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63 開戦の狼煙

 夕暮れの光が差し込む、本庁の執務室。

 俺は、ミレイが息を切らせて持ってきた、帝国の紋章が押された親書を食い入るように見つめていた。


「──我らは、皇子ジェイルの暴走を憂う者。このままでは、帝国は自滅の道を辿る。貴殿に、帝国の、そして世界の未来に関わる、重大な情報を提供したい。ただし、それには条件がある。我らの安全を保障し、密会に応じるという貴殿の確約がほしい」


 差出人は、ゲルハルト公爵。亡命したアルブレヒト辺境伯の旧友とされる人物だ。

 帝国の内側から伸ばされた、一本の蜘蛛の糸。

 これは罠か?それとも、千載一遇の好機か?

 俺がその意図を測りかねて羊皮紙を睨みつけていた、その瞬間。


 ──ドォォォォンッ!!

 

 遠く、しかし腹の底に響くような巨大な爆発音。

 その直後、街全体が激しく揺れた。まるで地震のようだ。


「なんだ!?」


 すぐに窓の外を見た。

 西の空が、不気味なほどに赤く燃え上がっていた。

 ルディアとトウラを結ぶ、渓谷地帯の方角だ。


「敵襲かっ!?」


 俺が叫ぶのと、執務室の扉が勢いよく開け放たれたのはほぼ同時だった。

  血相を変えて飛び込んできたのは、見張りの兵士だった。顔面蒼白で、声は恐怖で上ずっていた。


「カ、カイ様! 緊急報告です!」

「落ち着け! 何があった!」

「に、西の渓谷に設置した第一監視塔が……! 何者かの攻撃を受け、一瞬で、消滅しました!」

「何だと!?」


 あの監視塔は、ドワーフとネリアの設計で作られた砦のような石造りの建造物だ。並大抵の攻撃で破壊されるはずがない!


「敵の正体は!? 数は!?」

「そ、それが……」


 兵士はごくりと唾を飲み込み、言葉を続けた。


「数は不明。ただ、生存した斥候の報告によれば……渓谷を埋め尽くすほどの、おびただしい数の軍勢が……」


 その言葉を遮るように、新たな報告者が会議室になだれ込んできた。

 トウラから派遣されていた、最速の伝令獣人だ。その毛並みは汚れ、息も絶え絶えだった。


「カイ殿……! 申し上げます! 我がトウラの国境監視網が……突破されました!」

「バルハは!? ゴウランは無事なのか!?」

「はっ……! お二人とも、現在、防衛の最前線で指揮を執っておられます! ですが、敵の勢いは我らの想像を……」


 伝令獣人は震える手で、一枚の地図を広げた。

 そして、ルディアへと続く進軍ルートを、絶望的な声で告げた。


「──バルディア帝国正規軍、総勢五万! 皇子ジェイル自らが率い、現在、ルディアに向けて侵攻を開始した模様です!」

「……ご、五万……!?」


 ミレイが悲鳴のような声を上げた。

 完全に予想外だ。このタイミングで、持ちうる軍事力の半分を用いて真正面から侵攻してくるだと……!?確かに、今の俺らは戦闘準備が万端じゃない。しばらく直接対決はないだろうと、兵器の開発に力を注いでいる最中だからだ。

 ルディアの全兵力をかき集めても、五千に満たない。十倍以上の圧倒的な戦力差だ。

 

「……そういうことかよ」


 今までの小細工は全て、この総攻撃のための時間稼ぎに過ぎなかったってわけだ。あいつらの思惑通り、その数々の小細工によって俺らの国づくりは妨げられてきた。

 警報の鐘が、街中にけたたましく鳴り響く。

 窓の外では、民の悲鳴と兵士たちの怒号が混じり合っている。

 ついに、来たのだ。避けることのできない、帝国との最後の戦いが。


「……全員、本庁の大議事堂に集めろ。フィオナ、ザルク、ラズ、ネリア……幹部全員だ。王都とシレジアの代表にも、緊急招集をかけろ」


 俺は、震えるミレイの肩を力強く叩いた。


「ミレイ、お前は残った民を、地下水路から東の森へ非難させる準備を始めろ。オルドと協力して、一人でも多くの命を……」

「か、カイ様は……!?」

「俺は、ここに残る」


 俺は赤く染まる西の空を、まっすぐに見据えた。

 

「あいつらが戦争をしたいって言うなら、やってやろうじゃねぇか。俺たちの、この街の、最後の意地を見せてやる。それに、俺がルディアで一番の『軍事力』だからな」


 ルディア=アークフェルド連邦の存亡を懸けた戦いの時だ。

 静寂の終わりを告げる、開戦の狼煙は今、確かに上がった。

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