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4 異界の青年、村の柱となる

 翌朝、村の空気はざわついていた。

 広場の片隅で、数人の村人たちが井戸を囲み、不安そうに水面を覗いている。俺も気になって、足を向けた。


「やっぱり出が悪いな……」

「最近、畑もろくに水が回らんし……こりゃあ、また水源が詰まったか」


 空気は重い。

 話を聞けば、この村は以前から水不足に悩まされており、昔は川から水を引いていたが、それも土砂によって断たれてしまったという。今はこの井戸だけが命綱らしい。


「手伝わせてもらえませんか?」

 

 俺が口を挟むと、一気に視線が集中した。

 ミナも驚いた顔をしている。

 

「え、でも……あの井戸、前にも専門の人に見てもらったけど、どうにもならなくて……」

「試してみるだけ。大層なことはしないよ」


 ずっと気になっていた。神話級のスキル、「創造の手」がどんなものなのか。

 俺は井戸の縁に手を当て、静かにスキルを起動した。


 ──「創造の手」発動。

 掌から微かな光が広がり、地面の奥へと潜っていく感覚があった。

 まるで大地そのものに「触れて」いるような、あるいは話しかけているような……そんな奇妙な感覚。

 俺は、ゆっくりと問いかける。

 

「この地に流れる水よ、どこに眠っている?」

 

 ……数秒後、ビジョンが脳裏に浮かんだ。

 地下に埋まった岩層の下、今も細く流れ続けている伏流水。そして、詰まりかけた導水路。水脈そのものはまだ生きている。


「いける……」


 俺は手を掲げ、スキルを強める。

 掌の下、大地の奥がわずかに震えた。埋もれた小石が砕け、腐葉土が流れ、長年詰まっていた通路が、少しずつ──ほんの少しずつつながっていく。

 そして、井戸の底から、ぼこっという音。

 一同が息を呑んだ。

 次の瞬間、澄んだ水が、ごぼごぼと噴き上がってきた。


「おおおおお!! 出たぞ、水が……!」

「信じられん、こんなに……!」


 歓声が広がる。水桶を沈めた村人が叫んだ。


「冷たい……! 前よりずっと綺麗な水だ!」

 

 俺はそっと手を下ろし、深呼吸をした。

 創造の手。ただ何かを生み出す力じゃない。自然の流れを「あるべき姿」に戻す力。

 俺の望むスローライフとは、つまり、こういう小さな奇跡を、当たり前のように起こせる日常なのだ。

 戦闘に特化していなくていい。世界を支配できるような力じゃなくて、良いんだ。

 

「……あの兄ちゃん、なんかすごくねえか」

「ただの移住者じゃねぇぞ、ありゃあ……」


 その中で、サラが口を隠して笑っていた。


「やっぱり、ちょっと変わってる」


 その朝、村の朝食はパンと薄いスープだった。豪華とは言えないが、これでいい。村の台所を借りて、手伝いがてら準備に入った俺は、炊事場の裏手にある畑の惨状に思わず言葉を失った。

 雑草、ひび割れた土。水が行き届かず、しなびた野菜の葉。

 ──どうりで、これじゃ食糧事情もよくないわけだ。


「カイ、何かできるの?」

 

 ミナが不安そうに覗き込む。俺はにこりと笑って返した。


「ちょっとだけ、試してみるよ」


 俺は畑の上に手を置いた。

 創造の手:自然律──発動。

 意識を集中すると、掌から淡い緑色の光が滲み出た。土が静かにうねり、水分を取り戻していくのがわかる。栄養バランスを整え、硬くなった地面をふかふかに耕す。種の発芽に必要な条件を満たすよう操作し、太陽光の角度さえも調整するような微細なコントロール。

 人間の手では到底成しえない自然との調和だ。


「う、わ……」

 

 ミナの驚きの声が漏れた。

 ほんの数分後。枯れかけていた葉は瑞々しくなり、土は柔らかく、畝は整い、湧水のように透明な小さな水流が畑の脇を走っていた。

 作業の様子を見にきた年配の農民たちが、次々と立ち止まる。

 誰もが目を見開き、ぽかんと口を開けていた。


「カ、カイくん……いったい何者じゃ……」

「この畑……昨日まで死んどったんぞ……!」

「すごい! ミナ、見たか今の!」

 

 村の空気が変わっていくのを肌で感じた。

 驚きと興奮。警戒が解け、尊敬に変わり始める瞬間。

 俺は視線を上げ、集まった村人たちに向けて言った。


「この村、もっと良くなると思うんです。みんながちゃんと食べられて、ちゃんと笑える場所に」


 最初に笑ったのは、ミナだった。照れくさそうに、でもどこか嬉しそうに。

 その騒ぎは瞬く間に村長まで伝わり、俺が井戸端でミアと雑談しているところにやってきた。


「カイ、お主が井戸と畑を復活させたというのは本当か?」

「本当ですよ村長さん!」


 俺より先にミナが興奮気味に答えた。

 村長は驚いた様子で、俺のことを見つめていた。


「ただの心優しい青年かと思っていたが……これは、報告しておこう」

 

 報告、怖い言葉だ。前世のトラウマが蘇る。


「報告、ですか……?」

「カイ、大丈夫だよ。報告っていうのは嬉しいことだから」


 ミアが無邪気な笑顔で俺を見た。


「今度、領主から呼ばれるかもしれないが、あまり緊張しなくていい。話の分かる方だ」

「わかりました……」


 やっぱり嫌な予感するんだけど!?


  ◇◇◇   

 

 俺はいつ呼び出しがかかるかビクビクしながら数日を過ごした。

 そして、案の定。


「カイ、領主からお呼び出しだよー」


 畑を見守っていた俺のもとに、ミリアが走ってきて言った。

 転生初日以降会っていなかったので、俺は少し驚いた。


「ミリア、なんか久しぶりだな」

「そうだね。いろいろと話は聞いてるよ! やっぱり『創造の手』は凄まじいスキルみたいだね」

「こんなことになるとは思ってなかったけど……」

「まあ、とりあえずついてきて。領主の屋敷に行くからね」


 軽い足取りで歩いていくミリアの後ろを、重い足取りで追っていく。

 どんな話をされるんだ?検討もつかない。追放とかじゃないといいけど……。

 

 木造の立派な屋敷の一室、そこは村人の要人たちが集まる場所らしく、質素ながらも整えられた空間だった。

 俺はその中心に置かれた丸いテーブルの前に通され、向かいには一人の男が静かに腰を下ろしていた。


「──ようこそ、カイくん。私はこのルディア村を預かる領主、グレイ=バルテールだ」


 低く落ち着いた声。背は高く、肩幅も広い。騎士上がりと聞いたが、発達した腕の筋肉や傷の入った頬はそのまま彫刻にしてもよさそうな貫禄を出していた。


「村の皆から、君のことを聞いたよ。井戸の復活、畑の変化……まるで『神の恵み』そのものだったそうだな」

「……そこまでのことはしてない、と思うんですが」


 俺が頬をかきながら答えると、グレイは静かに笑った。

 そして、おもむろに問いかけてくる。


「正直に答えてくれて構わない。君は、外の世界──いや、『異界』から来たのだろう?」


 ドキリとしたが、驚きは薄かった。

 初日にミリアから聞いたことだ。この世界には、時々「転移者」と呼ばれる異世界からの来訪者がやってくると。


「……はい。そういうことになります」


 俺が素直に認めると、グレイは目を細め、しばし考え込むような沈黙を挟んだ。


「では、そのスキルは転移者が故のものか。私自身、過去に何人か会ったことがある。だが、君のように穏やかなのは初めてだ。おそらく、本当にこの村で生きていこうとしているのだな?」

「はい。争いごとは、できるだけ避けたいと思っています。静かに、穏やかに……でも、やれることはやりたいんです」

「……ならば、正式に任せたい」

 

 グレイの声が、少しだけ強くなった。


「この村の農地は荒れたままだ。私たちは兵も資金もなく、王都からの支援もゼロに等しい。だが、君がいれば、少しずつでも『生き返る』。そう思わせてくれた」


 彼はまっすぐこちらを見て言う。


「畑の監修、作物の選定、水脈の管理……君の力を、村の未来に貸してほしい。報酬も支払うつもりだ」


 信用されている。

 その責任の重さと領主の暖かさを同時に感じながら、俺は静かに頷いた。


「わかりました。村に住む以上、このスキルは村のために使います」

「いい返事だ。すぐに農担当の者を集めて、小会議を開こう。必要な道具や手配も、遠慮なく言ってくれ」


 話が終わると、グレイはゆっくりと席を立ち、手を差し出した。

 その手を握ったとき、俺は「この世界の一員」になれたのだと確信した。


「最後に、カイくんの願いを聞いてもいいか?」

「願い、ですか……穏やかに暮らせたら、満足です」

「……そうか」


 グレイの顔が曇る。


「……その願いを叶えるのは、険しい道のりになるだろう」

「どうしてですか?」

「──最近は特に物騒な世界だ。いずれ君も実感する」


 意味深な言葉を残して、グレイは僕に帰るよう促した。

 穏やかに暮らすのが、難しい……?

 俺はその言葉の真意を探りながら、その一日を終えた。

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