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53 不死鳥たちの祝祭

 俺が下した「祭り決行」の決意。だが、さすがにこの瓦礫の上で、すぐにどんちゃん騒ぎを始めるわけにはいかなかった。

 俺はまず、集まった民と仲間たちの前で、深く頭を下げた。


「すまない。祭りは、一度延期させてほしい。この街が、俺たちの家が、完全に元通りになるまで。そして、傷ついた全ての仲間が、心から笑えるようになるまで、少しだけ時間をくれ」


 その言葉に、誰もが静かに頷いた。

 その日からのルディアは、悲しみに暮れる暇すら惜しむように、復興という一つの目標に向かって動き出した。


   ◇◇◇


 最初は、誰もが途方に暮れていた。破壊された工房、半壊した学び舎、そして心の奥底に突き刺さった、仲間を失った悲しみ。人々は、ただ呆然と瓦礫の山を見つめるだけだった。

 その重い空気を最初に打ち破ったのは、ザルクの雷のような怒号だった。


「うだうだ言ってんじゃねえ! 手を動かせ、手を!  悲しんでる暇があったら、瓦礫の一つでもどかしやがれ!  俺たちの街を、こんな姿のままにしとく気か!」


 彼の乱暴だが力強い言葉に、人々ははっと我に返り、一人、また一人と、黙々と作業を始めた。

 ネリアは、徹夜で新たな復興計画の図面を引き、泣きじゃくる若い職人たちの肩を叩きながら、的確な指示を飛ばし続けた。


「泣くのは、全部終わってからだ。いいかい、あたしたちはつくる側なんだ。壊されたんなら、前よりいいものをつくり直しゃいい。ただそれだけさ」


 その言葉に、職人たちの目に、再び闘志の火が灯った。

 だが、被害はあまりに大きく、人手は絶望的に足りていなかった。このままでは、完全に復興するまでに、何か月かかるかわからない。誰もが、そう思い始めていた、その時だった。


 復興作業開始から二日目の朝。

 ルディアの西から、地響きのような、おびただしい数の足音が近づいてきた。見張りの兵士が、緊張した面持ちで警報を鳴らす。

 まさか、帝国の第二波か──!?

 街全体に再び緊張が走った、その瞬間。

 森の向こうから現れたのは、黒い翼ではなかった。

 掲げられていたのは、見慣れた「三つの爪痕」の旗。

 先頭に立つのは、トウラの猛将ゴウラン。そして、その後ろには、槌を担いだ者、薬草を背負った者、材木を引く者……数百を超える、トウラの獣人たちが、力強い足取りでこちらへ向かってきていた。

 呆然とする俺たちの前に立ったゴウランは、その巨大な身体を折り曲げ、深く頭を下げた。


「カイ殿、報せは受けた。友の悲劇に、黙って森で見ていることなどできぬ! 我がトウラの民、総出で助太刀に参上した! 我らの手も、牙も、この街の復興のために存分に使ってほしい!」


 その言葉に、俺は、言葉を失った。

 彼らは、頼んでもいないのに、ただ友の危機を聞きつけ、一族を挙げて駆けつけてくれたのだ。

 ゴウランの後ろでは、獣人の子供たちが、ルディアの子供たちに駆け寄り、「大丈夫か?」と、不器用ながらも木の実を差し出している。獣人の女たちは、炊き出しの現場に加わり、自分たちの保存食を惜しげもなく鍋に入れていく。


「へっ、人間だけに良い格好はさせられねえからな!」

 

 そう言って笑う獣人の若者の顔は、ルディアの若者たちの顔と、何ら変わりはなかった。

 その光景を見て、俺の目から、熱いものが込み上げてきた。

 ああ、そうだ。俺たちが築いてきた絆は、こんなにも強く、温かい。


 奇跡のような光景だった。

 人間も、獣人も、騎士も、商人も、ドワーフも。

 種族も、国も超えて、皆が一つの目的のために、汗を流し、肩を叩き合い、笑い合った。

 瓦礫は驚くべき速さで撤去され、新たな建物の骨組みが、まるで雨後の筍のように次々と組み上がっていく。

 そして──一週間後。

 ルディアの街は、完全に、その輝きを取り戻していた。

 いや、区画の再整理によって、以前よりももっと強く、もっと美しい街へと生まれ変わっていた。

 破壊された学び舎の跡地には、トモを追悼するための、美しい花壇と、光り輝く若木が植えられている。



 その日の朝、俺は、復興を遂げた街を見下ろす丘の上に、仲間たちと、そして民の代表たちを集めた。


「──見ての通りだ! 俺たちの街は、死ななかった! 帝国の卑劣な奇襲も、ここに集った、全ての仲間の絆の前には、何の傷にもならなかった!」


 俺は、天に拳を突き上げた。


「奴らに思い知らせてやろう! 俺たちは、叩かれれば叩かれるほど、強くなる! 悲しみを乗り越え、俺たちはもっと高く飛ぶ!――よって、三日後! この復活を遂げたルディアで、最高の祭りを開催する!」


 その言葉を合図に、集まった全ての人々から、地鳴りのような大歓声が巻き起こった。


   ◇◇◇


 三日後。

 ルディアの空は、まるで俺たちの復活を祝福するかのように、どこまでも青く澄み渡っていた。

 街は、一週間前の惨劇が嘘だったかのような、熱狂と喜びに包まれている。いや、嘘ではない。あの悲しみを乗り越えたからこそ、今日のこの笑顔は、何倍も、何十倍も、強く輝いているのだ。


 広場の中央に新設された、以前よりもさらに大きく、立派になった舞台。その上に立った俺は、眼下に広がる、信じられないような光景に、思わず目頭が熱くなるのを堪えた。

 ルディアの民、王都の騎士、トウラの獣人、シレジアの商人、ドワーフの職人……。

 肌の色も、耳の形も、話す言葉も違う、ありとあらゆる人々が、肩を寄せ合い、笑い合い、一つの巨大な家族のように、この瞬間を待っている。


「……すげえな」


 隣に立つラズが、感慨深げに呟いた。その顔には、いつもの軽薄さではなく、心からの感動が浮かんでいる。


「ああ。最高の景色だ」


 俺は、マイク代わりの拡声魔道具を、ぐっと握りしめた。

 そして、一度、深く息を吸い、俺たちの街に、そして世界中に響き渡るように、高らかに声を張り上げた。


「見ろ! 俺たちの街は、前よりもっと強く、もっと美しく生まれ変わった! それは、ここにいるお前たち一人一人が、絶望に屈せず、手を取り合い、立ち上がってくれたからだ! このルディアは、もはや誰にも壊せない不滅の魂を手に入れたんだ!


「「「うおおおおおおおっ!!」」」

 

 ザルクとゴウランが、まるで示し合わせたかのように雄叫びを上げ、それに呼応して、観衆のボルテージは最高潮に達する。


「だから、今日は、ただの建国祝いじゃない! これは、俺たち全員の『勝利』を祝う、戦勝記念祭だ! そして、この戦いで散った、勇敢なる友、トモの魂に捧げる、鎮魂の祭りでもある!」


 俺は、学び舎の跡地に立つ、光り輝く若木を指さした。


「あいつが見たかった未来を、俺たちは、今、ここに創り上げた! だから、今日だけは、全部忘れろ! 難しい話も、帝国のことも、全部だ! 歌え! 踊れ! 食って飲んで、腹の底から笑い合おうぜ!」


 俺は、満面の笑みで、最後の言葉を叫んだ。


「──第一回、ルディア建国記念祭! 最高の祭りを、始めようじゃないか!!」

 

 その瞬間、ファンファーレのように高らかな角笛の音が鳴り響き、空には色とりどりの魔法の花火が打ち上げられた。

 広場は、歓喜の渦に包まれる。

 フィオナも、バルハも、リオンも、アイゼンも、誰もが役職や立場を忘れ、ただ一人の人間として、満面の笑みを浮かべていた。

 絶望の灰の中から、俺たちの不死鳥は、力強く飛び立った。

 その祝祭の光はきっと、天にいる友にも、そして、闇に潜む敵にも、はっきりと届いているはずだ。


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