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27 芽吹き

 バルハの発言に、俺は思わず眉を上げた。


「……というと?」


 バルハは重い口調のまま、視線を一同に巡らせた。

 

「トウラは、我ら獣人たちが流浪の果てにたどり着き、幾世代をかけて築き上げた『拠点』だ。森に守られた自然の地形を利用し、谷を隔てて三つの地区を持つ」

「三つ?」

 つい反射的に声が漏れた。バルハはゆっくりと頷く。


「北の高地には戦士たちの居住区と鍛錬場。南の森には狩猟と薬草採取の民。そして中央盆地には、工房、水路、市場、さらに議場がある。我らはそれを統合し、独自の『評議制』によって民を導いている」


 ……え?

 俺はしばし言葉を失った。


「それってつまり……ちょっとした都市じゃないか?」


 ざっと数秒の沈黙が流れたあと、隣のネリアが呟いた。


「……それ、本当に集落と呼んでいいのか?」

「舐めてかかったら火傷するよ」


 シェルカが誇らしげに言った。

 だが、俺の中には言いようのない驚きが広がっていた。森に隠れるようにして暮らす、少数の獣人の村──そんな漠然としたイメージが、音を立てて崩れていく。


「人口はどれくらいなんだ?」

「現在、およそ三千。成人戦士は六百を超え、各部族の民が技術と力を持ち寄っている」


 三千──!

 下手すれば、ルディア村の十数倍の規模だ。それに、成人戦士が六百……もはや小国の軍隊レベルじゃないか。


「もしかして、そのへんの国の小さい都市より発展してるんじゃ」

「都市と比べるものではない。我らには貴族も国王もいない。だが、民一人ひとりが誇りと牙を持って生きている。それが我らの形だ」


 やはり、しっかりとした芯を持った領主だ。この男は信用できるな。

 ゴウランが静かに言葉を継ぐ。


「だからこそ、外と繋がるには、慎重でなければならないのだ。過去に痛みを味わった分、我らは、誰と手を取るか見極めてきた。だが……」


 その視線が、まっすぐ俺に向けられる。


「おぬしならば、共に在る未来を信じられる」


 その瞬間、室内の空気が変わった気がした。

 警戒と探り合いの残り香が、いつの間にか消えている。

 俺は深く息を吸ってまっすぐに答えた。


「こっちもだ。あんたたちがどれだけ強かろうと、どれだけ発展していようと──俺たちは、誠意を持って向き合う」


 拳を胸に当てて告げたその言葉に、バルハがふっと目を細めた。


「ならば盟約を交わそう。牙と牙を重ねて、守り合う関係を──」

「喜んで受けよう。内容はどうする?」

「……まずは、互いの不可侵。無断の進軍や奇襲の類は互いに禁止し、越境する場合は必ず通達を行う」


 バルハのよく通る声が部屋に響いた。


「異論はない。こちらも、必要があれば事前に報せる。偵察すら勝手にやらせない」

 

 俺はバルハと視線を交わす。


「次に、物資の相互補給。そちらには豊富な野菜や果実、薬草があると聞く。我らは木材と魔鉱を持っている。等価交換を基本とし、不足時には交渉による融通も認める方向でどうだ?」

「まさに俺の求めていたものだ! 大歓迎だよ」


 隣のネリアが、手元の帳面に走り書きしながら補足する。


「ただし、搬入経路は限られる。この森を越えるルートは少なく、規模が増せば、魔物の被害もあるだろう。その護衛については?」

「我らの『牙』を随伴させる。他国との貿易にも応じた経験がある」

「他国の貿易? それって……王都以外とも繋がりがあるのか?」


 シェルカが少し口元を歪めた。


「まあ、抜け道はいろいろあるからな。西方の港町とは細いながらも交易ルートがあった。今は制限中けど、再開できれば物資は大きく動くはず」


 ──想像以上に根を張ってるな、こいつら。


「そのルート、こっちからも便乗できるか?」


 少し間をおいてから、俺は口にした。

 ゴウランとバルハが目を見合わせる。短い沈黙のあと、バルハが頷いた。


「誠意を示し、品が信用に足るものであれば可能だ。むしろ、そちらの製法や技術、製品に我らも興味がある。たとえばこの『鍛冶品』とやら……」

「腕のいい職人はいるが、こっちの技術はまだまだなんだ。今度俺がスキルで武器を作ったら、それを研究してみてくれ」

「例の創造スキルか。了解だ」


 俺は頷いた。


「続ける。三つ目、軍事的連携。もし一方の領土や拠点が侵攻を受けた場合、協力のもとで防衛、あるいは援軍の派遣を行う。もちろん、緊急時は迅速な連絡体制が前提だが」


 ゴウランが頷いた。


「こちらの伝令獣は一日でこの距離を走破できる。我らの側は、それを利用してよい」


 伝令獣……専用の移動用魔獣か。こっちはユランがいてくれて本当に助かってるが、あれと同格とは言わないが似た役割の存在が複数いるとなると、いよいよ侮れない。

 ひと通りの盟約条項を交わし終え、場の緊張がようやく和らいできたころ。

 俺は一呼吸おいて、前から考えていたもう一つの要望を切り出すことにした。


「……最後に、ひとつ頼みがある」


 バルハの金色の瞳が、真っ直ぐこちらを見つめる。


「今、この村は、建設や整備、鍛冶、教育……あらゆる分野で人手不足が課題になっている。特に、実地経験のある大人が圧倒的に足りてない」


 俺の言葉に、ネリアとラズが小さくうなずいた。

 特にネリアのほうは、設計図と現場作業を兼ねながら、もう何日も仮眠しかとれていない状態だった。

 ラズの方も一人で全戸を周るために三日間はほぼ休みなしだったそうだ。


「だからもしよかったら……こちらに、トウラの獣人を数十人規模で派遣、というか……できれば『移住』してもらえないか? 一時的でもいい。技術指導や現場の補助をしてもらえると、助かるんだ」


 さすがに図々しい提案かもしれない。けれど、これを口にしなきゃ始まらない。

 そう思って真正面から言い切った。


「労働力として……ということか」


 バルハの声が低く響く。

 その瞬間、ゴウランがわずかに目を伏せ、シェルカがあきれたように鼻を鳴らした。

 

「そっちに悪意がないってのはわかってるが……労働力って言葉、うちの連中は敏感に反応するぞ」

「ああ……言い方が悪かった。こっちに『力を貸してもらう』って意味だ。もちろん、対価は出すし、矯正はしない。百人以下の規模で十二分だ」


 俺が言い直すと、ゴウランが肩を緩めた。


「ふむ……獣人の中には『集落の外の生活』に憧れや興味を持つ若者もいる。鍛冶や建築に通じた者もいるにはいる」


 ゴウランがそう言って、隣のバルハに目を向けた。


「無理強いはせぬ。ただ……我らが信じた相手の村なら、行きたいと願う者もいよう」


 バルハは前向きな言葉を放った。


「百人以下、という規模も現実的だ。我らの生活を壊すこともなく、互いの地に橋をかける第一歩となる……悪くない」

「実際に行かせる者の選定や、住まいの整備、生活保障については改めて考えよう」


 ゴウランが事務的に補足し、それにネリアが即座に応じる。


「こっちも、住居はすぐに建てられる。食糧の供給や就労場所は問題ない」

「あと俺の方で、移住する人たちとの顔合わせや話し合いもやっておく。いきなり環境が変わるのは不安だろうしな」

 

 ラズもさらりとフォローを入れる。確かに、ラズがいれば緊張がほどけて不安もなくなるだろう。


「ありがとう、バルハ。これで本当に人間と獣人の協力が叶う気がしてきた」

「感謝するのは、早すぎよう。我らが互いに根を張り、枝を伸ばし合ってこそ、森になるのだ。芽吹きは、これからであろう」


  そう言って、バルハが笑みを浮かべた。

 ──ルディア村に、力を持った獣人が来る。

 かつてなら夢物語のような話だった。

 でも、その夢物語は今、形を成して俺の目の前で現実として広がっている。

 忙しい日々でも、こんなやりがいのある人生は他にないだろう。

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