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31 難民

 石造りの街門の外、夕暮れに染まりかけた空の下。

 草の匂いと風に混じって、獣道を踏み分けてきた足音が、門番の笛とともに届いた。

 七人。

 背中に荷を背負い、疲労をにじませた表情の男女。どこか雑多な集まりのように見えるが、その足取りは妙に揃っていた。

 門の内側には俺、村長、俺が呼んだユラン、ザルク、そして警備の兵たちが並ぶ。

 

「ここまでお疲れ様でした。遠いところから……歩いて、ですか?」

 

 俺の問いに、一人の青年が軽く膝を折って会釈する。整った顔立ち、穏やかな声。だがその言葉には、少しも迷いがなかった。


「はい。帝国領を抜け、森と谷を超えて……。噂で聞いたのです。この地に受け入れてくれる街があると」


 隣にいたユランが、無言で一歩前に出た。鋭い藍の瞳が、七人を順に見渡す。

 若い少女、やや老いた薬師風の女性、寡黙そうな大男、手先が器用そうな中年、隠者のような男――それぞれ異なる背景を語る外見だが、どこか違和感がある。


「いや、誰でも彼でも受け入れてるわけじゃないけど……どこから来たんだ?」

「七人とも、バルディア帝国から逃げ出してきました」

「バルディア帝国?」


 結構前だけど、運命の女神レイナが「注意すべき」って俺に伝えてきたよな……。


「その通りです。この人らが本当の難民か、はたまた帝国が送り込んできた『刺客』なのか、慎重に見定める必要があります」


 レイナが真面目な口調なところから、かなり重要な相手であることがわかる。ここで俺がヘマをすると、もしかしたら街が滅びるかもしれない。


「名前は?」

「私はエルザ。もとは商家の生まれでしたが、帝国の内乱で……」

「……リューク。狩人でした」

「……シィナ。家族は、もういません」

「ジク。元は馬車職人だ」

「ミラ」

「フード」

「ラーシュです」


 七人が順に名乗る。まあ、名前も経歴もおかしくはない。けれど……それぞれの目に浮かぶ警戒が、完全に演技であるように思えた。

 俺の後ろで、村長も険しい顔をしていた。


「なんというか、妙に落ち着いているが……本当に逃げてきたばかりなのか? お主らは」

「もう少し信用してもらうための情報をくれよ!」


 村長の意見にザルクが同意した。確かに怪しい要素を多く含んでいる。


「……だが、追い返す理由にはならぬ」とユランが口を開いた。

「判断は貴殿に委ねます、我が主。万が一に備え、監視体制は強化すべきだと存じますが」


 やはりユランは冷静だ。皆が疑いの目をかけている中で、既に今後のことまで視野に入れている。

 まバルディア帝国が敵であると決まったわけでもないし……こいつらの扱いを通して、帝国にルディアのことを認めてもらうか。

 俺は深く息を吐いた。


「歓迎するよ、難民の皆さん。ここはルディア=アークフェルド連邦。多くの種族が集まり、力を合わせて築いてきた街だ」


 七人の中の青年――エルザが、目を伏せて静かに頭を下げる。


「……ありがとうございます。帝国で、失ったものが多すぎた。今度こそ……やり直したい」


 その言葉に嘘は感じられなかった。けれど、違和感だけは消えない。

 整った言葉、洗練された身のこなし。追われた者の姿にしては、あまりに隙がなかった。


「とりあえず身体を休めろ。必要な手続きと、生活の支援はすぐに用意する。……この街では、共存の意志がある者は歓迎するよ」


   ◇◇◇


 陽が落ちきる頃、ルディア本庁裏の庭に三つの影が集っていた。

 遠く街の喧騒と、鍛冶場の火がまだ残る匂いが流れてくる。


「で──どう見る? あの七人」


 そう切り出したのはラズだった。気だるげな顔で空を仰ぎつつ、目は冴えていた。


「不自然さはある。少なくとも、逃げてきたにしては妙に落ち着きすぎてる」

「だよなあ。あの口ぶりも、仕草も……場慣れしてる。街の外で怯えて生きてきたって人間の動きじゃない。少なくとも、俺が知ってる『本物の難民』とは違う」

「偽りの仮面など、容易く用意できる。だが、魂までは偽れぬ」


 ユランが低く言った。目を伏せ、組んだ前脚の間で静かに揺れる尾を止める。


「彼らには恐怖が足りない。追われ、喪い、傷ついた者が本来持つべき生々しさが感じられぬ。まるで……最初から歓迎されることを前提にしていたように見えた」

「同感だ。けど、ああ言って来た以上、拒むことはできない。今の俺たちは『受け入れる街』であることを掲げてる」


「でもそれが、仇になるかもしれませんよ」


 レイナが唐突に囁いてくるのにもだんだんと慣れてきた。


「……それは分かってる」

「忠告です。七人のうち、二人ほど非常に興味深い動きをしてました。特にエルザと名乗った青年、ウソを付くのがあまりに自然すぎる」

「まだ嘘と決まったわけじゃないし……お前の直感だろ?」

「いえいえ。これは観測です。私の領域で視た限り、彼らは何かを見届けたに来た印象です。救われに来たようには見えませんでした」


 レイナの声は相変わらず愉快げだったが、その裏に、どこか微かな焦燥も混じっていた。

 俺は眉を寄せ、顎に手を添える。


「罠かもしれない。けど、だからって何もしないわけにはいかない」

「だったら、どう動く?」

「基本方針は『様子見』だ。接触はしすぎず、でも常に目を光らせておく。村長たちにも、あの七人とは段階的に関わるようにって指示しておく」


 ラズが頷きながら指を鳴らす。


「気づかれない範囲で調べとくよ。どこでボロを出すか楽しみにしてな」


 ユランもまた、ゆっくりと首を縦に振った。


「我が主の意志、しかと承った。もし災いが芽吹くのなら……我が角で、それを摘むのみです」

「物騒な話になってきましたね」


 レイナが涼しい声でつぶやく。


「でも、そういう展開、嫌いじゃないです」

「お前は楽観的でいいよな……」


 俺は苦笑し、深くため息をついた。


「はぁ……せっかく街の体制が整って、落ち着くかと思ったのにな」

「良かったじゃねぇか、街の体制が整うまでは待ってくれてたんだぜ」


 ラズがニッと笑った。さすがのポジティブさだ。見習いたい。


「とりあえず、様子見ってとこだな。何かトラブルが起きたら、即刻処分する心構えではいるよ」

「おう、頼むぜ、旦那」

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