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70 玉座へ

 玉座の間は、勝利への確信と退屈な待機時間への苛立ちが入り混じった、奇妙な空気に満ちていた。

 皇子ジェイル=イゼルは、黄金の玉座に深く身を沈め、ワイングラスを気だるげに揺らしていた。グラスの中で、真紅の液体がまるで血のようにゆらりと揺れる。

 彼の脳裏に浮かぶのは、ルディアという名の忌々しい街が、バルカス将軍率いる大軍によって蹂躙されている光景。


「……カイ=アークフェルドとやらも、所詮はその程度か。小賢しい策を弄してはいたが、絶対的な物量の前には──赤子同然よ」


 彼は、独り言のように呟きながらグラスをあおった。

 ──勝った。

 この戦が終われば、邪魔な反乱軍を掃討し、自分こそがこの帝国の……いや、この大陸の唯一無二の支配者となる。

 その甘美な未来図に、ジェイルは口元に傲慢な笑みを浮かべた。

 彼はまだ、気づいていなかった。

 文字通り、これから玉座の真下から足元をすくわれることに。


   ◇◇◇


 ──静寂は、光とともに破られた。

 創造の力で砂と化した壁の向こうから、俺たち潜入部隊は光の中へと躍り出た。 

 そこは、玉座の間の真下に位置する、儀式用の広間。

 突然の侵入者に、敬語についていた近衛兵たちが驚愕に目を見開く。


「な、何者だ!?」


 彼らが警報を鳴らすよりも、俺たちの動きのほうが遥かに速かった。


「──さあ、世界を変えようか」


 俺の呟きが合図となった。指揮者のタクトが振り下ろされたかのように、六つの旋律が完璧な調和を持って奏でられ始める。


 最初に動いたのは、神獣だった。

 俺の背後から、銀色の巨躯――ユランが音もなく、雷光のような速度で広間の中央へと躍り出た。

 その着地の衝撃だけで、床の大理石に亀裂が走る。近衛兵たちがその神々しくも恐ろしい姿に、完全に動きを止めた。

 その一瞬を、俺たちが見逃すはずもなかった。

 

 次に動いたのは、影だった。

 ラズが床を滑るように疾走し、その手から放たれた数本のナイフが寸分違わず、広間の壁に設置された警報装置の魔石をことごとく粉砕した。

 ──パリンッ!

 警報という敵の生命線を、まず断ち切った。


 次に動いたのは、獣だった。

 シェルカが姿を消したかと思うと、次の瞬間には天井の梁の上から姿を現し、その弓から雨のような矢を放つ。

 矢は敵の連携を分断し、完璧な陣形に致命的な亀裂を入れた。

 すでに室内は地獄絵図と化している。蹂躙を夢想していた奴らの脳天を、怒りという名の矢が貫いていく。


 その亀裂をこじ開けたのは、破壊の化身の二人だった。

 ザルクとゴウランが、二台の止まらぬ重戦車となって敵陣へと突っ込む。ザルクの戦斧が鋼鉄の盾をバターのように両断し、ゴウランの剛拳が重装鎧ごと、兵士を壁まで吹き飛ばす。

 敵が少数かつ、攻撃手段の限られた室内では彼らが主な戦闘要員だ。さらに、ザルクでさえ及ばない力を持つゴウランがいる。もう負けはない。

 圧倒的なまでの暴力の嵐は、見ていて爽快なものだった。つくづく、俺も性格が悪いなと思う。


 そして、その嵐の中を一つの閃光が舞った。

 フィオナが、一筋の白銀の流星となって、混乱の極みにある敵兵たちの間を駆け抜ける。

 彼女の剣閃は速く鋭く、あまりに美しい。

 普段は戦っているところを見ないけど、北方騎士団の隊長を任されるくらいだ。しかも女性なのに。その肩書が彼女の実力を証明している。

 敵は、自分が斬られたことにすら気づかずに崩れ落ちていった。


 俺はその全ての光景を、後方から静かに見つめていた。

 最後の近衛兵が倒れたのを確認すると、広間の奥……玉座の間へと続く巨大な螺旋階段を指差した。


「──主役のお出ましだ」


 誰一人傷を負うことなく、完璧な連携で最初の関門を突破した。

 階段を駆け上がり、玉座の間の重厚な扉の前に立つ。

 扉の向こうからは、まだ何も気づいていないアイツの呑気な声が聞こえてくる。


「行くぞ、ゴウラン」


 俺とゴウランが、左右の扉を同時に力強く蹴り破った。

 けたたましい破壊音と共に、玉座の間に俺たちは飛び入った。

 勝利の祝杯をあげようとしていたジェイルと、その側近たちが青ざめた顔でこちらを振り返った。


「……は……?」


 ジェイルの手から、ワイングラスが滑り落ちる。

 床に叩きつけられたグラスは、甲高い音を立てて砕け散った。

 それは、彼の栄光の終わりを告げる音だった。

 俺は、仲間たちを背に、ゆっくりとジェイルの前へと歩みを進める。

 俺は一度も目を逸らさず、ジェイルの瞳を見つめる。


「──ジェイル=イゼル。若いからって舐めてもらっちゃ困るな。ようやく尻尾掴んだぜ」

「貴様の創った退屈な盤上は、我々が終わらせましょう」

 

 俺とフィオナの、静かな宣言。

 それは、本当の戦いの始まりの合図となった。

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