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33 再会

 翌朝、俺は早朝の報告で衝撃の事実を知った。寝起きの頭に冷水を浴びせられたような感覚だった。


「俺の……暗殺未遂、だって!?」

「はい」


 そう答えたのは、警備隊長のザルクだった。


「身分証とかは偽造品だったが、持ち物の中から、バルディア帝国式の符号が刻まれた小型の文書筒が見つかった。内容はまだ解析中だ」

「帝国から来た刺客、か」


 ずっと薄々感じていた嫌な予感は的中した。間違いなく、難民を名乗る七人が帝国の人間と連絡を取っている。本庁の位置、侵入できる場所、警備の甘い時間帯……すべて調査して伝えていたというわけだ。

 となると、あの七人を放っておくことはできない。 


「このままじゃまずいな……」


 その日の夕方、本庁の会議室に数名を集めた。

 ネリア、ラズ、村長、ザルク、そして書記のミレイ。そして最近、会議室にユラン専用のスペースを用意したので彼にも会議に参加してもらっている。

 全員がただならぬ雰囲気を察して、静まり返っていた。


「……じゃあ、単調直入に言うよ」


 一瞬、静寂が室内を包む。皆、驚きよりも、覚悟を測るような目だった。


「もう一度、王都に行く」

「目的は?」とネリアが問う。

「王都との正式な『防衛協定』の締結。俺たちが本格的に国家として扱われるための重要なステップになる。バルディア帝国が本気で動き始めた今、ただの友好関係じゃ抑止力にならない」

「……つまり、こっちも『国』としての旗を掲げるってことか」


 ラズが唇をつり上げて笑う。


「ああ。今、帝国は正面衝突を避けている。貿易面での攻撃や、スパイ工作など、チクチクと刺すような攻撃を続けているところだ。おそらく、俺らと本格的な戦争をする準備が整っていないのだろう。まだこちらの戦力も把握できていないはずだ。だから、さらに俺たちへの手出しがしづらくなるように、王都との協力が必要だ」


 ネリアが腕を組んだまま、目を細めて考え込む。


「危険だ。帝国の刺客がすでに手を伸ばしてきた以上、王都に動きがないとは思えない」

「だからこそ、必要なんだ。こっちが正面から動くことで、敵に後手を打たせる。抑え込むんじゃない、動かせないようにするんだ」


 ユランが静かに頷いた。



「我が主が前に出るのならば、我もまた、その影としてすべての刃を断ち切るのみ」

「……はぁ、相変わらず言い回しが格好良すぎるんだよな」


 俺は苦笑しながらも、視線を前に戻す。


「ただの儀礼訪問じゃない。今回は重要な政治交渉だ」

「随行はどうする?」と村長が訊ねた。

「俺、ユラン、ラズ、書記としてミレイ。それと……ネリア、頼めるか?」


 ネリアはすぐに頷いた。

 ミレイは王都の中央官庁に勤めていたが、腐敗と派閥争いに嫌気が差して辞職し、ルディアでの協力を申し出てくれた。一応、円満退職ということでミレイと王都の人々との関係は悪くない。


「当然。私の言葉で建築やインフラの面を説明したほうが、王都の人間にも説得力があるだろうし」

「じゃあ決まりだ。ザルク、俺がいない間、この街の安全を頼むよ。絶対に侵入者を許さないように。村長、難民を名乗る七人を捕獲し、地下牢獄に収監してくれ。監視や尋問はガランとデリンに一任する。そして、暗殺未遂の男の尋問はザルクの子分に依頼するように頼む」


 俺がいない間、難民の奴らを自由にさせるわけにはいかないからな。


「おう、任せてくれ! 子分にも伝えておく!」

 

 ザルクが親指を立て、村長も「了解した」と言って頷いた。


 ――そして、午後。


 ルディアの中央広場に設けられた臨時の演壇に俺は立った。街の人々がざわつく中、俺は短く、はっきりとした口調で宣言した。

「皆。俺はこれから王都に向かう。目的は──防衛協定の締結だ」


 ざわ……と空気が動く。次の瞬間には、あちこちで安堵と歓喜、そして少しの不安が交錯していた。


「この街を守るために。悪意のある敵に立ち向かうために。行ってくるよ」


 その言葉に、誰かが「カイ様、気をつけて!」と声を上げた。

 群衆が拍手と声援を送り、カイは微笑を浮かべて手を振った。


  ◇◇◇


 王都に着いたのは、四日後の昼下がりのことだった。

 久々に見る高くそびえる城壁は、どこか懐かしさと、妙な距離感を含んでいる。だが、今回は、ただの訪問者じゃない。ルディアの代表として、正式な要請を携えてやってきた。


「……久々だな」


 馬車の中から街を見下ろし、思わず呟く。かつて右も左もわからず放り込まれたこの地に、今は連邦の長として戻ってきたのだと思うと、何とも言えない感慨が胸に広がった。

 同行しているのはミレイとユラン、ラズとネリア。頼れる仲間たちだ。ユランは前回同様、門の前で一端離脱してもらった。

 迎えの兵に導かれながら、一行は王城の来賓入口へと通された。

  

 王の間へ通される前に、事務官たちとの手続きや身分確認をいくつかこなす必要があった。ミレイはそうした対応に慣れており、ほとんどのやり取りを彼女が引き受けてくれた。


「さすがは元王都の文官だな」

「当然です」


 少し皮肉交じりの口調で言いながらも、その手は止まらない。書類に印を押し、記録間に目を通させ、まるで貴族の執事のような振る舞いだ。俺は「来賓」として大人しく座っているしかなかった。領主として情けない姿だ。

 やがて扉が開かれ、衛兵が宣言する。


「ルディア代表、カイ=アークフェルド殿。陛下、お待ちです」


 王座の間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わるのがわかった。薄く敷かれた紅い絨毯の先、玉座に腰かけていたのは、威厳を湛えた中年の男――アルディナ=レーヴェル国王だ。

 会うのは半年以上ぶりか……とりあえず元気そうで安心した。 

 軽く頭を下げると、王は手を振って言った。


「顔を上げよ。……カイ、久しいな」

「はい。陛下、再びお目にかかれて光栄です」


 礼儀を尽くして答えると、王は「この数ヶ月で一気に大人びたように見える」とつぶやき、話を切り出す。


「……貴君がルディアを率いて以降の働き、幾度か報告は受けている。噂話にすぎぬかと思っていたが、今日こうして目の前に現れたことで確信した。噂以上だな」

「光栄です。ですが──今日参りましたのは、お土産話ではございません」


 俺は持参していた書簡を開き、王に差し出した。帝国の動き、交易路の妨害、偽装衝突など、ここ最近の状況をまとめたものだ。


「バルディア帝国が、いよいよこちらへの干渉を始めました。明確な宣戦布告ではありませんが、裏では既に戦いが始まっています。だからこそ……我々は、防衛協定を正式に結びたいと願っています」


 王は書簡を受け取り、それに目を通した。薄く眉を動かしながら、やがてふっと息をついた。


「……我が王国もすでに帝国の動きについていくつか掴んでいた。が、貴君がここまで具体的に掴んでいたとはな。驚嘆に値する」

「事は、静かに、しかし確実に動いています。表では商談の顔を装い、裏では内乱の種を蒔いている……そんな国と、我々は向き合わなければならないのです」

「……よかろう」


 王は書簡を閉じ、はっきりと頷いた。


「我々王都グランマリアと、バルディア帝国は長らく対立してきた。直接的な戦争はないものの、互いに邪魔だと思っていたことは確かだ」

「……はい」

「それに、吾輩は単に奴らが気に食わぬ。卑怯な手ばかりを使う連中だからな」

「…………」


 早く返答が聞きたい。


「では、ルディアとの防衛協定、これを特例措置として承認する。そして、その証として、北方方面騎士団第二隊を貴君の地へ派遣しよう。再建と警備、両面で支援を行う」

「ありがとうございます。心より、感謝申し上げます」


 ……ん?北方方面騎士団第二隊?ってもしかして……。

 

「入れ、フィオナ」


 扉が開いた。そこに立っていたのは、見覚えのある長身の女性騎士だった。きびきびとした動作で歩み寄り、兜を取る。


「……フィオナ!」


 一瞬、領主としての立場を忘れて喜んでしまった。


「……久しぶりだな、ルディアの代表さん」

「なんか他人行儀だな」


 王が咳払いをした。


「前回のルディア村派遣の背景もあり、今回はフィオナに託すのが最善だと判断した。ルディアを守るため、任務を遂行するのだ」

「はっ」


 フィオナが敬礼をした。

 どうやら、かつて共に過ごした日々を思い出す暇もないようだ。


「改めてよろしく、フィオナ」

「こちらこそ」

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