2 村への道は、のんびりと
誰もいない。見渡す限り、自然のままの景色が広がっていた。
でも、不思議と心は落ち着いていた。呼吸をするだけで、体の内側から力が満ちていくような感覚がある。
「……転生、か」
自分の声が、少し若くなっていた。手を見れば、細くしなやかな指先。十代後半くらいの青年の体。
名前も……そうだ、女神は言っていた。「あなたには『カイ』という名を贈ります」と。
「今日から、ここで生きるんだな」
再び空を見上げる。どこまでも高くて、どこまでも自由だった。
そのとき、背後で草を踏む音がした。振り返ると、小さな人影が丘の向こうから駆けてくる。
少女だった。獣の耳と尻尾を持った、金色の髪の少女。
年の頃は……自分とそう変わらない。真っ直ぐな瞳でこちらを見て、息を切らしながら言った。
「……あなた、空から落ちてきた人、ですか?」
どう答えるべきか迷ったが、先に彼女が続けた。
「あなた、転移者さんですよね。この世界のこと、わかりますか?」
「いや、なにも……」
「もし、困ってるなら……私の村に来ませんか?」
ふと、胸の奥が軽くなったような気がした。
この世界で最初の出会い。誰かが、手を差し伸べてくれるということが、ただうれしかった。
「ああ……お願いできるかな」
少女はにこりと笑い、手を差し出した。前世では手を振り払われてばかりだった俺に、差し出してくれたことに感激した。
少女の後をついて、丘を下っていく。
足元には踏みならされた小道が続いていた。村の往来に使われているのだろう。木々の間を縫うように、緩やかな下り坂が続いている。
「そういえば、自己紹介がまだでした。私はミリア。ミリア=フェンです。ここの村で、薬草摘みの手伝いをしてます」
「ミリア、か。俺は佐久m……じゃなくて、カイ。よろしく」
どこか照れくさくて、けれど自然な挨拶だった。
こんな風に誰かと目を合わせて、歩きながら話すのはどれくらいぶりだろう。
「さっき『転移者』って言ってたけど……こっちの世界では、よくあることなの?」
「うん、ごくたまにですけど。星の彼方から来たって言われる人たちが、突然この世界に現れることがあるんです。ほとんどは王都に保護されるんだけど……カイさんみたいに森や野原に落ちてくる人もいます」
なんとも荒っぽい話だ。
ただ、それが「普通のこと」というのが、この世界の常識なのだろう。
「それで、カイさんは……何の加護を持ってますか?」
「加護?」
「えっと、こっちで言うと『スキル』みたいなものです。転移者の人って、女神様からの祝福を受けてくるって話で……」
ああ、そういえば、そんなことを言われた気がする。
意識を集中すると、脳裏に浮かぶ。半透明のウィンドウが目の前に現れた。
【ステータス】
名前:カイ
年齢:16
称号:異界渡りの来訪者
クラス:なし
スキル:創造の手(EX)、言語理解、身体強化【小】、魔力親和【中】
所持金:0G
「……出た」
「えっ? 見えましたか!? あっ、転移者さんってやっぱすごい……!」
ミリアが目を輝かせてこちらを見てくる。なんだか恥ずかしい。
「創造の手、っていうスキルがあるみたいだけど……」
「そ、創造の手!? それって、ただのスキルじゃないですよ! 神話級のレアスキルって聞いたことあります!」
「えぇ……」
神話級とか言われても困る。正直、俺自身よくわかっていない。
「それって、もしかして『生命を育む力を行使できる特別な加護』っていう、あの……」
「……え、そうなの?」
「そんな加護をもらえるなんて、女神様が同情するほど悲惨な最期だったんですかね……?」
「確かに、同情された気がする」
「すごいなぁ……!」
ミリアの目がまるで宝石のようにきらきらと輝いていた。
俺はただ、生き延びるための手段がほしかっただけなんだけどな──。
それでも、思った。
これは、前の世界では絶対に得られなかったものだ。
自由に生きていい。自分の手で、何かを創り、選んでいい。
そんな未来が、目の間に見えてきた。
「……面白くなってきたな」
ぽつりと呟いた俺の言葉に、ミリアが首を傾げた。
「え?」
「いや、なんでもないよ。ミリアの村ってもうすぐ?」
「はい、もう少しだけ歩いたら、見えてきます!」
その笑顔は太陽のように明るかった。
──転生した世界での初めての出会い。その歩みは、まだ始まったばかりだ。