15 クラフトメニューを見てみよう
薄曇りの午後、安宿の帳場に革封筒が届いたのは、昼食をとりに下階へ降りようとしたときだった。宿主が仏頂面でそれを差し出し、「お上からだ」と言った。
封蝋には、中央貴族評議会の印章が押されていた。
「何か、やばいのか?」
俺が問うと、隣にいたフィオナがさっと顔をしかめる。
「すぐに部屋で開けよう。宿の人に見られると厄介だ」
部屋に戻ると、彼女は封蝋を慎重に割り、なめらかな手つきで書状を広げた。羊皮紙には、読みづらい貴族の丁寧体が整然と並んでいる。だが、読み終えた彼女の眉間には深くシワが刻まれていた。
「……やはり、こう来たか」
「なんて書いてある?」
「王都における仮登録を認める。ただし、身元が不透明であるため、正式な保護及び援助の対象とはならず、活動には制限が及ぶ可能性がある」
俺の胸に、嫌な圧がのしかかった。
「要するに、『承認はしてやるけど、認めたわけじゃない』ってことか」
フィオナは唇をかすかに噛んでから頷いた。
「この文章の怖いところは、『制限が及ぶ可能性がある』って曖昧な一文だ。今後、何かしようとするたびに、あの人たちは『貴族評議会の許可が下りていない』と言って、拒んでくるかもしれない」
「つまり……王都の中で俺の立場は、半分幽霊みたいなもんか」
「そんな言い方をするな」
フィオナは呟いて、書状をたたんだ。
「私が騎士団の立場で通した領主登録の扱いも、これで揺らぐ……本当にすまない」
その言葉には、どこか責任を感じた騎士の誠実さと、個人としての悔しさが滲んでいた。けれど俺は、彼女が自分の立場を危うくしてまで、俺たちのために動いてくれたことを知っている。
「……いや、フィオナがいなきゃ、そもそもこの街に入れてない。感謝してるよ」
彼女は静かにうなずき、窓の外に視線をやった。王都の塔屋が、灰色の空の下でぼんやりと浮かんでいる。
「このままだと、きっとまた動きがある。私たちは目をつけられた……そして、向こうは動き出した」
「俺たちは、これからどうする?」
「貴殿に選択を委ねよう。諦めて制限下で行動をするか、貴族評議会と正面衝突するか」
俺の中で、答えは決まっていた。
「もちろん、正面衝突するさ」
「貴殿ならそう言うと思っていた」
フィオナは少し嬉しそうに微笑んだ。
俺の平和な暮らしを邪魔するやつは許さない。それは、貴族が相手でも変わらない。
◇◇◇
村に来てくれる技術者を探すためには、ギルドに所属するのが手っ取り早いそうで、俺たちは登録に向かうことにした。
ギルドの建物は、王都の中央広場から少し外れた通りに面していた。石造りの重厚な外壁と、紋章入りの大きな木扉が印象的で、出入りする人々もいかにも実力者らしく見える。
俺たちは昼過ぎ、人通りのやや落ち着いた時間帯を狙って足を運んだ。
中に入ると、広々としたロビーに木の香りが漂っていた。冒険者らしき装備の人間がちらほら。フィオナは何かを確認するように目を走らせていたが、やがて俺を見やって頷いた。
「カイ、名前と身分を聞かれるが、私の後について答えてくれれば大丈夫だ。問題があれば、私が交渉する」
「了解。……普通に登録できるといいけど」
俺の甘い見通しは、すぐに打ち砕かれた。
受付の男は、無表情な顔で俺の身分証明を求めた。フィオナがすかさず、領主登録の書状と騎士団の身分を示し、「北方方面騎士団第二隊所属の推薦者による正式な領主代理である」と主張したが──
「失礼ですが、出身地の記録がない人物の登録は、例外なく保留となります」
男は型どおりの対応を崩さなかった。また保留かよ!
「領主としての承認は得ています。その書状にも──」
「ギルドは王都の直属機関ではありません。領主資格とギルド登録は別の話です」
はぁ?
ピシャリと切り替えされ、フィオナの口元がわずかに歪むのがわかった。背筋が冷えるような緊張感が俺にも伝わってくる。
「なら、何を証明すればいい?」
俺がそう口を開いた時、受付の横にいた別の男が鼻で笑った。
「そもそも、貴様のその格好……見たこともない装備だ。どこの田舎の駆け出し魔術師だ?」
周囲の目が一斉にこちらに集まり、何人かが小さく笑い声を漏らす。その中のひとりが、俺の腰に下げていた短杖を見て、からかうように指をさした。
「魔法士様ごっこはよそでやれ。ここは本物の実力者が集まる場所だぞ?」
「おい、やめろ」
フィオナが低い声で制したが、男たちは煽るように言葉を重ねた。
「それとも、何か『証明』してもらうか? 領主様のご高説を──」
その時だった。
俺の視界が静かに切り替わるように、世界が研ぎ澄まされていく感覚があった。騒ぎ立てる男たちの後ろ、壁にかけられた古びた盾がひとつ、歪みかけていたのを見つけた。
「……創ってあげるよ」
誰に言うでもなく、俺はそう呟いた。
手のひらをゆっくりとかざす。周囲がざわめき、誰かが「何を……」と声をあげかけたその瞬間。
金属の軋む音とともに、ひしゃげた盾が淡く光を放ち、滑らかな形に再構成されていく。装飾部分は繊細に修復され、中央の紋章すらも正確に再現された。
「な……」
「おい、見ろ! あれ……あいつがやったのか?」
「素材も加工も一瞬で……あんなスキル見たことねえぞ!」
どよめきがギルド内に広がり、受付の男も目を丸くして立ち上がった。俺はゆっくりと手を下ろし、深く息を吐いた。
「これで、証明になった?」
フィオナは目を見開き、すぐに顔を引き締めて言った。
「これが、彼の力。……あなた方が無知を笑っていた男の、創造の力だ」
受付の男は言葉を失ったまま、修復された盾を見下ろしていた。やがて、何かを飲み込むように小さく頷いた。
「し、しかし、正式な登録には……評議会の判断が必要となるでしょう。これほどの力であれば……」
フィオナが静かに息をついた。
「ああ、わかっている。けれど、少なくとも今ここで、彼を侮るのはやめることだ」
そして俺らは建物を離れた。
俺、こんなこともできたんだ……。
壊れかけの盾を、一瞬で修復したのか……?
その疑問に答えるように、ステータス画面が俺の前に表示された。
《創造スキル:クラフトメニュー》
使用者:カイ
スキル等級:Ⅰ(成長中)
【製作可能アイテム一覧】
▼武器類
・《暁閃の刃 (アカツキノカタナ)》
軽量かつ魔力伝導性の高い剣。使用者の直感に応じて刃の性質が変化する。
▼防具類
・《黎明の鎧 (アウロラ・アーマメント)》
精霊金属と植物繊維を融合した軽装鎧。物理防御と魔力障壁を併せ持つ。見た目は白銀に淡く輝く。
▼道具類
・《万応の手 (ヴェルティス・グローブ)》
工具にもなる多機能手袋。どんな素材にも即座に適応し、分解・組み立てを自在に行える。
・《癒樹の香炉 (ヒーリング・インセンス)》
小型の香炉。癒しの煙を発し、周囲の軽傷や疲労を緩和する効果がある。
「すげえな、これ」
思わず声が漏れる。
今まで気づいてなかったけど、俺はこれだけの道具や武器を生み出せるんだ。
ぎこちないながらも、手を伸ばして《黎明の鎧》の製作欄を選ぶ。光が収束し、空中に素材の図が浮かび上がった。
──魔鉱石、小精霊の繊維、上質な革布。
全部、持ってない素材ばかりだ。
でも、逆に言えば──集めれば、これが作れる。俺にしか作れない。
今後の方針が、俺の中で固まった。
民衆のための道具を量産する技術者と、強力な武器素材を収集する冒険者がいれば、村は一気に発展する。
この力でも、守れるものがあるかもしれない。
この手で、変えられるものがあるかもしれない。
静かに、俺は画面を閉じた。