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90 開かれた門

「──あらあら、騒がしいわね。門の前でいったい何の騒ぎかしら?」


 どこか気の抜けている、不思議と耳に残る女性の声。

 声のした方を見ると、一人の女性が、巨大な木の影からひょっこりと顔を出していた。

 紫色の、寝癖のついた髪。眠そうな、とろんとした瞳。その手には、分厚い魔導書が何冊も抱えられている。

 彼女は、俺たちとゴーレムを交互に見比べると、面倒くさそうに一つ大きなあくびをした。


「……へぇ。最近有名なルディアから来たんだ。てことは……」

 

 女性の、眠たげだった瞳が、俺の隣に立つレイナを捉えた瞬間、初めて真剣な光を宿した。

 彼女は、抱えていた本を地面に落とすのも構わず、数歩前に出ると、レイナに向かって深々と、しかしどこか研究者が未知の真理と対面したかのような、探るようなお辞儀をした。


「……これは、驚いた。まさか、本物の『理』そのものが、自ら歩いていらっしゃるとは。噂には聞いていたけれど。──運命を司る女神、レイナ様で間違いないかしら?」


 その言葉に、今度は俺たちが驚愕する番だった。


「よくわかりましたね」


 レイナが、少し警戒しながらも微笑む。

 

「わかるわよ。その身にまとう因果律の圧が、人間や他の種族とは次元が違うもの。……で、女神様が直々にこんな辺境の学術都市まで、一体どんなご要件で?」


 紫髪の魔女──リラはレイナから視線を外し、今度は俺たちをじろりと見た。


「あなたたちが、噂のルディア一行ね。そして、貴方がカイ=アークフェルド。アレアの力の残滓を宿したという、面白いサンプル君」

「さ、さんぷる……」

「ええ、サンプルよ。だって、ただの人間が神の力を使えるなんて、どう考えても世界の法則に反しているもの。本当にその力が本物なのか、それとも女神様が見せているだけの幻なのか。まずは、そこから疑わせてもらうわ」


 彼女は、女神の存在は疑いようのない事実として受け入れながらも、俺の力に対しては徹底して懐疑的な目を向けていた。


「我々は、この大陸一の頭脳が集まる地の力を借りたいと思い、参りました」


 レイナが俺に代わって答える。

 リラは、ふーんと気のない返事をすると、俺が持つミリスの日記に指先でそっと触れた。


「……なるほどね。でも、これだけじゃあ、星詠導師様に取り次ぐ理由としては弱いわね。あの方は、ただ珍しいだけのおもちゃには興味ないから」


 フィオナが「無礼な……!」と色をなすが、リラは意にも介さず、「ここでは、肩書きなんて紙切れ同然よ。アタシが知りたいのは、『解き明かす価値のある謎』かどうか、それだけ」と返した。

 リラは、今度はラズに向き直った。


「あなた、少し前に、魂に深い傷を負ったわね? 『消滅』の呪いの残滓が、まだ記憶の奥底にこびりついてる。面白いわね、因果律に直接干渉するなんて、神代の術式よ」


 ラズが絶句する。

 続けて、彼女は再び俺を見つめた。


「そしてあなた、カイ君。あなたの力は、今ひどく不安定だわ。強大な光と、それを御しきれない人間の魂が、危ういバランスで同居してる。……下手をすれば、その魂、力に喰われるわよ? というか……もうすでに出てるんじゃない? 『副作用』が」


 俺の異変の核心を突くような発言に、仲間たちが息を呑む。

 リラは、ミリスの日記に再び目を落とした。


「この日記に使われている術式……面白いわね。ただの記録じゃない。これは、読み手の資格を試し、特定の記憶を呼び覚ますための『精神感応式キーロック』。……なるほど、ミリス様らしい、意地の悪い仕組みだこと」


 彼女は、俺たちが誰も読めなかった古代言語を、まるで鼻歌でも歌うかのようにスラスラと解読し、日記に隠された本当の役割を暴いてみせた。

 その、常軌を逸した解析能力。俺たちは、完全に彼女の実力に呑まれていた。

 リラはまた大きなあくびをすると、ようやく俺たちに向かってニヤリと笑った。


「……合格。久々にワクワクする謎がやってきたわね。気に入ったわ」

 

 彼女がゴーレムの足元にある、誰も気づかなかった小さな紋章に触れると、巨大なゴーレムは恭しく道を開けた。


「さ、おいで。アタシが案内してあげる」


 門をくぐった先には、物理法則を無視したような建物が立ち並び、空飛ぶ絨毯や喋る本が飛び交う、まさにおとぎ話のような魔法都市が広がっていた。

 俺たちは呆気に取られながらも、リラの後について街の中心にある、ひときわ高い賢者の塔へと向かった。


「言っとくけど、星詠導師様はただの変人よ。あなたたちの謎を解いてくれるかどうかは、全て……あの方の『興味』次第だからね」


 大陸最高の知性が待つという塔の頂を見上げながら、俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 果たして、俺たちはその「興味」を引くことができるのだろうか。

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