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47 賽は投げられた

「……受け入れよう、アルブレヒト辺境伯を」


 その一言に、会議室の喧騒が、まるで時が止まったかのようにピタリと静まった。

 全員の視線が、俺に突き刺さる。驚き、困惑、そして非難の色すら混じっていた。


「カイ、本気か!?」


 ザルクが、椅子を鳴らして立ち上がった。


「罠かもしれねえってわかってて、わざわざ毒蛇を懐に入れるってのか! あんた、前の戦いの痛みをもう忘れたのかよ!」

「忘れるわけがない」


 俺は、ザルクの激情をまっすぐに受け止めた。


「あの村で、俺たちの目の前で消えた命の重さは、一生俺の肩にのしかかり続ける。だからこそ、だ」


 俺は、ゆっくりと立ち上がり、テーブルに並んだ仲間たちの顔を見渡した。


「考えてみてくれ。帝国は今、何故今、こんな手を打ってきた? 小細工や力押しが、俺たちにはもう通用しないと悟ったからだ。奴らは、俺たちに『判断させる』という、一番厄介な攻撃を仕掛けてきたんだ」


 俺は、テーブルの中央を指差した。


「今、この会議室で起きていることこそが、帝国の本当の狙いだ。俺たちが互いに疑い、意見を違え、内側から分裂すること。拒絶すれば『非情な国』と誇られ、受け入れれば『愚かな国』と笑われる。どちらを選んでも、奴らの掌の上だ」

「……では、どうしろと?」


 フィオナが、苦渋に満ちた声で問う。


「どちらでもない。第三の道を行く」

 

 俺は笑ってみせた。


「奴らの土俵で相撲を取る必要はない。俺たちの土俵に、引きずり込むんだ。──辺境伯を受け入れよう。ただし、それは『亡命者』としてじゃない。『客人』としてだ」

「客人……?」


 アイゼンがその目に、純粋な好奇の色を浮かべた。


「ああ。俺は、王都とトウラに使者を送る。そして、このルディアで『帝国との和平交渉に向けた、三国合同の準備会議』を開催すると宣言する。その会議に、帝国の現状を知る『専門家』として、アルブレヒト辺境伯を丁重に招聘するんだ」

 

 俺の言葉に、会議室は再び静まり返った。だが、今度の沈黙は、先ほどとは質が違う。呆気にとられ、そして俺の意図を理解しようと思考を巡らせる、そんな静寂だった。


「なるほどな」


 ラズが面白そうに口の端を吊り上げた。


「亡命者として匿うんじゃない。和平交渉のためのキーパーソンとして、国際社会の注目が集まる公の場に引っ張り出すってわけか」

「その通りだ。そうなれば、帝国は彼に手が出せない。もし彼が偽の情報を流そうとしても、王都とトウラの目がある前では、容易にはいかないだろう。そして何より、彼が本物の亡命者ならば、これ以上ない安全な立場を提供できることになる」


 俺たちは、彼を試すんじゃない。彼を利用し、帝国の思惑を逆手に取って、こちらが主導権を握る。


「……だが、もし彼が本当に帝国の刺客で、会議の場で我らを陥れようとしたら?」


 ネリアの現実的な懸念に、俺は頷いた。


「その時はその時だ。三国合同の場で、帝国の卑劣さを全世界に晒してやればいい。どちらに転んでも、俺たちに損はないはずだ。むしろ、帝国の動きを完全に封じ込めることができる」


  俺の策を聞き終えたザルクは、ゆっくりと椅子に座り直すと、深い溜め息をついた。


「……へっ。敵の罠を、さらにでかい罠で迎え撃つってか。あんた、いつの間にそんなタヌキみてえな性格になったんだ」

「スローライフのためなら、タヌキにもキツネにもなるさ」


 その言葉に、会議室の張り詰めていた空気が、ふっと和らいだ。

 アイゼンは、眼鏡の奥で静かに目を細めていた。


「……面白い。実に面白い。カイ=アークフェルド殿。貴殿のその発想は、王都の凝り固まった政治家たちには到底思いつくまい。国王陛下も、きっとこの策を歓迎されるはずだ」


 彼は立ち上がると、俺に向かって軽く一礼した。


「よかろう。王の代理として、その決定を支持する。王都とトウラへの連絡は、私の方で手配しよう。……賽は投げられた、というわけだ」


   ◇◇◇


 アルブレヒト辺境伯を客人として招聘するという、俺の打った一世一代のブラフは、大陸中に新たな波紋を広げていた。

 帝国は沈黙を貫いた。正体を断れば「和平の道を閉ざした」と非難され、かといって会議に出席すれば、自分たちの策謀を認めることになりかねない。完全に手詰まりに陥っているのだろう。

 その間、俺たちは来るべき会議に向けて、そしてその先の未来に向けて、国づくりの歩みを止めることはなかった。


「――以上を以て、『ルディア連邦基本法』第一章を制定する。第一条、この連邦に住まう全ての民は、種族、出身、身分に関わらず、法の下に平等である」


 本庁の大ホールで、俺は高らかに宣言した。

 ミレイが中心となり、数日徹夜して作り上げた法案だ。そこには、財産権の保護、職業選択の自由、不当な差別の禁止など、この国の理念を形にするための、具体的な条文がびっしりと記されていた。

 完成した法典を前に、元王都の文官であるミレイは、感極まったように涙ぐんでいた。


「……王都では、何十年議論しても実現できなかったことが、ここでは数日で……」

「俺たちの国は、過去のしがらみなんかに縛られないからな」


 なんせ、領主が異世界からやってきたんだからな。過去なんて、どうでもいい。

 法整備と並行して、技術開発も飛躍的に進んでいた。

 ドワーフの職人たちとラズ、デリンが知恵を絞り、ついに「対魔力合金」の試作品が完成。それを使い、ネリアの設計チームは、街の主要施設を覆う可動式の防護壁の建設に着手していた。

 まさに、国全体が巨大な生命体のように、力強く脈動している。その実感に、俺は満たされていた。


 そんなある日の午後。

 ルディアの門に、これまでのどんな使節団とも違う、潮の香りを纏った一団が姿を現した。

 掲げられた旗には、波と三叉の槍をあしらった紋章。それは、大陸最強の海軍を擁する海洋都市国家連合「シレジア」の旗だった。


「これはまた、大物が来たもんだな……」


 報告を受けた会議室で、ラズがやれやれと肩をすくめた。

 ミレイが冷静に補足する。

 

「シレジア……実利を何よりも重んじる商人と海賊の国。彼らがこの時期に接触してきたということは、我々にそれだけの『投資価値』を見出した、ということでしょう」

「面白い。会ってみようじゃないか」


 俺が応援室で待っていると、一人の青年が、爽やかな笑顔とともに現れた。

 日焼けした肌、軽やかな足取り。腰のレイピアが、彼の只者ではない経歴を物語っている。


「はじめまして。私が、シレジア大航海評議会より参りました。リオン=ディーゼルと申します。お会いできて光栄です。稀代の建国者、カイ=アークフェルド殿」


 その口調はどこまでも丁寧だったが、彼の目は、俺という商品を値踏みするかのように、鋭く、そして冷静だった。


「ようこそ、ルディアへ。リオン殿。それで、本日はどのようなご用件で?」


 俺が単刀直入に切り出すと、リオンは少しも臆することなく、笑顔で返した。


「素晴らしい。単刀直入な交渉は、我々シレジアの最も好むところです。では、こちらも率直に申し上げましょう」


 彼は、一度息を吸い、その笑顔のまま、とんでもないことを言い放った。


「我々シレジアは、貴国ルディア=アークフェルド連邦と、独占交易協定を結びたいと考えております」

「……独占?」

「はい。貴国が産出する高品質な食料、独自の鉱物、そしてこれから生まれるであろう新たな技術……そのすべてを、我々シレジアが独占的に買い取り、我が国の交易網を通じて世界中に流通させる。その見返りとして、我らは貴国に莫大な資金援助と、大陸最強の『シレジア海軍』による海上での安全保障をお約束します。──帝国海軍の脅威からも、です」


「つまり、俺たちの生殺与奪の権利を、あんたたちに委ねろ、と?」

「おや、人聞きの悪い。これは、あくまで対等なビジネスパートナーとしてのご提案ですよ」


 リオンは、笑顔を崩さない。

 こいつ、タチが悪い。笑顔の裏で、こちらの反応を冷静に分析している。

 

「カイ殿。貴殿が築き上げたこの国は、確かに素晴らしい。ですが、まだ赤子同然。帝国の脅威に対抗するには、あまりに非力だ。我々と手を組むことこそが、最も賢明で、最も『合理的』な選択だと、私は確信しておりますが……いかがでしょう?」


 彼は、まるで俺に逃げ場はないとでも言うように、ゆったりと椅子に背を預けた。

 帝国の次なる一手、王都から来た切れ者、そして今度は、海から来た狡猾な商人。

 俺の周りには、どうしてこうも一筋縄ではいかない連中ばかりが集まってくるのか。

 俺は深く息を吐き、笑った。


「面白い提案だ、リオン殿。だが、あんたは一つ、大きな勘違いをしている」

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