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44 灰の中から見つめる先

 鉄屑と化した古代兵器の残骸を前に、俺たちはしばし呆然と立ち尽くしていた。

 最初に沈黙を破ったのは、ザルクだった。


「おいおい、カイ。あんな芸当ができるなら早く言ってくれよ……。岩の拳で殴り潰すなんざ、聞いたこともねえよ」


 その言葉に、他の仲間たちも我に返ったように俺を見た。その目には、驚きと、畏怖と、そしてほんの少しの呆れが混じっている。


「カイ、あれは一体……?」

 

 フィオナが、信じられないといった表情で問いかける。


「さあ、俺にもよくわからない。ただ、『あいつを殴ってくれ』って願ったら、やってくれたんだ」


 俺は力なく笑った。魔力を使い果たした身体は鉛のように重い。

 シェルカが、感心したように手を叩いた。


「へえ、大地に喧嘩を頼む領主様、か。あんた、やっぱり普通の人間じゃないね」

「……多分俺、直接手を下す役割は向いてないらしい」


 俺は立ち上る黒煙を見つめながら、ぽつりと呟いた。

 怒りに任せて振るった剣は、奴に傷一つつけられなかった。だが、仲間を信じ、大地の力を束ねた時、あの巨悪は砕け散った。


「俺の役目は、引き金を引くことじゃない。罪を裁き、罰を与えるための『舞台』を創ることだ。俺の攻撃は、俺個人のものじゃない。この地を踏みにじられた者たちの怒りであり、自然界そのものが下す──天罰みたいなものなんだろう」


 その言葉に、仲間たちは何も言わなかった。

 俺を見るみんなの眼差しが、以前とは少しだけ変わったことに、俺は気づいていた。

 それは、単なるリーダーへの信頼ではない。人知を超えた何かを目の当たりにした者が抱く、ある種の敬意だった。


「そりゃあすげぇけど……そんな、神に等しい力を一人の人間が持つってのは、やっぱり帝国からしたら面白くないだろうな」


 ザルクが珍しく冷静な口調で言った。

 

「まぁ、そうだよな……」


 俺は仲間たちに背を向け、煙の立ち上る村へと、重い足取りで歩き出した。

 勝利の代償は、あまりにも大きかった。


   ◇◇◇


 開拓村の夜は深く、そして重かった。

 俺たちは、かろうじて焼け残った村の集会所を借り、一つの焚き火を囲んでいた。揺らめく炎が、俺たちの疲労と葛藤に満ちた顔を、生々しく照らし出す。外からは、時折、風に乗ってすすり泣く声が聞こえてきて、そのたびに胸が締め付けられた。

 会議、というにはあまりに沈痛な空気だった。

 最初に口を開いたのは、負傷者の手当を終えて戻ってきたフィオナだった。その白銀の鎧には、煤と、乾いた血が付着している。


「……報告する。村の生存者は二十七名。死者は十二名。そのうち、五名は子どもだ」


 その言葉の一つ一つが、鉛の塊となって俺たちの心に沈んでいく。

 誰もが唇を噛み、視線を床に落とした。ザルクですら、その拳を握りしめたまま、何も言わない。


「負傷者は、重症者が三名。リゼットがいれば助けられたかもしれないが、我々の応急手当では予断を許さん。すぐにでもルディアへ搬送する必要がある」

「わかった。手配は俺がする」


 俺の声は、自分でも驚くほど乾いていた。

 そうだ、これが現実だ。俺たちが勝利と呼んだものの下には、十二の消えた命と、癒えぬ傷を負った者たちがいる。


「次に、敵についてだ」


 と、シェルカが続けた。普段は軽い雰囲気の彼女の顔にも、今は重たい疲労の色が浮かんでいる。


「あの鎧のゴーレム……残骸を調べたが、使われている金属も、動力源の魔石も、我々の知る技術体系とはまったく違う。帝国の連中は、とんでもないもの蘇らせたようだ」


 薄々感づいてはいたが、おそらくバルディア帝国は王都グランマリアを凌駕する国力を持っている。

 

「問題は、あれが一体だけとは思えねえことだ」


 ザルクが絞り出すように言った。


「この小さな開拓村に、最高峰の戦力を送り込むはずがねぇ。今回みてえなのが、また別の場所で、同じように現れたらどうする? 俺たちは、そのたびに駆けつけられるのか? それどころか、同時に複数の箇所で現れたら、それこそ一巻の終わりじゃないか?」


 その問いに、誰も答えられなかった。

 そうだ。それが、俺たちが今、直面している壁だった。

 俺は、ゆっくりと口を開いた。


「……俺の力も、万能じゃない。今回の一撃で、俺の魔力はほとんど空になった。回復には、数日かかるだろう。連発は不可能だ」


 俺は自分の掌を見つめた。大地を動かし、天罰を下したはずのこの手は、今はただ無力に震えているだけだ。


「あの岩の拳は、確かに強力だった。だが、あれは土地の力を借りなければ使えない。それに、これほどの魔力を消耗するとなると、防衛ならまだしも、こちらから攻め込むための切り札にはなり得ない。俺は、あまりにも燃費が悪すぎる」


 そう。これが今の俺の限界。

 一つの脅威を退けることはできても、次々と現れるであろう帝国の悪意すべてに対処することはできない。このままでは、ジリ貧だ。守るべきものが増えれば増えるほど、俺という一点に依存するこの体制は、脆く崩れ去るだろう。


「……あんた一人に頼り切った戦い方じゃ、もう限界だってことだな」


 ザルクが焚き火の薪をいじりながら、的確に本質を突いた。


「帝国は、それをわかってやっている。我々を疲弊させ、消耗させ、やがては内側から崩壊させる。奴らは、時間をかけて我々を煮込んでいくつもりだ」


 フィオナの言葉が、冷たい事実として突き刺さる。

 どうすればいい?

 もっと強い力が必要なのか? もっと多くの兵士か?

 いや、違う。何か、根本的な解決策が……。

 俺が思考の迷路にはまり込んでいた、その時だった。


「カイ様」


 静かな声。レイナだ。


「あなたの力の根源について、お話しする時が来たようです」


 俺は、仲間たちに気づかれないよう、意識だけを彼女の声に向けた。


「力の根源?」

「はい。あなたは、仲間と大地を『束ねる』ことで勝利した。ですが、それはまだ、あなたの力の入り口に過ぎません」


 レイナの声は、どこまでもまっすぐだった。


「あなたのスキル、創造の手。その源流は、この世界を形作り、そして遥か昔に姿を消した、三柱の女神の一人──大地の女神アレアにあります。あなたの力は、彼女がこの世界に遺した、力の残滓なのです」

「大地の女神アレア……」


 ネリアから聞いた名だ。だが、今はその響きが、まったく違う意味を持って俺の胸に届く。

 神に等しい力……それが、比喩でなく、紛れもない事実だというのか?


「そして、帝国が蘇らせた古代兵器もまた、本来は女神の力を模倣しようとした、禁忌の魔物。だからこそ、あなたの『本物』の力の前には、脆くも崩れ去ったのです」

「でも、俺の力は不完全だ。すぐに枯渇する」

「ええ。なぜなら、源流との繋がりが、あまりに細いから。今のあなたは、巨大な水源から、細いストローで水を吸い上げているようなもの。だから、すぐに息が切れてしまうのです」


 その例えは、ひどく腑に落ちた。


「どうすればいい?」

「源流に、近づくのです」

「えっと……どうすればいい?」

「聖地へ赴くのです」

「それ……どうすればいい?」


 俺の知識にない言葉の連発だ。


「この大陸のどこかに、女神アレアが最後のその力を振るい、眠りについたとされる『聖地』があります。そこは、彼女の気配が今も色濃く残る場所。もし、あなたがその地へ赴き、彼女の遺した意志に触れることができれば……あなたの力は、新たな段階へと覚醒するやもしれません」

「……聖地」

「ですが、それは容易な道ではないでしょう。古の記録は殆ど失われ、女神である私でさえも知りえません。場所も定かではない。そして、帝国もまた、女神の力を手中に収めたいと考えるはず。彼らが聖地の存在に気づけば、必ずや妨害してくるでしょう」


 危険な賭けだ。だが、このままジリジリと追い詰められていくよりはマシだ。

 俺は、焚き火の向こうで沈黙している仲間たちを見渡した。

 俺が、もっと強くならなければ。俺というボトルネックを解消しなければ、この大切な仲間たちを、俺が築いた街を、守り抜くことはできない。


「……みんな、聞いてくれ」


 俺は、意を決して顔を上げた。

 俺の覚悟を察したのか、焚き火の向こうで沈黙していた仲間たちの視線が、再び俺に集まる。その一つ一つの視線が、今の俺にはひどく重かった。


「俺は、旅に出ようと思う」

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