40 反撃の大宴会
トウラの議事堂は、一夜にして大宴会場へと姿を変えた。
中央には巨大な焚き火が燃え盛り、その周りには屈強な獣人たちが樽ごと酒を抱えてひしめき合っている。壁際には、見たこともない獣の丸焼きが豪快に並び、香ばしい脂の匂いが俺の理性を激しく揺さぶっていた。
「さあ飲め、カイ殿! これが我らトウラが誇る『熊殺し』だ! 一杯で熊が倒れることからその名がついた!」
「それ、人間が飲んだら絶対死ぬだろ」
バルハに巨大な角杯でなみなみと注がれた酒を、俺は死を覚悟して煽った。喉が焼けるような熱さだったが、不思議と後味はフルーティーで……うん、美味い!
「へっ、やるじゃねぇかカイの旦那! こっちは『狼泣かせ』だ! 狼も泣いて逃げ出すほど強い酒だぜ!」
「ネーミングが物騒なんだよ!」
ザルクとゴウランが、なぜか意気投合して肩を組み、互いの酒の強さを競い合っている。その横で、ラズはシェルカに口説かれてタジタジになっていた。
「ねえ、あんたみたいな面白い男、トウラじゃ見かけないよ。どう? このままうちの集落に婿入りしない?」
「いやいや、ご勘弁を! 俺は弱いんで、あんたみたいな肉食系女子ははちょっと……あ、待って、その爪はしまって!」
一方、フィオナはというと、獣人の老婆たちに囲まれ、なぜか孫のように可愛がられていた。
「まあ、なんて綺麗な金髪だこと。うちの孫に嫁に来ないかね?」
「え、あ、いえ、私は騎士でありますので……その、カイの護衛が……」
「おやまあ、カイ殿のか。なるほどなるほど、そういうことなら話は別だねえ」
ニヤニヤと笑う老婆たちに、フィオナの顔がみるみる赤くなっていく。がんばれ、騎士団長。
宴もたけなわ、肉を食らい、酒を飲み干し、皆の顔が心地よく赤らみ始めた頃、俺はバルハの隣で真面目な話を切り出した。
「で、バルハ。今後のことなんだが」
「うむ。まずは帝国に殴り込みだ。我がトウラの精鋭部隊と、お主のところの脳筋……ザルク殿を先鋒に、帝都まで一気に駆け上がる」
「待て待て待て、戦争は最終手段だ!」
俺は慌ててバルハを止めた。このままじゃ、明日の朝には帝国遠征軍が結成されかねない。
「いいか、今の俺たちに必要なのは武力じゃない。もっと狡猾で、もっと陰湿で、もっとこう……貴族っぽいやり方だ」
「ほう? 貴族っぽいやり方とは?」
俺は人差し指を立て、したり顔で言った。
「情報戦、だ」
その言葉に、周りで酔いつぶれていたシェルカやラズの耳がピクリと動いた。
「まず、この『偽の密約書』を最大限に利用する。王都にいる俺の協力者を通じて、この一件を王都の新聞社にリークさせるんだ」
「リーク?」
「情報を流すってことだ。記事の内容はこうだ。『バルディア帝国、ルディアとトウラの強固な同盟に嫉妬し、卑劣な偽造文書で離反を画策! しかし、両者の絆は揺るがず、ルディア領主カイ=アークフェルドの冷静沈着な対応により、帝国の稚拙な罠は白日の下に晒された!』ってな!」
俺が芝居がかった口調で言うと、ラズが「性格悪ぃな!」と大爆笑した。
「最高じゃねぇか! 帝国は面目丸潰れ、こっちは『冷静沈着な名君』ってわけだ! 他の国からの評価も上がるに違いねぇ!」
「そうだろ? 物理的に殴るより、評判で押しつぶす方がずっとダメージはでかい。それに、俺たちの『絆の強さ』を世界にアピールする絶好の機会だ」
フィオナも、頬の赤みを隠しながら感心したように頷いた。
「……なるほど。直接的な報復ではなく、外交的な勝利を狙うか。カイ、貴殿はいつの間にそんな策士になったのだ」
「まあ、前世で腐った上司のパワハラをのらりくらりとかわし続けた経験が活きたな」
結局、労働環境に殺されたんだけどな。
バルハは、しばらく腕を組んで唸っていたが、やがて腹の底から豪快に笑い出した。
「ククク……ハッハッハ! 面白い、実に面白いぞ、カイ殿! 牙で噛み砕くことしか知らぬ我らにとって、そのやり方はまさに目から鱗だ! よかろう、その策、乗った!!」
ああ、完全に酔ってるな。いつも落ち着いているバルハがこのザマだ。
こうして、俺たちの反撃方針は、「帝国を国際的に孤立させ、こっちの株を上げる情報操作」という、なんともスローライフらしからぬ陰湿な方向に決定した。
「じゃあ、祝杯のやり直しだ! 帝国の間抜けな顔を想像しながら飲む酒は、きっと格別だろうぜ! 本心を言えば帝国の奴らの顔面に酒をぶっかけたいところだが、酒は飲んでこそ価値があるものだ! 獣人も人間も騎士も関係なく、今日は無礼講だ! 乾杯!!」
ザルクが叫び、再び宴会はヒートアップ。
その夜、俺は獣人たちに担がれて謎の祝いの舞を踊らされ、フィオナは老婆たちに無理やり民族衣装を着せられ、ラズはシェルカから逃げ切れずに腕相撲であっさり負けていた。
「危険なトラブルの連続の中で……ここまで痛快で鮮やかな切り抜け方をするとは……やはり、あなたは特別なお方です」
脳内に響くレイナの呆れたような、でもどこか楽しげな声を聞きながら、俺は意識を失うように眠りについた。
最悪の危機は、最高の宴によって幕を閉じた。