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76 未来を灯す番

ついに300Pt突破しました……!読んでくださってる皆さまのおかげです。本当にありがとう!まだまだ物語は加速していくので、ぜひこれからも追ってください!

 東の森の道に、人の列が伸びている。最初に戻ってきたのは、おばあさんと手をつないだ男の子。門の前で水を渡すと、男の子は息を整えてから胸に手を当て、ぽん、ぽん──あの挨拶。泣く前に笑ってしまった。

 家の窓には仮の灯り。住めなくても、灯りがあるだけで足が止まらない。 

 その日の夕方。井戸の列が折れないよう、ベンチを三つ足した。色の札は青・赤・黄。遠目にもわかるから、揉めない。

 ネリアは壊れた橋板を替えに走る。「今日中に渡せる」──有言実行、暮れる前に子どもたちが渡っていく。

 ザルクは荷を肩で運び、黙って人の流れを押し戻す。

 二日目の朝。パン窯に火。湯気が広場に漂う。最初の焼き上がりを、老夫婦に手渡す瞬間だけは列から拍手が起きた。

 混成の見回りは、夜に倍。怒鳴り声には「次、こう動く」で返す──約束通り、街は落ち着く。

 昼。港から伝令があった。「戻る」という短い一文だ。

 やがて、旗が見えた。

 リオンが先頭で駆ける。顔は砂だらけ、目は元気。


「カイ殿、全員戻りました! 帝都に残っていた兵は、欠けなく!」

「よくやった! 船はどうだった?」

「あれ、多分シレジアの船より性能いいっすよ……」


 リオンは苦笑しながら言った。

 兵舎では、鎧を外す音が重なる。再開の抱擁、泣き笑い、肩を叩く音。フィオナが一歩だけ離れて見て、静かに頷いた。


 三日目。市場が半分開いた。粉屋の天秤が正直に揺れ、鍛冶場の火が細く立つ。ラズは路地で矢印を書き足しながら、鼻歌まじりに歩く。


「遅れてすまん、旦那。危ない段差には赤布を敷いておいた。迷子はここで止まる」

「助かる」


 アイゼンは掲示板の前で言葉を磨く。むずかしい言い回しを三つ削り、短くする。

「読めるやつは読む。読めないやつには指差しで」 

 ミレイはそれを清書し、鐘に合わせて貼る。


「だんだん、元の暮らしが戻ってきたな」

「そうですね」


 ミレイは嬉しそうに微笑んだ。


 五日目、東門の外。人の列が一息ついた頃、ザルクが黙って近づいてきた。拳を上に向けたまま、影をつくる。

 

「カイ、これを拾ったんだが……」


 手のひらが開く。黒い欠片。親指の先ほどの大きさだ。内側が、ゆっくり明滅している。耳の奥で、砂を擦るような音がした。


「どこで?」

「森からの道、三つ目の曲がり角だ。子どもが『綺麗な石』って言ってた。嫌な匂いがしたから、布に包んで取り上げた」

「よくやった。素手で長く持たない方が良いな」


 受け取る前に、俺は息を整える。欠片は冷たいのに、掌の中心だけじんわり熱をもらう。目を細めると、表面に細い線が見えた。記号……いや、道しるべの印に似ている。

 背後でラズが顔をのぞかせる。


「詳しく調べたほうが良いな」

「ああ。ミレイに見てもらう。紙に写せる線は全部写す。読み解くのはあとだ。まずは安全にしまおう」


   ◇◇◇


 本庁の地下の空気は、ひんやりと肺の奥に残る。石の壁が息を吸って、こちらの吐息を静かに飲み込むようだ。机は一つ。白い布と分厚いガラスを置いて、まずは安全を固める。

 ザルクが拾ってきた黒い欠片を布ごと置く。親指の先ほどのサイズだ。内側だけが、二度光って一拍休む──規則正しい鼓動みたいだ。


「旦那、耳で追うと気持ち悪くなる類いだ」


 ラズが顎で示す。


「昔、似た匂いで具合が悪くなった。視覚だけを頼りにしろ」

「了解」


 角度を変える。斜めの光で、細い刻みが浮く。ネリアが薄紙を当て、木炭でそっとこすると、紙に円と小さな三角、そして髪の毛のような細い線が立ち上がった。ミレイのペン先が迷わず走る。リオンは砂時計を置いて、点滅を数える。


「二回光って、一拍休み……ニ・一、ニ・一です、カイ殿!」

「地図に合わせよう」


 俺は透明紙に写した図を大地図に重ね、ゆっくり回す。丸の欠けを出発側だと仮に決めて合わせる。……噛み合う場所がある。

 北の岸に立つ三つの塔──その三つ目。そこを起点に、細い線はさらに北を指していた。


「目的は海じゃない。陸だ。断崖が続く帯に入る」


 アイゼンが眼鏡を押し上げる。

 

「──少しだけ、失礼します」


 突然、目の前にレイナが具現化した。フィオナの手が剣帯に触れ、リオンが目を丸くする。彼女らはレイナだと気づくと、警戒をほどいた。


「それは黒い水晶。道しるべにも、連絡にも使う石の欠片です。作ったのは大地の還し手。印の読み方は皆さんの推理で合っています。丸は場所、三角は向き、細い線は進む先。ただし、距離はこの欠片だけではわかりません。別の欠片が持っています」

「じゃあ、『三つ目の塔から北へ』までは合ってるってことか」

「ええ。塔は昔、印を結ぶ杭として建てられました。三つ目は今も生きています。そこから北へ。霧と崩れに注意を。──それから、もう一つ」


 レイナは深く息を吸った。


「この石は近くの『記憶』を少しずつ削って、向こうと繋がります。だから耳で追わないこと。目と手で見てください」


 ラズが小さく息を吐く。


「あのババアの能力と似た性質だな……どうやら大地の還し手ってのは『人の記憶』と結びつきが強いみてぇだ」

「注意してください。この欠片を私たちが所持している限り、向こうもこちらを探せる」

「了解」


 欠片の光がふっと落ち着き、部屋の温度が元に戻る。


「箱に入れて保存。布と手袋を。出し入れは二重で記録をとる。見張りは二名、合言葉ありで」

 

 アイゼンが締め直す。


「箱は俺が作る。なるべく魔力が漏れないようなものをな」ラズが言う。

「護衛は私が受け持つ」フィオナの声は短いが、頼もしい。

「私と崖の装備は私が。小舟も滑車も準備します!」リオンが胸を張る。

「写しと地図は私がまとめます」ミレイは紙束を抱え直す。


「外への説明は『三つ目の塔から北へ』まで。余計な噂の拡散を避けます」


 俺はユランの首をぽんと叩く。相棒が低く鳴いた。胸の中の針が、はっきりと前を指す。

 街に灯りは戻った。次は、未来を灯す番だ。

 抱えていた物を置き、今度は外へ手を伸ばす。守るために、見つけに行く。


「出発は三日後だ。第一目標は北の岸の『三つ目の塔』。そこから北へ進み、同じ欠片を探す。戻れる装備、戻れる計画で行く」


 怖さはゼロじゃない。でも、形が分かった怖さなら、やれる。形が分かれば作戦が立てられる。作戦があれば、前に進める。

 ──大陸探索を、始めよう。

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