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異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない  作者: 葉泪 秋
大陸探索編

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83 道は開かれた

 カイたちが北の荒野へと旅立って、早数週間。

 彼らが残した希望の光は、大陸に燻る戦火の残り香によって、その輝きを試されようとしていた。


   ◇◇◇


 ルディアとグランマリアを結ぶ、国境の関所。

 トウラ産の希少鉱石を満載した商隊が、一本の槍によってその道を阻まれていた。


「……だから、書類に不備はないと何度言えばわかる!」


 護衛についていたトウラの戦士が、怒りを滲ませた声で吠える。

 対するグランマリアの関所長は、鉄面皮を崩さない。


「規則は規則だ。この印章のかすれは、正式なものとは認められん。通したくば、王都まで戻って再発行の手続きを」

「ふざけるな! そんなことをすれば、納期に間に合わん!」


 一触即発。

 カイが築き上げた同期の絆に、官僚主義という些細でありながら根深い亀裂が入りかけていた。

 その険悪な空気を切り裂くように、一台の軽やかな馬車が、まるで舞台に登場する役者のように絶妙な間で駆け込んできた。


「やれやれ、どうやら英雄様が留守にすると、些細な埃が玉座を占領しようとするらしい。困ったもんですな」


 馬車からひらりと飛び降りたのは、シレジアの特使、リオン=ディーゼルだった。

 その皮肉のこもった呟きに、関所長が色をなす。

 リオンは意にも介さず、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、にこやかに言い放った。


「これは、我がシレジアが発行した『大陸自由交易憲章・特別通行許可証』。アルディナ陛下ご自身が署名されたこの盟約には、加盟国の交易円滑化が謳われておりますが……まさか、陛下のお膝元であるグランマリアの騎士様が、陛下の御意志を『印章のかすれ』程度で蔑ろにする、などということはございませんよね?」


 その言葉に、関所長の顔がみるみる青ざめていく。


「さあ、行ってください。王の約束は、我々商人がきっちり守らせますので」


 その鮮やかな手腕に、獣人も人間も、ただ簡単の息を漏らすことしかできなかった。

 

 ルディア本庁では、ミレイとアイゼンが大陸中から舞い込む情報を元に、見えない敵と戦っていた。


「……リオン殿からの報告です。どうやら帝国の残党が海賊を雇い、我々の海上補給路を断とうと暗躍している、と」

「ならば、逆に好都合」


 アイゼンは袖をまくりながら冷徹に言い放った。


「その動きを利用し、残党の資金源と潜伏拠点を特定します。シレジア海軍にはあえて一度、襲撃を『許容』するよう伝えてください。ただし、贈り物として発信機付きの空の樽を、いくつか海に流すことも忘れずに、と」

「……承知いたしました」


 ミレイは、呆れと尊敬の混じったため息をついた。カイも、とんでも切れ者を置いていったものだ。


 夕暮れ。船の甲板でリオンは一人、北の空を見上げていた。


「カイ殿……貴方だけに、格好つけさせるつもりはありませんよ。英雄が帰る舞台は、最高の状態に整えておくのが、我々裏方の仕事ですから」


 その呟きは、誰に聞かれることもなく、潮風に溶けていった。


   ◇◇◇


 一方、その頃。

 俺たちは、地獄のような吹雪の中を、ただひたすらに歩いていた。

 荒野を抜け、俺たちがたどり着いたのは、全てが氷と雪に閉ざされた極寒のツンドラ地帯だった。


「くそっ……! 息をするだけで肺が凍りそうだ……!」


 ラズが、防寒具の隙間から悪態をつく。

 民をルディアへ送り届けてきたユランのオーラが、かろうじて俺たちを凍死から守ってくれてはいるが、体力は確実に削られていく。

 その、視界すら白く染まる猛吹雪の向こうに、俺たちはついに、それを見つけた。

 天を突くようにそびえ立つ、巨大な黒曜石の塔。

 その周囲だけ雪が不自然に溶け、地面からは禍々しい瘴気が、陽炎のように立ち上っていた。


「……着いたか」


 俺は、凍える手で剣の柄を握りしめた。

 塔の入り口には、扉と呼べるものはなかった。ただ、一枚岩の壁には古代文字で書かれた謎掛けのようなものが刻まれている。


「『星が道を指し、月が扉を開く。それど、真の鍵は、汝の内なる理にあり』……?」


 フィオナが、かろうじて読める文字を拾い読みする。


「さっぱりわからんな」

「レイナ、お前なら分かるか?」

「いえ……これは私ですら知らない、神代のさらに古い言語体系です。おそらく、知識の女神ミリス様でなければ……」


 万策尽きたか。

 俺は、壁に刻まれた奇妙な図形をじっと見つめた。星、月、そして人間の形をしたシルエット。その内部に描かれた複雑な線と円。

 それは、ただの絵じゃない。

 前世で子どもの頃に夢中になった、あのパズルにそっくりだ。


「これ、謎掛けじゃないぞ。『知恵の輪』だ。見てくれ、この星の模様の石が少しだけ動く。こいつを壁に刻まれた溝に沿って、月の模様まで一度も線を交差させずに動かせば、扉が開くんだ」


 俺の言葉に、仲間たちは「なるほど!」と顔を見合わせた。

 一見、複雑怪奇に見える神代の謎。だが、その本質は、いつの時代の人間も楽しんできたシンプルな遊びだったのだ。


「だが、カイ。この溝、あまりに複雑だぞ。一手間違えれば、最初からやり直しかもしれん」

「やり直しすらさせてもらえない可能性もあるな。だから、皆の知恵を貸してくれ」


 俺たちは、焚き火を囲むようにして壁の前に集まった。

「こっちのルートの方が近い」「いや、そこは行き止まりだ」

 ラズの機転、フィオナの冷静な分析。そして俺の直感。それぞれの知恵を組み合わせ、俺たちは少しずつ正解へのルートを導き出していく。 

 そして、数時間の試行錯誤の末、ついにゴールまであと一手というところまでたどり着いた。


「──ここだ! この石を、最後の溝に滑り込ませれば……!」


 俺が、星の石に手をかけようとしたその瞬間だった。


「やれやれ、アタシ抜きで随分と面白そうなことしてるじゃん」


 聞き慣れた軽やかな声に、俺たちははっと息を呑んだ。

 吹雪の向こうから、一人の獣人がまるで散歩でもしてきたかのような足取りで姿を現す。

 しなやかな身体、背負った弓、そしてその瞳に宿る、狩人ならではの鋭い光。


「歩いてきたのか? 馬を使えばいいのに……」

「馬鹿なこと言わないでよ、こんなところに馬連れてきたら死ぬに決まってるでしょ」

「ユランが戻って来るタイミングで一緒に来たら良かったんじゃ……?」

「斥候の仕事があって、ちょっと寄り道してきたんだよ」


 質問を軽く捌きながらシェルカは知恵の輪を一瞥すると、ふっと鼻で笑った。


「なーんだ、こんなもんかい。あんたら、難しく考えすぎなんだよ」


 彼女は、俺たちが誰も気づかなかった壁の模様に隠された、ほんの僅かな傷を指差した。


「ここの溝、ほんの少しだけ色が違うだろ? 昔、誰かが何度もここを通った跡だ。正解のルートは、とっくの昔に、この壁が教えてくれてるのさ」


 狩人ならではの鋭い観察眼。

 俺たちは、自分たちの視野の狭さに思わず苦笑した。


「……参ったな」


 完敗だ。


「ま、たまにはアタシにも良いとこ見せさせろってこった」


 シェルカは俺の手から星の石を受け取ると、彼女が見つけた正解のルートをなぞるように、最後の溝へと滑り込ませた。

 カチリ、と心地よい音が響き、星の石が月の模様にぴったりと収まる。

 その瞬間。


 ゴゴゴゴゴゴ……!


 塔の壁が地響きを立てながら、ゆっくりと内側へスライドしていく。

 道が、開かれた。

 だが、その奥から吹き出してきたのは神聖な気配ではなかった。 

 おびただしい数の魔物の咆哮と、魂まで凍てつかせるような、強烈な瘴気。


「……この人数で足りる?」


 フィオナが少し不安そうな表情で言った。


「力を出し惜しみしたら、一瞬で蜂の巣にされる。ユラン、レイナ、最初から全力で行くぞ」

「はっ、我が主」

「もちろん、そのつもりですよ」


 俺たちは拳を握りしめた。


「ちょっと、アタシたちのこと忘れられちゃ困るから。敵を倒すだけじゃなくて、情報を見つける『眼』だって必要でしょ?」


 シェルカは余裕綽々としている。


「……歓迎の準備はできてるらしいぜ、旦那」


 俺は剣を抜き、開いた門に向き直った。


「この旅の、メインクエストだ。絶対に生きて帰るぞ」

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