67 夜明けの凱旋
東の森は、息を殺したような静寂と緊張感に支配されていた。
幸い追手はいない。ついてきても負けるってわかってるんだな。それに、反乱軍との戦闘で今は手一杯のはずだ。
にしても、俺らが敵のほとんどを殲滅してから合流するのってなんか卑怯じゃないか……?ゲルハルトさんよ。
避難民との合流に成功した。ミレイとオルドの必死の誘導のおかげで民に死者は出ていない。だがそれは、束の間の延命治療にすぎない。早く戦争を終わらなせなければ、常に危険と隣り合わせだ。
俺は森の入口に即席のバリケードを築いた。本当に便利だな、創造スキル。
シェルカ率いる斥候たちは、木の陰からじっと外の様子を見張っている。彼女のアンテナがあれば敵の接近を見落とす可能性は低い。
「シェルカ、外の様子は?」
「相変わらず反乱軍と戦ってるね。この隙をつけばルディアの街に戻れると思うけど」
「よし」
俺は咳払いをして、指示を始めた。
「斥候部隊はシェルカを中心に避難所の防衛を継続。トウラの精鋭部隊とラズ、あとミレイはルディアに帰るぞ。またすぐに西の戦場へ向かう。ここの指揮はオルド、頼めるか?」
「はっ、お任せあれ」
オルドは自信満々に頷いた。正直、年齢的に彼は休ませてあげたい気持ちもあるが……もうしばらくは頑張ってもらおう。
「みんな、この戦争に巻き込んでしまって申し訳ない。領主として最も大事なのは君たち、ルディアで暮らす住民だ。不安や不満もあると思うが……もう少しの辛抱だ。必ず、戦争に勝って平和な暮らしを取り戻すから。待っててくれ!」
俺は避難民に意志を告げ、森を飛び出した。
「ユラン、街に戻るぞ」
「御意」
俺たちはルディアへの帰路を急いだ。
そして──夜が明け、朝日が昇り始めた頃。俺たちの目に、見慣れた街の輪郭がようやく見えてきた。
俺は本庁に飛び込み、会議室まで走った。急いでドアを開けると、疲れた表情のフィオナたちが座っていた。
「カイ──! 無事だったか……!」
「そりゃあもちろん。西の防衛ラインはどうなったんだ?」
「私たちが手を加えるまでもない状況だ。貴殿の生み出した石の兵士たちは最強のバリケードとなり、この街を守り続けている。帝国軍は撤退した」
「本当か!」
俺はラズとグータッチをした。ひとまず、防衛戦には完全勝利した。
「──ん?」
外を見渡していたミレイが耳をそばだてる。
「……なんですか? この地響き……」
遠くから、おびただしい数の蹄の音が近づいてくる。
帝国が兵士を増やして突撃してきたのか……!?待て、ありえない、石の兵士はどうなった!?
誰もが絶望に顔を曇らせた瞬間だった。
地響きと共に、鬨の声と、聞き覚えのある角笛の音が鳴り響いた。
「この音は……!」
俺ははっとして会議室を飛び出した。
「旦那! 早まるな!」
ラズの声も無視して、本庁の外に出る。
軍勢の先頭に掲げられているのは、白銀の獅子の旗。
王都グランマリアの、王都駐屯騎士団。その数、一万。
そして、その側面を固めるようにして、地の底から湧き上がるような雄叫びとともに、シレジアの海賊や戦士たちが向かってきた。
俺たちが呆然としながら門に向かい、援軍を出迎えた。
「アルディナ陛下!!」
「貴殿らの国の危機を知り、黙ってみていられるほど我らは薄情ではない」
アルディナが力強い声で言った。それにしても、この規模の軍を連れてきてくれるとは……。
そして、遅れてシレジアの戦士たちがやってきた。リオンが爽やかな表情で、先頭を駆けている。
「リオン! どうやってここまで来たんだ?」
俺はリオンと握手をしながら尋ねた。
「実は、王都の周辺都市のヴェルトニアに停泊させてもらったんですよ。だから、馬もヴェルトニアから借りてきました! あとついでに、帝国の海軍を叩き潰して、あっちの補給路は断っておきましたよ!」
さらっととんでもないことを言うな。
帝国の海軍を平気で殲滅できるとは、やはり本場の海軍は格が違うようだ。地上戦で役に立つのか疑問だが。
しかし、盟友たちが、来たのだ。
彼らは友の危機を救うため、それぞれの国の全戦力を率いて、このルディアの地に集結してくれていたのだ。
俺が築いてきた絆は、決して無駄じゃなかった。
「……よし、礼はこの戦に勝ってからだな」
「美味い酒は用意してあるんでしょうね?」
この状況下でも軽口を叩くリオンに感心さえ覚える。肝の据わり方が違うな。
「聞いたか、お前ら! 盤上の駒は揃った!」
ラズたちの方を向き、俺は宣言した。
「もう守るだけの戦いは終わりだ。これより、本庁にて、我々四カ国連合軍の、最初の作戦会議を開く! 目標は、皇子ジェイルの首ただ一つ! この大陸から、不毛な争いの根源を完全に断ち切る!」
その言葉に、集った全ての兵士たちから、地鳴りのような雄叫びが上がった。
◇◇◇
大議事堂。かつて、歴史的な盟約を結んだこの場所に今、大陸の未来を左右する、最強の布陣が再び集結した。
中央の巨大な軍事マップを囲むのは、俺、アルディナ陛下、全権大使リオン、そして、トウラの族長バルハはトウラにいるため、その代理として猛将ゴウランが立っている。
「まず、現状を整理しよう」
俺は地図の上に駒を置きながら口火を切った。
「西の帝国本隊、約二万五千。現在、俺のスキルによって生まれた石の兵隊によって撤退を余儀なくされている。軍の別動隊は、俺たちの奇襲と反乱軍の法規により、すでに壊滅状態だ。さらに補給路はシレジア海軍の善戦により破壊されている」
「数では、依然として西の帝国軍が上。単純な正面衝突は、こちらの消耗を招くだけだ」
アルディナが冷静に分析する。ゴウランもそれに頷いた。
「うむ。力押しは、愚者の戦術。我らは狩人とならねばならん。敵の弱点を的確に、無慈悲に突く」
「その通りです」
リオンが鋭い目で地図を睨む。
「戦争とは、巨大な商談。最小限の投資で、最大限の利益を得る。つまり、敵の『戦意』という名の資産を、いかに効率よく奪うかですな」
武力、知略、経済。それぞれのプロフェッショナルたちが同じ盤面を見つめている。
「ああ、だから俺たちの狙いは兵士じゃない。──皇子ジェイルの心そのものだ」
俺の言葉に、議事堂の空気がピリ、と張り詰めた。
俺は、三つの駒を地図上に置いた。
「作戦名は、トリオ・ソナタ。三つの異なる旋律を同時に、完璧な調和を持って奏で、ジェイルの精神を内側から完全に破壊する」
俺は、一つ目の駒を指さした。
《第一楽章:偽りの女神》
「まず、ラズとシレジアの諜報部隊が動く。帝国の捕虜や、ゲルハルト公爵の反乱軍から得た情報を使い、『ルディアの領主カイは、失われた大地アレアの力を完全に覚醒させた』という偽の情報を、帝国内に大々的に流布させる」
「ほう?」
「ジェイルは、俺の力を警戒しているが、その本質までは知らない。そこに、『カイはもはや人ではなく、神の化身である』という、宗教的な恐怖を植え付けるんだ。同時に帝国内の、女神を信仰している民衆の間に『真の救世主は、ルディアにあり』という噂を流し、内乱をさらに煽るんだ」
「なるほど。物理的な戦いの前に、心理戦と宗教戦を仕掛ける、か。実に陰湿で、効果的だな」
アイゼンが感心したように頷いた。
「次だ」
二つ目の駒を動かす。
《第二楽章:空城の計》
「我々四カ国連合軍の主戦力は、西の帝国本隊には敵わない。フィオナの騎士団の一部を防衛に残し、主戦力は、このルディアの街から完全に姿を消す」
「なんだと!?」
ザルクが声を上げる。
「夜陰に乗じ、トウラの斥候たちが切り開いた秘密の獣道を取って、大規模な迂回行動をとる。そして帝国軍が、もぬけの殻となったルディアに攻め込み、勝利を確信した、その瞬間──」
俺は三つ目の駒を、地図上のある一点に力強く叩きつけた。
《第三楽章:神槌》
「──帝都カレドニア、そして政治の中心部である王宮を、背後から全戦力で、完璧に叩き潰す」
その、あまりに大胆不敵な一言に、議事堂は畏怖と驚愕に満ちた静寂に包まれた。
「正気か、カイ殿」
アイゼンが、初めてその冷静な仮面を崩し、声を上ずらせた。
「帝都の守りは、大陸一堅固だぞ!」
「ああ、正面から攻めればな」
俺は不敵に笑った。
「奴らの目は今、すべてこの地ルディアに向いている。まさか、その背後……本土の、それも首都が直接奇襲されるなど、夢にも思ってないだろう。リオン、あんたの艦隊で、俺たちを帝都の裏まで静かに運べるか?」
「……面白い! 面白いですな、カイ殿!」
リオンの目が、商人のそれではなく、危険な賭けに心を踊らせる冒険者のように輝いた。
「ええ、お任せを! 帝国の間抜けな海軍の目を盗んで、皆様をジェイル皇子の寝室の真下まで、お届けしてご覧にいれましょう!」
「補給を断たれ、本国からの指示も途絶え、さらには『神の化身』の噂で士気も下がった西の帝国本隊は、もはやただの烏合の衆。反乱軍が、美味しく調理してくれるだろう」
「そして、ジェイルは、すべてを失う。前線の兵士も、本国の玉座も、そして、民の信頼すらも」
殺す気はない。お飾りの王ってのは、こっちの道具にした方が楽しめるからな
「ハッハッハ! 見事だ、カイ! 獅子の皮を被った、恐るべき狐よ! 敵の心臓を、直接抉り出すか! よかろう、その作戦、全面的に支持する!」
アルディナはどこか楽しげだった。
「我がトウラも、異存はない。敵の大将首を、直接狙う。まさしく狩人の戦い方だ」
仲間たちと、集った王たちに向き直った。
「──作戦開始は、三日後。夜明けとともに行動を開始する」
「各部隊、準備にかかれ。歴史上、最も静かで、最も大胆な戦争を始めようぜ」