5 なかまになろう
翌朝、村の倉庫兼会議所には、農民たちと職人たちがずらりと集まっていた。
「全員揃ったな。では、始めようか。小会議を」
グレイがそう言うと、室内のざわめきがすっと静まる。
「まず、昨日の件を報告しておこう。……カイに、村の畑の監修を正式に任せることになった」
「おおっ……!」
「やっぱり!」
あちこちからざわめきと納得の声が上がる。
「いやぁ、だってあの土の柔らかさ、ワシの膝でも分かるくらいだわい」
「畑の水路、勝手に流れてたお。あれは魔法か?」
「おい、魔法使いでもあんなことはできないだろ!」
口々に飛び出す疑問に、グレイが手を上げて静めた。
「詳しい仕組みは俺にもわからんが……カイのスキルは、土地や自然に働きかける力だそうだ。昨日、過去を聞いたのだが、私は彼を信用できると思った。村に住む以上、村の未来を一緒に築く気でいてくれている」
「よろしくお願いします」
俺は軽く頭を下げた。
「で、だ」
グレイは一同の顔をぐるりと見渡した。
「畑の再建、作物の選定、水脈の管理……これをカイに主導してもらう。が、当然ひとりでやるわけじゃない。お前たちが支えるんだ」
「そりゃそうだ」
「なんでも言ってくれや、カイ君!」
「まずは聞きたいんだが、今の畑の問題点はどこだ? 手が回っていない箇所とか、特に苦労している部分とか」
グレイが農民たちの反応を待った。
「ええと……」
ミナが手を上げた。
「南側の畑は土が痩せてて、何植えても実が小さくて……あと、水路の奥が詰まり気味で、雨が降ると溢れちゃうんです」
「わかった、それは俺の方で整えよう。水路は調べてみる」
「あと、作物のことで相談が……」
別の農民が遠慮がちに言う。
「このあたりって麦ばっかり植えてきたけど、外に育ちやすい作物ってあるか?」
「うーん……」
俺は頷いたが、心の中は焦りが止まらなかった。
俺は元サラリーマンだぜ?作物の知識は皆無だ。それっぽいことを言って逃れるか?でもそれじゃ村のためにならないし……。
その時、半透明のウィンドウが目の前に現れた。
そこには、この地の気候や条件で育ちやすい作物が羅列されていた。
助かったぜ、創造の手……!やっぱり神スキルだ!
「この土地なら、じゃがいも、豆、あとハーブ系──ミントやバジルも育てられるかも。風通しと水はけが良い場所を選べば、収穫効率は上がります」
「おお、ハーブ! それは新しいな!」
「香草茶ができたら、女性も喜ぶだろう」
会議の空気が一気に明るくなる。
「そうと決まれば、物資の調達も必要になるな」
グレイが書記係に向かってメモを取らせる。
「道具は?鍬とか足りてるか?」
「ボロいのしかなくて……あと、乾燥防止用の布も欲しいです」
「よし、記録しておけ。今度、王都で調達するとしよう」
「まさか、うちの村でこういう話ができる日が来るとはなぁ……」
誰かがぽつりと漏らしたその声に、場の全員がうなずいた。
「──以上で、今日の会議は終わりとしよう」
グレイの締めの言葉とともに、会議所にどっと安堵と拍手が広がった。
村の未来が少しずつ見えてきた。そんな空気の中で、俺も思わずほっと息を吐く。
──だが。
その瞬間だった。
「ぎゃああああああっ!!」
遠くから、女性の悲鳴が響いた。
「な、なんだ!?」
「南門の方だ! 煙が上がってるぞ!」
「魔物だ! 魔物が出たぞ!!」
一気に緊張が走る。椅子が倒れ、誰かの湯呑みが床で砕けた。
「ミナの家の近くだ……っ! 武器を持て!」
穏やかな生活は難しい。グレイの言葉が頭をよぎった。
そういうことか……と、俺はため息をついた。
農民たちが慌てて外へ飛び出していくのを、俺もすぐに追った。
◇◇◇
村の端、畑に近いあたりで、牙を剥いた一体の魔物が暴れていた。
大きさは牛ほど。黒い毛並みに赤い目、犬のような姿をしている。
「見たところ、森の境界種だ」
「ボーダービースト?」
「奴らが縄張りを外れることは滅多にないはずなんだがな……」
何人かの村の男たちが鍬や棒を振り回して応戦しているが、歯が立っていない。
「こいつ……火まで吐きやがる!」
「まずいぞ、このままじゃ民家が──!」
誰かの声とともに、火の粉が近くの木小屋に燃え移った。
俺はそれを見て、動かずにはいられなかった。
「どいてくださいッ!」
俺は人の間をすり抜けて、魔物の正面に出た。
「カイ、危ない! 逃げ──!」
誰かの声が聞こえたが、俺は既に構えていた。
「……頼むぞ、『創造の手』さんよ」
自分のスキルを信じ、両手を地面に向け、意識を広げる。
呼応するように、土が緩やかにうねり、小さな植物が急成長して絡みつく──否、包み込む。
魔物の周囲に、花を伴った蔓が巻き付き、足元をやさしく封じていく。
この異常な現象に魔物は戸惑い、吠えるのをやめた。
さらに俺は、もう片方の手で地面をなぞる。
「……辛かったろ。少しだけ……落ち着くんだ」
土中の栄養を操作し、魔物の足元に柔らかい苔のような床を展開した。
緊張した肉体を緩めるように、その場に魔物はゆっくりと座り込んだ。
「お、おい……」
「……寝た?」
「いや、ほら。舌出してる。……あくびだ。めちゃくちゃあくびしてる」
村人たちがぽかんと口を開けて見つめる中、俺はそっと魔物に近づいた。
「……驚かせちゃってごめんな」
魔物は、俺の手のひらに鼻先を近づけると、ふにっと擦りつけてくる。
「……あれ……なんか、懐いてね?」
「お、おい、ついてきてるぞ!? カイ君の後ろに、ペットみたいに!」
「お前……帰らないのか? 森に」
俺が屈んで言うと、魔物は「きゅぅ……」と情けない声を上げて、ぐるりと丸くなって地面に寝そべった。
そして、尻尾をぱたぱた振る。
「う、うそだろ……魔物が、味方になりたがってる……」
「な、なんだこいつ……見たことないぞ、こんな魔物!」
ざわめきが広がっていく。
けれど俺は、魔物の頭をひと撫でして、静かに笑った。
「とりあえず……ミナの家、壊さないでくれてありがとうな」
すると、深い黒色だった魔物の体毛が明るい茶色に変わっていった。鋭かった眼光もくりくりと丸い目になり、体もみるみる小さくなっていく。
「カイくん……何をしたんだ!?」
「いや、俺は何も……」
魔物は俺の足元にすり寄って、まるで犬のように小さく鳴いた。
鼻先を俺の手のひらに押し当て、ぺろりとひと舐め。
「本当に……懐いてる」
誰かがぼそりと呟いたが、それに答えるように魔物はさらに体を擦りつけてきた。
がしがし、と地面に転がりながら背中をかいて、目を細めて尻尾を振る。
……何だこの、やたらかわいい生き物は。
「……それじゃあ、仲間になろうな」
俺がそう言うと、魔物は嬉しそうに二度、三度と飛び跳ねた。
多分、言葉の意味はわかっていない。それでも、気持ちは伝わったんだと思う。
その時。
「カイ、今すぐ離れるんだ!」
鋭い声が背後から響いた。
振り向くと、弓を構えたグレイが立っていた。
その背後には、何人もの武装した村人たち。皆、真剣な顔で魔物を睨んでいる。
「弓で急所を射る!!」