20 さらば王都
王都の城門前。今日、長いようで一瞬だったグランマリアの冒険を終えようとしている。
俺たちは、門のそばにある広場の片隅で最後の荷物の確認をしていた。
背中にはそれぞれ大荷物。生活道具、工具、最低限の食料。本当は馬車に積みたかったが、馬車は王都の外にいるユランに任せるので、今は皆、背負うか手で抱えている状態だ。
「こりゃ、腰にくるわね」
リゼットがぼやきながら薬草の詰まった麻袋をぎゅっと締める。隣でデリンは無言のまま木製の箱を背負い、黙々と手綱の確認をしていた。
トモは俺の隣で地図を丸めたり広げたりしながら、興奮気味に村へのルートを確認している。
「帰りも直行ルートを通るんですよね! 風喰いの谷を超えて……」
「おい落ち着け、歩きながらでいいだろ」
肩にかけた荷袋の重みを感じながら、俺は肩をすくめた。
ガランは少し離れた場所で見張るように周囲を見ていたが、ふと空を見上げて一言だけ呟く。
「空気が変わったな。王都の空じゃない」
たしかに、あの重苦しく閉ざされた王都の空気は、今や背後にあるだけだ。
「来たぞ」
デリンがそう呟いた。
振り返ると、大通りの向こうから数人の影が近づいてくる。
先頭にいるのは、ラズだった。
「おーい! 待ったかー?」
相変わらず調子のいい声を上げながら、ラズは背中に工具箱、腰に小袋をいくつもぶら下げて歩いてくる。
その後ろでは、ネリアがでかい袋を背負い、しっかりとした足取りでついてくる。その後ろには、ザルクとその子分たち──十人ほどの屈強な若者たちが、ゴロゴロと荷物を担いできた。
「みんな、よくその荷で歩いてきたな」
思わず俺が言うと、ネリアが肩を落とした。
「王都を離れてからじゃないと馬車が使えないって聞いたからだよ。建材のサンプルと図面、あと道具一式。これでも減らした方なんだけど」
「体力だけは自信あるからな!」
ザルクが誇らしげに笑う。
「この道中で鍛えるってのも、悪くねぇだろ。カイの旦那直伝の『身体強化』とやらもあるしな!」
「……別に直伝じゃないから」
俺は苦笑しつつ、ラズと握手を交わす。
「それにしても、よく集まってくれた」
「ま、ここからが本番だろ。村ってのは、作る過程が一番面白いのさ」
ラズはニッと笑い、空を見上げた。
その時だった。
「……カイ」
不意に、背後から声をかけられる。
振り返ると、ずっと黙っていたフィオナがまっすぐに俺を見て立っていた。
その瞳にはどこか寂しさと、少しの誇らしさが混じっている。
「これにて、私の『村の偵察任務』、そして『カイの監視任務』は終了とする。以後は正式に、王都の任務からは離れる」
「え?」
思わず聞き返すと、彼女は寂しそうに微笑んだ。
「監視という名目だったが……気づけば、私の方が貴殿に学んでいたかもしれない。私は、貴殿の選んだ道を信じる。貴殿のいない生活に戻るのは非常に寂しいが、日常に戻るとしよう。……ただ、またいつか、必ず会おう。カイに出会えて、本当によかった」
その言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
最初は堅物だと思っていたフィオナが、こんな柔らかな笑顔を見せてくれるようになった。それだけで、ぐっと来るものがあった。
「……ありがとう、フィオナ」
「よい旅を。そして、村を大事に。あの子たちのためにも」
握手をした瞬間──。
「やれやれ、随分と王都をざわつかせてくれたものだな」
今度は低く落ち着いた声が聞こえた。
城門の向こうから、赤いローブを翻しながら年配の男が現れた。
「筆頭宰相……!」
フィオナがとても驚いた表情をしていた。
筆頭宰相……役職からしてかなり偉い立場だとわかる。
「お忙しいのでは?」
フィオナが問うと、彼はわずkに口角を上げた。
「個人的な好奇心だ。君が旅立つというので、顔を出したくなった」
彼は俺の前まで来ると、目を細めて俺たち全員を見回した。
「王都での動きは、すべて耳に入っている。私の部下は未だ君に疑念を抱いている者もいるが……私はそうは思わない。国王陛下を前にしても臆さず自分の意志を語る君の姿には感動したよ」
「……本当ですか?」
そう問うと、彼はほんの少し支線を鋭くした。
「この先、君のような者が敵になるとしたら、それは王都にとって最大の危機だ。……ならば、味方として扱った方が賢明だろう?」
冗談めかして言うその言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
「……了解です。お互いにとって『いい関係』を築けるように頑張ります。まぁそのためには、村の発展が第一優先ですが」
「その調子だ。では、行け。……未来は、君の手の中にある」
その言葉を最後に、グラードは静かにその場を離れていった。
俺は荷袋の紐をぐっと締め、みんなに声をかけた。
「行こう。俺たちの村へ」
「おう!」
「トモ、途中でバテんなよ?」
「わかってますよ!」
笑い声が広がる中、俺たちは再び歩き出した。
王都の石畳を背に、新しい未来へと続く道を踏みしめて。
◇◇◇
城門を抜けてしばらく土の道を歩いたところで、俺たちは小さな林の陰に入った。
荷物の重みは想像以上で、トモやラズの子分たちの顔にはすでに疲労の色が見え始めている。
けれど、予定どおりだ。ここまで来れば――もう一つの「足」が使える。
俺は立ち止まり、周囲を確認してから空を仰ぎ、小さく声を発した。
「ユラン、帰ってきたぞー」
数秒後。林の奥から、ひときわ大きな蹄の音が鳴り、地を蹴る気配が近づいてくる。
そして姿を現したのは、古代神獣の末裔──ユランだ。
「我が主──」
ユランは俺の目の前で脚を止め、頭を垂れた。
その姿にはどこか誇り高い戦士のような威厳がある。
「来てくれてありがとう、待たせたな」
俺が首筋に触れると、ユランは鼻を鳴らした。
「あれって……魔物じゃないか?」
ザルクが目を丸くして、口元を覆う。
「何だアイツ……バケモンじゃねぇか……」とザルクの子分たちも一歩引く。
「みんな、怖がらないでくれ。ユランは俺の仲間で、王都に行くのを手伝ってくれたんだ。言葉も話せるし、君らに危害を加えることはないよ」
「まあ、カイさんが言うなら信じるけどよ……」
ラズが手を震わせながら言った。
本当に信じてる?
「よし、合図だ」
俺が指を鳴らすと、ユランは後ろを振り返った。
そして林の奥から、二台の馬車と一台の荷車が続いて現れる。王都へ向かう時に使ったものだ。
その車列を引いているのは、数頭の馬たち。これも王都へ向かう時と同じだ。
ユランが指示を出し、きちんと整列させていたのだ。なんという有能っぷり。
「さすがユラン。準備万端だな」
「当然です、我が主。貴方の命に応えるのが、私の役目ですから」
あれ、敬語になってる。出会った時は普通にタメ口だったのに。
「ユラン、敬語になってる?」
「主がお戻りになるまで、南のヴェルトニアをふらついていたのです。そこで人々の会話を盗み聞きすることで、『敬語』とやらを覚えました」
「王都にいた時は?」
「……道具として酷使されていましたので。敬語など覚える暇はありませんでした」
悪いことを聞いてしまった。誰よりも暗い過去を持つ魔物であることを忘れていた。
後で、ラズたちにユランの過去や正体を説明しておこう。
「とりあえず……これで荷は全部積めるな」
「おーし、助かる! 腰が死ぬかと思ったぜ!」
ラズが荷物を下ろしながら叫び、ザルクの子分たちが歓声を上げる。
デリンは無言のまま馬車の後部を確認し、積み込みのバランスを計算している。
「いやぁ、旅ってのはこうじゃなくちゃな。人手と馬力。文明バンザイだぜ」
ラズの軽口に、誰かが「お前は手伝え」と突っ込む声が飛ぶ。
暴漢から俺らを助けてくれた時は頑固で冗談の通じない男かと思ったが、ラズは今や完全にムードメーカーとなっている。
時折、真面目さが見え隠れすることもあるが。
「帰る準備はできたな。出発するとしよう」
「主がお帰りになるまでの間に、風喰いの谷を通らずにルディア村へ帰る道を発見いたしました。その道を通ることで、二日程度で村に帰ることが可能です」
何故こんなにも仕事ができるのだろうか。
これが古代神獣の末裔の力なのか?
「流石だな」
ユランの頭を撫で、みんなで馬車に乗り込んだ。
「よし、帰ろう。俺たちの村へ」