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61 新たな座標

「カイ、彼らは……」


 フィオナが心配そうな顔で聞いてくる。


「ああ、大丈夫」

 

 俺はみんなを安心させるように、力強く頷いた。

 そして、眠る彼らに向かってそっと手をかざす。

 光を浴びた彼らの身体にまとわりついていた黒い瘴気が、霧が晴れるように消え去っていく。苦痛に歪んでいた寝顔は、徐々に穏やかな表情へと変わっていった。

 そして一番最初に、ザルクがうっすらと目を開けた。


「ん……カイ? なんでこんなとこにいんだ?」


 彼は、状況が飲み込めないといった顔で自分の体を見下ろしている。

 次に工房の職人が、そして留学生の若者が一人、また一人と長い悪夢から目を覚ますように意識を取り戻していく。

 彼らは、操られていた間の記憶が曖昧になっているようだった。

 思い出さないままの方が、彼らにとって良いとは思うが……一人だけ、全てを思い出した者がいた。


「──っ!」


 ラズの妹がはっと息を呑み、自分の両手を見つめた。

 彼女の瞳には恐怖と、そして自分が何をさせられていたかという絶望の色が浮かんでいる。


「わ、私、ひとにナイフを……!」


 彼女がパニックに陥りかけたその時だった。

 ラズはすぐに駆け寄り、その小さな体を優しく、力強く抱きしめた。


「……もう、いいんだ。リーシャ。もう、大丈夫だ」


 何年も言えなかった言葉。

 ずっと、会いたかった。ずっと、謝りたかった。

 その全ての想いが、その不器用な抱擁に込められていた。

 リーシャ、か。素敵な名前だな。


「おにい、ちゃん……?」


 リーシャの瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

 俺は、その光景をただ黙って見つめていた。

 これだ。

 俺が本当に守りたかったものは、これなんだ。

 憎しみを晴らすことじゃない。誰かを断罪することでもない。

 こうして、離れ離れになった絆が再び結ばれる瞬間に立ち会うこと。


「……帰ろう、みんな。俺たちの街へ。ラズの妹さんも案内するよ。俺はこのルディアって国の領主をやってる『カイ』っていうんだ」


 リーシャは戸惑いながらも、ぶんと頭を縦に振る。


「俺らの、自慢の領主様だぜ」

 

 そう言ってラズは笑う。

 それを聞いて俺は微笑んだ。

 まだ、「還し手」という組織は残っている。帝国との戦いも終わってはいない。

 だが、俺たちは確かな一歩を踏み出した。

 闇を払い、光を取り戻すための大きな一歩を。

 

「ユラン、けが人を乗せて先に診療所に帰っててくれ」

「……御意」


 俺のスキルで治ったとはいえ、街まで歩かせるのは気が引ける。


   ◇◇◇

 

 夜が明け、昇り始めた朝日がルディアの街を黄金色に染め上げている。それは、長い悪夢の終わりと新たな一日の始まりを告げる希望の光のように見えた。

 ザルクをはじめ、操られていた人々はまだ少し混乱しているものの、全員無事だった。スキル「浄化の光」は、彼らの身体に残っていた呪いの残滓を綺麗さっぱり洗い流してくれたらしい。

 ラズは、再会した妹のリーシャの手を片時も離そうとしなかった。そのぎこちない兄妹の姿を、仲間たちは温かい眼差しで見守っている。


 本庁への帰り道、俺は仲間たちの輪から少しだけ離れて、自分の内なる変化を確認することにした。

 ステータス確認だ。

 意識を集中すると、脳裏に半透明のウィンドウが浮かび上がる。その表示は、以前と比べ物にならないほど様変わりしていた。


【ステータス】


 名前:カイ=アークフェルド

 年齢:17

 称号:ルディア=アークフェルド連邦領主、源泉に触れし者

 クラス:なし

 スキル:創世の権能、言語理解、身体強化【中】、魔力親和【極】

 派生スキル:浄化の光


「ワーオ」


 思わず、俺の心に潜むアメリカ人が顔を出した。

 創造の手は、真の姿?である「創世の権能」へと進化し、魔力親和も【中】から【極】へと跳ね上がっている。称号には、何やら物々しいものが加わっていた。


 これが、「還し手」という楔の一つを打ち砕いたことによる成長。

 改めて自分の力が、この世界の理そのものと深く結びついていることを実感した。

 だが、目が釘付けになったのはそこではなかった。

 ステータス画面の一番下。以前はなかった項目が追加されていたのだ。


【座標記録】


No.001:始まりの丘 - 座標固定済

No.002:大地の女神アレアの聖地『ティル・ナ・ノグ』 - 座標不確定

No.003:知識の女神ミリスの聖域『始まりの図書館』 - 座標不確定


「何だこれ?」


 まるで、ゲームのマップ機能のような表示。

 始まりの丘というのは、俺がこの世界に最初に降り立ったあの場所のことだろう。

 そして――。


「アレアの聖地……ミリスの図書館……」


 レイナが言っていた、失われた女神たちの名とその聖域。

 その名前が、俺のステータスに、まるで最初から目的地として設定されていたかのように、はっきりと刻まれている。

 『還し手』の呪いが解けたことで、俺の魂に刻まれていた本来の道標が姿を現した、ってことか……?


「カイ様。それは、貴方の魂が目指すべき道標です」


 レイナの声が脳内に響いた。

 

「還し手の呪いは、貴方とアレア様の力の繋がりを覆い隠すだけでなく、貴方が進むべき『運命の座標』そのものも見えなくさせていました。今、その霧が少しだけ晴れたのです」

「……つまり、この座標を確定させれば、俺は聖地へ行けるのか?」

「はい。ですがご覧の通り、まだ座標は不確定。聖地への道を開くには、それにまつわる『情報』や『鍵』となるものが必要です。おそらく、知識の女神ミリス様の力なくしてその座標を確定させることは難しいでしょう」


 ふうん。知識の女神ミリス、ね。

 そいつ、俺の敵になったりしないよね?女神と戦うことになったり、しないよね?


 ステータス画面を閉じ、仲間たちが待つ方へと歩き出した。

 空はどこまでも青く澄み渡っている。

 街に蔓延していた病も、老婆が消滅したことで呪いの根源を失い、リゼットの薬で急速に快方へと向かうだろう。

 ザルクも戻り、ラズの長年の傷も癒えるきっかけを掴んだ。

 失ったものは、何もない。

 それどころか、俺たちはまた一つ大きなものを手に入れた。


 新たな目標。そして、揺るぎない仲間との絆。

 

「やることは山積みだなぁ……」


 国づくり、帝国との戦い、還し手とかいうカルト教団、そして最後に、女神の聖地を目指すのか……。

 とりあえず、目の前のことに集中しよう。聖地なんてのは、数年後の俺に任せた。

 今日はゆっくり寝るんだ。明日からまた、大量の書類と戦うことになるのだから。

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