷な真実を告げる。


《それこそが、汝が支払う代償。俗な言い方をするのなら、『副作用』だ。神の力を振るうたび、汝は『佐久間遼』という個を失い、世界の理を代行するだけの存在へと近づいていく。感情を失い、愛する者の顔すらも忘れた、ただの『概念』に》

 

 その言葉は、俺が漠然と抱いていた『怖れ』の、完璧な答えだった。

 俺は自らの魂の行く末を見せつけられ、完全に言葉を失った。

 そんな俺に、星詠導師は一つの道を示す。


《ミリスの待つ『始まりの図書館』へ行け。そこには、世界の全ての真実と、そして……汝がその力を手放し、ただの佐久間遼に戻るための方法もまた、記されているはずだ》


 そして、究極の二択を突きつけた。


《だが、道は二つに一つ。力を手放し一人の人間に戻るか。あるいは、力を使い続け、世界を救う代償としてその心を失い、世界の理そのものと化すか。──汝は、どちらを選ぶ?》


 あまりに重い宿命。

 俺の瞳から、これまで宿っていた快活な光がすうっと消えた。

 仲間たちが、かける言葉も見つからず立ち尽くしていると、星詠導師はふっと雰囲気を変えた。


《……まあ、その答えを出すのは、まだ先の話。悩むためには、まず生き残らねばな》


 星詠導師が指を鳴らすと、俺たちの眼下に、アカデミアの地下深くで眠っていた数百体の守護ゴーレム軍団の姿が映し出された。


《面白い『謎』を見せてくれた礼だ。この者たちを、ルディアへ派遣しよう。汝らがその答えを見つけ出すまで、汝らの帰る場所を守る、無言の番人としてな》


 星詠導師は、図書館への正確な座標が刻まれた水晶を俺に渡すと、「汝の答えを、楽しみにしている」という言葉を残して、そっと姿を消した。

  

   ◇◇◇


 賢者の塔を後にした帰り道、誰も口を開けずにいた。

 ラジやシェルカが、必死に軽口を叩いて場を和ませようとする。


「へっ、ゴーレム軍団だってよ! こりゃザルクの奴、自分の出番がなくなって拗ねるんじゃねえか?」

「違いないね。まあ、アタシたちの出番もなくなりそうだけど」


 俺のすぐそばを一歩も離れずに歩いていたユランが立ち止まる。

 彼は、その深い藍色の瞳で俺の顔をじっと見つめると、揺るぎない声で言った。


「心配はご無用です、我が主。たとえ貴方の魂がどのような形に変わろうと、このユラン、いついかなる時も、貴方の懐刀であり続けます。貴方が命じるならば、星すらも砕いてご覧に入れましょう」


 その、絶対的な忠誠の言葉。

 俺は無言で彼の首筋を一度だけ撫でた。

 次に聞こえたのは、絞り出すようなか細いレイナの声。

 彼女は、いつもの女神としての威厳を完全に失い、ただの後悔に苛まれる一人の少女のように俯いていた。

 

「……貴方の望む『スローライフ』は、こんなものではなかったはず……。ただ、穏やかに生きたいと願っていただけなのに……。私のせいで、私が貴方にこの力を与えてしまったせいで、こんな……」


 その後悔と罪悪感に満ちた言葉に、俺は何も答えることができなかった。

 重苦しい空気を振り払うように、フィオナがわざと力強い声を出した。


「星詠導師が示したのは、あくまで可能性の一つ。最悪の未来に過ぎん! 我らがここで諦めるのなら、今までの努力は何だったのだ! 苦労と努力の末に待つものが、バッドエンドなはずがない!」


 それは仲間を鼓舞するための言葉であり、同時に、揺らぎそうになる自分自身の心を必死に奮い立たせるための、悲痛な叫びでもあった。

 そうだ。まだ、何も終わっていない。

 だが、俺の心にのしかかる、究極の選択という鉛の重りが軽くなることはなかった。


 その時、俺たちの前を歩いていたリラが面倒くさそうに立ち止まり、振り返った。


「……はぁ。あなたたち、いつまで湿っぽい顔してるつもり? 見てるこっちが退屈で死にそうだわ」

 

 彼女は呆れたようにため息をつくと、俺の目の前にずいと顔を近づけた。


「いい、カイ君? 星詠導師様が言ったのは、あくまで『今のまま力を使い続ければ』って話でしょ。だったら、答えは簡単じゃない」

「……え?」

「その『力の使い方』そのものを、変えちゃえばいいのよ。あなたの魂を喰らわない、新しい力の運用方法を、これからあたしたちで見つ出せばいい。……それこそが、あたしみたいな天才魔術師がここにいる意味でしょ?」


 彼女はニヤリと笑った。


「それに、あんたの魂がどうなろうと、あたしは最後まで付き合うわよ。だって、人間が神になる瞬間なんて、最高の研究対象じゃない。こんな面白い謎、途中で投げ出すわけないでしょ?」


 あまりに不謹慎で、あまりに力強い言葉。

 しかし、彼女の言葉でようやく、ほんの少しの希望を胸に抱くことができた。

 

「……面白い人だな、あんたは」


 俺は口角をピクリとも動かさずに言った。

 

「決まりね。あたしも、この面白い旅に最後まで突き合わせてもらうわ。せいぜい、あたしを退屈させないでよね、カイ君」


 こうして、一行で最も常識外れで、最も頼れる天才魔術師リラが正式に俺たちの仲間となった。

かなり重たい回になりました...!

今後の最終章に向けて、ブクマや感想ぜひお願い致します!

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