21 ただいま
谷を超えずとも村に到着可能なルートを通り、馬車は山林の抜け道を駆けていく。
「ユラン、どうやってこのルートを見つけたんだ? 村の場所も知らないはずなのに」
「カイ様御一行のやってきた方向から位置を予測すれば、そう難しくはありませんでした。長年森にいましたので、抜け道の発見は容易いです」
その言葉に誰かが小さく「すっげぇ……」とつぶやいた。
夜は焚き火を囲みながら交代で見張りをし、簡素な食事を済ませた。ラズはちゃっかり焼いた干し肉に香草をまぶしていたし、ザルクは腕立てを伏せを始めては他の仲間にドン引きされていた。
二日目の午後。木々の間から、懐かしい丘と草原が見えた。村の見張り塔が、かすかに揺れる陽炎の向こうに立っている。
「よし、帰ってきたな」
俺が呟くと、ユランが誇らしげに鼻を鳴らした。
「ここが、俺らの新しい拠点ってわけだな」
ザルクが明るい声色で言うと、一同が頷いた。
村の丘を越えると、見慣れた木柵の門と、いくつもの質素な屋根が見えてきた。煙突からは白い煙が上がり、土の香りが風に乗って流れてくる。
とりあえず、俺のいないうちに村が滅んでいなくてよかった。
「これがルディア村か……」
ラズが肩の荷物をずらし、感慨深げに呟いた。
ザルクは無言で村の景色を見つめていたが、その頬がわずかにゆるんでいた。
「開けてくれー! 帰ってきたぞー!」
俺が声を張り上げると、門番をしていた若者が目を丸くして叫んだ。
「か、カイさん!? カイさんが帰ってきたぞ!!」
その声が伝播して、村全体が大騒ぎになった。畑から、家から、木工場から人が飛び出してくる。
「カイ、よくぞ無事で返ってきた……!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、村長だった。年老いた身体でありながらも、満面の笑みを浮かべながら俺の手を力強く握る。
「カイ、おかえり!」
続いて走ってきたのはミナ。勢い余って転びそうに鳴りながらも、まっすぐ俺の胸に飛び込んできた。
まじか、俺、女の子に抱きつかれてる……整った顔に転生できてよかった……。
「ちょっとミナ、抱きついたら恥ずかしいでしょ!」
注意しながらも涙ぐんで駆け寄ってきたのはミリアだった。ミナの左後ろに立ち、少し照れくさそうに目をそらす。
「カイさん、無事で本当によかった」
ミリアはルオを抱えていた。
「ルオ!!」
俺はルオをすぐに抱き上げ、頬を擦り合わせた。俺の相棒。
置いてきぼりにしちゃってごめんな……。
「……なんだか、すごい人たちを連れてきたみたいだな」
誰かがぽつりと呟いた。
それに呼応するように、ザルクが仁王立ちで腕を組み、胸を張る。
「俺はザルク。カイさんの力をこの目で見た。命、預ける覚悟でここに来た」
「鍛冶屋兼何でも屋のラズってもんです。見た目より役に立つよ。たぶん」
ラズは手をひらひらと振って、気さくに笑う。
「ネリア。修理だったり建設が専門。これから、この村の骨組みは私に任せてもらうよ」
新たに加わった十人の仲間たちも、それぞれの荷を下ろし、挨拶を始めていた。村人たちは最初こそ戸惑ったものの、すぐに温かく迎え入れていく。
「そして、みんなに紹介しないといけない仲間がまだいるんだ」
俺は手招きしてユランを呼んだ。
「王都に向かう道中で出会った、古代神獣の末裔・ユランだ」
「この度、新たにカイ様に仕えることになった。よろしく頼む」
ユランが美しい毛並みを靡かせながら言うと、困惑と拍手が同時に起きた。
「カイさん、古代神獣の末裔、ってのは?」
「ユランには暗い過去があるんだ。かつては王都で酷使・虐待をされていたけど、隙を突いて逃亡した。それから森の潜んでいたんだけど、俺と遭遇して仲間になることを決心してくれたんだ。彼の持つ潜在能力は果てしないから、信頼できる仲間として接してあげてくれ」
会話のできる魔物に驚きながら、皆はユランを認める姿勢を見せてくれた。
◇◇◇
村に戻った翌日。懐かしさを感じる土埃の匂いにも慣れ、王都の喧騒が夢だったように思える。
だが、やることは山積みだった。
俺たちは村の会議所に集まっていた。円卓を囲んで、俺の他には村長、リゼット、デリン、ガラン、そして新しく加わったネリア、ラズ、ザルクの三人が座っている。
膝の上ではルオがくるりと丸くなって眠っていた。最初はラズたちを見てひどく怯えていたくせに、すっかり安心しきっているようだ。
「さて……まずは王都でのことを簡単に話そうか」
口を開くと、皆が真剣な表情でこちらを見た。王都同行組はすでに知っている内容もあるが、改まって聞くのは初めてらしい。
「最初はギルドの登録からだったけど、力を見せたせいで、逆に怪しまれて連行された。で、裁判沙汰。王都議会と貴族評議会の前で力の正当性を証明して無罪になった。その後、国王に謁見まで行った」
「国王……!」
村長が目を見開く。
「本当に、陛下に会ったのか?」
「ああ。思ってたより若い人だった。話もわかる。間違いなく、あれはお飾りの王様じゃない。国と世界の未来を真剣に考え、自分の力を弱めてでも腐敗した現状を変えようとしていた」
「お主が何を語ったかは知らんが……戻ってこれたということは、好感を得たということか?」
「まあ、そういうことになる。で、その結果……王都からの協力が得られる可能性が出てきた。だからこそ、この村の体制もちゃんと整えておきたい。新しい仲間もいるし」
俺は隣に座る三人を見る。
「ラズ、ネリア、ザルクの正式に役割を決めていこうと思う。まず、ラズ」
「ああ。何でも屋って名乗ってるが、器用貧乏って言われりゃそれまでさ。でも道具関係や設備の整備は任せてくれ。誰かの役に立てるなら、それが一番だ」
「そういうのが、今の村には一番足りてないんだ。工房周りはラズに一任したい」
「おう!」
ラズは胸に拳を当てて言った。
「次、ネリア」
「私は王都で修理屋をやりながら、建築ギルドに所属してた。ここでは建築物の設計、施工、整備……それに、将来的な拡張のための区画計画必要かと。私に、それを任せてほしい」
「もちろん。これから村が広がっていくなら、絶対に必要な役目だ。頼む。この村はどの建物も木造だからなぁ……」
「石造りの丈夫な建物にしたいよね。設計図を作っておかなきゃ」
俺は頷いた。もし魔物や他国の人々が襲ってきたとしても、建物が頑丈であればすぐには滅ぼされないはずだ。
「……で、ザルク」
「おう!」
ザルクは勢いよく立ち上がった。
「俺は力しかねぇ。けど、それが役に立つなら何でもやる。村の警備、護衛、あと村人の訓練もだ。なんなら、子分ども使って見回りもやるぜ」
「頼もしいな。村にとっては貴重な戦力だ。……ただ、手加減はちゃんと覚えような」
「そ、そうだな……努力するぜ」
思わず笑いが漏れた。
「あと、ザルクの子分には他にも頼みたいことがあるんだ」
「何だ?」
「俺のスキルで、素材さえあれば強力な道具や武器が作れるんだ。その素材集めを、君の子分たちにやってもらいたい」
「やっぱりあんたのスキルはすげぇな……わかった、伝えておくぜ。必要な素材のリストを作っといてくれ!」
「ああ、ありがとう。作っておくよ」
一体どんな道具が作れるのか、ずっと気になっていた。
とはいえ、武器は人を攻撃するためではなく、守るために使っていきたい。狩猟用の弓とかはあってもいいけどな。
「……というわけで、村の発展はこのメンバーで本格的に動かしていこうと思う。でも、ここに住むみんなと協力して──」
その瞬間、膝の上でルオがくしゃみをした。
「……あ、ごめん。ちょっと真面目すぎたか?」
ルオは尻尾を振って俺の顔にバシバシ当てている。
そんな様子に、場の空気がかなり和らいだ。
「まぁ、焦らずにやっていこう」
「これから、よろしく頼む」
村長がみんなに頭を下げた。
「そんな、頭を下げないでくれよ。俺たちのことはこき使ってくれ」
ラズはニッと笑って言った。個性はバラバラだが、頼りになる仲間ばかりだ。
前領主のグレイの夢を実現させるための第一歩を、俺たちは踏み出した。