25 見せかけの力
ザルクは何故か上半身裸、布で巻いた拳と、背中に背負った大剣。そしてその背後には、ザルクによって鍛え上げられた村の若者たち十数人。みな簡素ながらも手に馴染んだ武器を持ち、気迫十分で並んでいた。
「……良い連携だな。ここまで鍛えてるとは思わなかった」
やや感心しながら言うと、ザルクは自慢げに笑った。
「当たり前だろ。俺の弟分たちだぜ? へなちょこには育ててねえよ」
その会話のすぐ後。森の中から数体の陰。
気配の主たちは、堂々と足音を響かせて姿を現す。
毛並みの濃い狼獣人、しなやかな豹獣人、そしてその中心に立つ、鋭い眼光を持った虎獣人──おそらくこいつがこの部隊のリーダーだな。
「彼はバルハと言います。トウラの長です」
勝手に俺の心を読んでレイナが教えてくれた。やっぱりか。
静まり返る空気のなか、彼らは一瞬、目の前の光景に足を止めた。
そう、彼らが目の当たりにしたのは貧相な村人ではない。前に立ちはだかるのは、完全に戦闘慣れした男たち。そしてその中央で腕を組む、異様な威圧感を放つザルク。
「……ふむ」
バルハが目を細める。そして、その横にいた若い獣人が、ユランの姿に気づいて声を詰まらせた。
「──ッ、バルハ様。あれ……っ、古の……!」
思った以上の焦りようだ。ユランは何も言わず、ただ静かに冷ややかな眼差しで彼らを見ていた。
虎獣人・バルハはその様子を見たまま、ゆっくりと右手をあげる。すると後続の獣人たちも武器を引き下げ、一瞬にして緊張の糸が緩んだ。
「なるほど。やはり聞いた通り、ただの集落ではないようだな」
バルハの視線が、次は俺に向けられる。
「お前が……この村の長か?」
「ああ、俺がルディア村の領主のカイだよ」
そろそろラストネームというか名字的なものが欲しくなってきた。勝手に作って良いのかな?
「我はトウラの領主、バルハ。……この地に異変ありと聞き、確かめに来た。ただ、ここまでの力を見せつけられては、下手に手出しもできまい」
「警戒するのは当然だと思う。でも、俺たちに敵意はない。むしろ、そちらが望むなら、協力関係を築きたいと考えてる。人間と獣人って立場は違っても、手を取り合えるはずだろ?」
沈黙が流れた。
バルハはしばし視線を動かし、ザルクたちの構え、ユランの無言の存在感、そして俺の瞳を順に見ていく。
「……言葉だけでは信用できん」
森の風に揺れるたてがみを背に、バルハが静かに口を開いた。
鋭い眼光は、真正面から俺を射抜くように見つめている。
「この力が、ただの虚像ではないと証明してみろ。──我が部下と、そちらの戦士で、一騎打ちを提案する」
バルハの背後から一歩前に出たのは、大柄の獣人だった。熊のような体格に、分厚い胸板。手には黒鉄の棍。
「あれは獣人の中でも戦闘に特化した『重突種』と呼ばれる種族です」
レイナが言った。戦闘特化ねぇ……。
「なるほどな」
その獣人を見て、ザルクが口の端をつり上げた。しかし、彼は一歩も出ない。
「俺がやると殺しちまうからな……ジーク、行けるか?」
ザルクの言葉に応じるように、背後から一人の男が前に進み出た。
流れる水のように静かに。だが、獣人たちの目が一斉にそちらへ向けられる。
「……やってみます」
派手さも威圧感もない。しかしザルクが推薦するとなれば、ここで赤っ恥をかくような人物ではないのだろう。
「ほう、あの若者が……?」
バルハの配下がくぐもった笑い声を漏らす。
そして……。
「始め!」
バルハの一声と同時に、空気が一変した。
熊獣人の突進は速かった。体格に似合わぬ速度で距離を詰め、棍が地を裂くように振り下ろされる。
俺は思わず目を閉じた。
最悪の状況を覚悟しながら目を開くと、ジークの姿はそこにはなかった。
「はっ!?」
視界の端、熊獣人の背後に、いつのまにか回り込んでいたジークの姿。刹那、彼の手に握られていたのは、狩人の刃──森で鍛えられた、返り血を知らぬ静かな死神の爪。
その刃が、熊獣人の喉元にぴたりと添えられる。
動けない。熊獣人は汗を滲ませたまま、動かぬまま凍りついていた。
「……勝負ありだな」
静かにザルクが言った。俺は安堵混じりの息をついた。
数秒の沈黙。
それを破ったのは、バルハの乾いた笑い声だった。
「まさか、我が部下が一瞬にして完封されるとはな。見事だ。見せかけの力ではない、確かな実力が伴っている」
そして、配下を一瞥してから、深く頷く。
「カイ。お前たちを我らは認めよう。ここは……一つの村ではなく、一つの勢力として見るべきだな」
後方にいたトウラの獣人たちもまた、どよめきを押し殺しつつも、明らかにこちらを見る目が変わっていた。敵意ではなく、興味と、ある種の敬意を込めたまなざしへと。
「これより先、我が『トウラ』は、お前たちとの交渉の場を設ける。共に歩めるかどうか──それはこれからだが」
「もちろん、歓迎するよ」
この村に新たな旋風を巻き起こしてくれるかもしれない。戦闘に特化した獣人もいるとなれば、俺たちの軍事力はさらに上がるはずだ。
ただ、そのためにはトウラの領主が信用できる人物かを見極める必要がある。
「ていうか、なんでユランを見て怯えてたんだ?」
俺はユランの方を見て尋ねた。
「……私も、王都を脱したあとは様々な地を巡っていましたので」
「でも恐れられてるってことは……何かあったのか?」
「その点については、聞かないでいただけると」
ユラン、俺はお前が怖い。果てしない力を秘めているからこそ、ここでだんまりは不安になる。
「わ、わかった。とりあえず、みんなを村に入れよう」
不安を抱きながら、俺は客人であるバルハたちを招き入れた。