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34 騎士団派遣

 王との会談から三日。王都での滞在は、慌ただしくも着実に進んでいた。

 俺はミレイとともに朝から王宮の応接間を転々とし、次々と運び込まれる書類と格闘していた。防衛協定の草案、派遣騎士団の権限範囲、補給路の確保、移動ルートの安全確認。どれも軽くはない内容だ。


「この第七条、『緊急時の武力行使』については、文言を修正したほうがよろしいかと。現状では王都に過度の自由裁量があるように読めます」

「あ、はい……修正案を書くよ。ついでに第五条の補足文も入れよう」

「ええ。もう慣れてきましたか? こういうの」

「いや、慣れたくはないな」


 ミレイはふふっと微笑んだ。

 フィオナはその間、騎士団第二隊の部下たちと共に準備を進めていた。再編成と補充、連邦への長期派遣に必要な装備の選定、輸送手段の確保。彼女は軍人として経験だけでなく、部隊運営の実務にも精通しているらしく、指示は的確かつ迅速だった。

 昼、詰所の一角で顔を合わせた時、彼女は地図を手にしていた。


「この道を通るとすれば、街道の橋が古い。部隊と荷車が通れるか微妙だ。こっちの迂回路を使えば距離は伸びるが、舗装されている」

「決定は任せるよ。現場判断でいい」

「了解。責任は私が取る。……それにしても、貴殿もすっかり『首長』の顔になったな」

「……それは褒め言葉?」

「それは貴殿の捉え方次第だ」


 彼女は微笑んでいたが、眼差しには緊張感が宿っていた。帝国と向き合うための旅が始まろうとしているのだから、当然なのだが。

 夜は夜で、王都にいる旧知の者たちと短い面会を重ねた。王都議会の一部や、城下のギルド長など。皆それぞれの立場から「帝国はただの威嚇では済まない」と告げてきた。


 その予感は、肌で感じていた。

 そして四日目の朝。すべての準備が整った。騎士団の出立命令も下り、装備は整えられ、文書は王印を受けて公式の命令書として発行された。

 

「……行こう、帰ろう、ルディアに」


 背後でフィオナの甲冑が音を立て、ミレイの巻物が静かにしまわれた。

 王都の空は高く澄んで、春の気配が忍び寄っていた。


「あぁっと……想像を超える人数だな」


 ラズが少し額に汗をかいている。

 騎士団第二隊は総勢三百名。これだけで現在のルディアの人口の半分に及ぶ人数だ。

 しかし、人数以上の住宅を建設してきたルディアなら、彼らも問題なく住まわせることができるはずだ。


「じゃあ、出発しよう」


 ルディア組は合流したユランの引く馬車に乗り、騎士団はフィオナを戦闘に馬へ乗って着いてきた。

 壮観だ……この人数が俺についてきているとは。俺も少しは大物になれたかな。

 にしても、国王陛下のアルディナには頭が上がらないな……貿易をし続けて関係値ができているとはいえ、ここまで手厚い支援をしてくれるとは。まぁ、バルディア帝国が嫌いってのも理由だとは思うが……さすがの器だ。


  ◇◇◇


 まだ冬の気配が残る風に背を押されるようにして、ルディアの門の手前までやってきた。少し迂回したので五日ほどかかってしまったが、とても安全な旅だった。

 門の上では、見張り役のガランが弓を背負いながらこちらに手を振っていた。小さな影が駆け下りてくる。トモだ。走る姿は相変わらずのんきで、目が笑っているのも見えた。


「カイさん! お帰りなさい!」

「ただいま。王都からの土産話は……多すぎて困るくらいだな」


  俺の後ろでは、騎士団第二隊の馬蹄の音が揃って響き、整然とした列を保ったまま、静かにルディアの広場へと流れ込んでいく。その光景に、集まった人々のざわめきが広がった。誰もが目を見開いている。そりゃそうだ、この量の騎士たちが押し寄せてくるだなんて思ってもみなかっただろうからな。

 その最前列で、村長の老ネズミ──じゃなかった、今や市長のオルドが目を潤ませながら出迎えてくれた。


「こりゃまた大所帯になったな……カイ、こんなに大勢を……」 


 オルドが指を震わせて言うと、フィオナは敬礼した。


「騎士団の派遣は、国王陛下の正式な決定です。防衛協定に基づき、しばらく駐留することになります。……ご迷惑じゃなければ」

「め、滅相もない! ええい、リゼット! はよ炊き出しの準備をせい!」


 奥の方で、腕まくりしたリゼットが「分かってるっての!」と声を張り上げた。すでに大鍋に火が入り始めているあたり、彼女も予測していたのだろう。

 なんだか最近、元村長のオルドが若返ってきた気がする。やっぱり刺激の多い日々だと童心を取り戻すのだろうか。老ネズミという俺からのあだ名は変わらないけど。

 広場は騎士団と住民でごった返していたが、騎士たちも混乱なく所定の位置に集まり、やがてフィオナが馬から軽やかに飛び降りた。


「ふう、やっぱりここの空気はいいな。王都とは大違いだ」


 フィオナはそう言って、髪をかきあげながら呟いた。


「ここ最近は書類仕事ばかりで、剣を振るより筆を持っている時間のほうが長かった。私の剣筋が錆びていないといいのだが」

「そのうち、模擬戦でもやるか? 負けたら炊き出し当番な」

「二十騎対一でも負ける気がしないのだが」

「舐めてもらっちゃ困るね、こっちにはユランがいるから」

「……それは反則だ」


 フィオナは苦笑いした。

 

「おーいカイの旦那ー! 騎士の子たち、寝床の割り振り聞きに来てるぞー! おまけに鍛冶場の火、今朝からご機嫌ななめってさ!」


 相変わらずラズは忙しそうだ。帰ってきて早々、何でも屋の仕事を再開とは。


「おい、空き家がいっぱいあるだろ! 詳細はネリアに聞いてくれ! 俺はよく知らない!」

「わかった!」


 ラズは軽く手を振って、走り去っていった。

 ……戦いに備えて騎士団に来てもらったのに、なんだか平和だな。それが一番いいことだが、これは束の間の平和でしかない。

 浮足立ってはいられないな。


「え、私に仕事丸投げ?」


 ネリアがきょとんとした表情をしていた。


「うん。こういった区画整理はネリアの得意分野だろ?」

「まあそうだけど……」


 ネリアはラズの元へ駆けていった。彼女はなんだかんだ、急に頼まれた仕事も高いクオリティでこなしてくれる。本当に頼りになる人だ。


「とりあえず、今夜会議を開こう」


  ◇◇◇


 その夜、本庁の会議室に幹部が集まった。

 ミレイが書類を抱えたまま、メガネを直して前に出た。


「まず、村を離れている間に起きた主な出来事を整理します。順にご報告を」


 俺は頷き、静かに耳を傾けた。


「七人の『難民』だが……」


 声を発したのはオルドだった。椅子に背筋を伸ばして座っていた彼が、手元のメモ帳に対し目を細める。


「尋問という言い方は物騒だが、一応そのような形で何人かにはじっくりと話を聞いてみた。が……」

「収穫は薄かったな」


 口を挟んだのはガランだった。腕を組み、険しい顔で机を見つめている。


「皆、よく訓練されているようだ。嘘をついているというより、『それ以上のことを言わない』ように徹底されている感じだな」

「口裏を合わせている節もあった」


 デリンが付け加えた。「不審点」はいくつかある。出生地の話に食い違いがあったこと。生活圏が合わない者が、なぜか同郷だと主張していること。


「少なくとも自然発生的な難民集団じゃないってのは確かだ」

「まぁ、暗殺未遂者の出現で確定したようなものだがな。あれは帝国の差し金に違いないだろ」

 

 ラズが吐き捨てるように言った。


「今のところは監視を続ける。という判断で一致しています」


 ミレイが机の上に書類を並べ直す。


「他方で、先日起きた暗殺未遂──その犯人から、若干の証言が取れました」

「お、吐いたのか?」

「ええ。『命の保証と引き換えに』という条件で」

 

 とはいえ、得られた情報はまるで鼻クソだった。バルディアの現皇帝や政治体制を少し吐いた程度で、なんの役にも立たないように思えた。

 報告が一通り終わったところで、オルドが手を上げた。


「で、な。これが一番切実な話なのだが……」

「まさか、食料か?」

「うむ」


 薄毛の頭皮をかきながらオルドが言った。


「今日、騎士団を受け入れることになったろ。宿舎はなんとかなっているが、問題は食事だ。やはり創造を上回る人数が……」

「今のままだと備蓄を削るしかありません」


 ネリアが補足する。「収穫期までは、ちと足りないの」


「そこで、お願いがあるの」


 リゼットが手を上げた。真面目な顔で、しかしどこか申し訳無さそうに。


「カイさん。例のスキル──恵みの庭で、作物の増産をお願いできないかしら。今期は天候も不安定で、備えとしても……」


 俺はすぐに頷いた。


「ああ、わかった。明日、畑に出るよ。ただし、俺の体力が尽きる前に昼飯は用意してくれよな」


 恵みの庭は体力の消費が激しいんだよな。……効果の強さの代償だ。


「ええ、特製の栄養スープでも用意しておくわ」


 リゼットが微笑んで答えた。

 会議は一旦そこまでで区切られたが、空気は重くない。不安はある。けれど、こうして皆がそれを共有し、手を伸ばし合えるなら──まだ戦える。


そういえば、村長の名前を一度も出したことがなかったので、初公開しました。

オルドといいます。よろしくお願いします。

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