23 村の発展はコツコツと
ガシャン、と最後の石枠がはまった音が響いた。
「よし、これで三つとも完成だな」
ネリアが額の汗を拭いながら頷いた。
三つの井戸。
水脈を探って地形を調整し、ネリアと位置を相談しながら、村の中心と東端近く、それから北の工房予定地に一つずつ。
作業そのものは俺のスキルでなんとかなる部分も多かったが、地形の見極めや周囲の導線までは、やっぱり彼女の判断が頼りになった。
「これで、遠くまで水を汲みに行く労力が少しでも解消されたはず。……はぁ、いい汗かいたわ」
「ネリアも結構、土いじり似合ってきたぞ」
「へぇ、それ褒めてんの?」
「まあ一応?」
「ふうん」
ネリアが笑いながら、石の縁に腰を下ろした。その隣に俺もゆっくりと腰を下ろす。
と、そこへ。
「おーい! 本当に水が出たのか!?」
どこからか声がして、気づけば村人たちがぞろぞろと集まり始めていた。
年配の農夫たち、子どもを連れた母親、若者たち……そして、ミナが真っ先に駆けてくる。
「おー、本当に井戸できてる!! カイー!!」
「おっとと……」
ミナが勢いよく飛びついてきたので、バランスを崩しそうになりながらも抱きとめる。
「これ、触っていい?」
「もちろん。ちゃんと使えるようにしてある」
「やったね」
ミナが井戸の滑車を回し始める。
がらがらと音を立て、やがて木桶いっぱいの透明な水が姿を現した。
「透き通ってる……!」
その場の空気がぱっと明るくなる。
あちこちで歓声が上がり、子どもたちは順番に水を汲んでは、手を洗ったり、顔を濡らしたり。
水だけでこんなに喜んでもらえるとは……と、胸の奥がじんわりと熱くなる。
やっぱり村づくりってのは良いものだな。
「さ、そろそろ休憩終わりだ。あんたに見せたいもんがある」
ネリアが立ち上がり、ぽんと俺の肩を軽く叩いた。
「見せたい?」
「村が変わる第一歩ね。来てみなさいって」
俺はルオを呼び寄せて肩にひょいと乗せ、ネリアの後に続いた。
向かったのは村の東側――。
昔、物置小屋と雑木林だった一帯。今はきれいに整地され、仮設の足場が組まれている。
そして――そこに立っていたのは、木造ではない。
灰色の石造りの土台。鉄骨のような梁。土を固めた基礎。
ネリアの言っていた「新たな工法」で組まれた、村で初めての本格的な建築だった。
「うわ……」
「驚いたでしょ?」
「……いや、本当に驚いた」
俺の感想に、ネリアはふふっと笑う。
「ここは多目的施設にする予定。会議、集会、作業、貴重品の保存……何でもできるように。もちろん、木だけじゃ家事が怖いし、湿気で傷む。あと、あたしが王都で学んだ『圧縮素材』を混ぜた土台を使ってる」
すでに村の男たちが集まって、彼女の指示のもとで作業を進めている。
みんな真剣な表情で、それぞれの道具を使いながら、黙々と体を動かしていた。
「道具も、作物も、水も、家も。何もかもが整えば、今日を生き延びるだけじゃなくて、将来の見通しを立てられるようになる」
ネリアの言葉はどこまでも現実的で、力強い。
この人はやっぱり、つくる側の人間なんだと実感した。
「五軒分の住宅と、倉庫の設計も既に終わってる。ただ資材が足らなくて集めさせてる途中って感じ」
「なるほど。とりあえず建設業はネリアが頼りだから、よろしく頼むよ」
「うん、任せて」
◇◇◇
昼を回った頃、俺は広場の片隅に集まっていた男たちに声をかけた。
「集まってくれて助かる」
並んでいたのは、ザルクの子分たち。
十代後半から二十代前半くらいの、元気と腕力だけはありそうな面々だ。
といっても、今のところは材木運びとか畑の整備とか、力仕事ばかりで戦闘経験はゼロに等しい。
だが、足が速くて、好奇心もある。素材集めにはうってつけだった。
「で、俺たちに何をさせるんだ?」
ひとり、短髪で態度悪めの青年が尋ねてくる。
その背後でザルクが腕を組んでニヤニヤと見ているのが地味に圧だ。
「狩りの準備をする。俺のスキルで、村用の新しい弓をつくるつもりだ。そのために必要な資材を、お前たちに集めてもらいたい」
「弓?」
「この村で専門の猟師はガランしかいない。けど、弓があれば多少は自衛ができる。魔物が出たとき、食糧が足りないとき、弓が使えるってのは大きいぞ」
俺はスキル画面を開き、指定の素材一覧を呼び出す。
俺はスキル画面を開き、指定の素材一覧を呼び出す。
《創造:狩猟弓【風裂弓・カリナード】》
――必要素材:
・風鳴木(柔軟かつ反発力のある樹木)×1
・スレイド獣の腱(弦用)×2
・強化羽根(矢羽根用)×5
・魔鉱片(魔力伝導素材)×1
・高耐久布(グリップ巻き用)×1
「こいつを作る。カリナードって名前の、軽くて取り回しがいい弓だ。威力も精度も悪くない。中距離の狩りに向いてる」
俺は武器の説明欄に書いてあることをあたかも自分の知識かのように話した。
「風裂弓カリナード……格好いい名前だな」
「この『風鳴木』ってのは、あの北の丘の方に生えてるやつか?」
早速反応が返ってくる。思ったより、こいつら頭は悪くないようだ。
「そうだ。白っぽくて、風が吹くと葉が鳴るやつ。それからスレイド獣ってのは、あの森に出る小型魔物。牙はないけど俊敏だ。油断はするなよ」
「倒せってことか?」
「デリンとラズが弓や剣を作ってくれた。受け取ってから行くように」
少し緊張した空気が走ったが、それでも誰一人、退く気配はなかった。
「羽根は?」
「鳥でも魔獣でもいい。けど光を反射しない黒い羽根がいい」
「んで、魔鉱片と布は?」
「それは俺が手持ちで用意する。お前らが森で手に入れるのはこの三つだけでいい」
素材リストを紙に写し、地図にマークをつけて渡すと、子分たちは意気込みを見せた。
「よっしゃ、やってやるよ!」
「倒したらどうする?」
「最低でも腱だけは持ってこい。余裕があれば毛皮の回収も。焼いて食ってもいい」
「やったー! 狩りの特権だ!」
馬鹿っぽい歓声が上がりつつも、雰囲気は悪くない。
「お前ら、あとは任せたぞ」
「おう!」
頼りないが、やる気はある。ケガしなければそれでいい。
「あいつら、本当に大丈夫か?」
ザルクの方を振り返って聞くと、彼は自信満々に頷いた。
「ああ、俺が手塩にかけて育てた子分たちだ」
「本当かよ?」
「実力に関しては信用してもらって良いぜ。俺もそろそろ若者たちの訓練を始めないとな……」
ザルクは伸びをしながら言った。
「そろそろ村の人数を増やしたいところだな……どの部門でも人手不足が顕著だ」
「まあ、焦らずやっていけば良いんじゃねぇか?」
意外とザルクは現実的な思考をする。破天荒で話が通じなさそうに見えるが、彼の判断力は信用できそうだ。いつかは警備隊の隊長なんかをやらせてもいいかもしれないな。
「あ、そうだ」
俺には確認しておきたいことがあったんだ。
領主になったタイミングでスキルが進化したけど、それを試してなかったな……。
《新スキル──恵みの庭》
──指定した土地に、食用植物や果実、薬草を自在に生やすことができる。
生み出された植物は周囲の土地と調和し、自然に根付いていく。
品質や成長速度は使用者の魔力により大きく左右される。
俺はスキル説明に目を通し、小さく頷いた。
「ザルク、用事があるから俺はこのへんで」
手を振ると、ザルクは「おう!」と手を振り返してきた。
さて、このスキルの力次第では、この村の発展がさらに加速するかもしれないな。