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13 共謀

 城門を通ってすぐの大通りは、思っていた以上に整っていた。石畳は隙間なく敷き詰められ、周囲の建物は高く、どれも何層にも重なるような複雑な造りをしていた。

 けれど、俺の胸の奥は道の美しさとは裏腹に、妙にざらついたままだった。

 目的は、ルディア村の領主が変わったという届け出と手続き──つまり「俺が新しい領主です」と王都の役人に認めさせること。だけど、フィオナはずっと険しい顔だった。


「……カイ、いい? 貴族の証書がない人間が『領主』だなんて、普通は受け入れられない」


 俺に忠告するようにフィオナが言った。

 城壁内の一角、石造りの行政棟。重たい木の扉を抜けると、中は異様な静けさに包まれていた。外の喧騒が嘘みたいに消えて、書類とインクとろうそくの匂いが鼻をつく。

 受付にいた中年の文官風の男が、俺たちの話を聞き終えるとあからさまに眉をひそめた。


「……村の領主? あなたが?」

「はい」

 

 そう答えると、彼はしばらく黙った。薄く開いた目で、まるでゴミでも見るような目で俺を見つめ、口の端をゆがめた。


「書式に則った証書や、貴族院の推薦状、あるいは戸籍記録の写しなどは?」

「……それが、その、ありません」


 何をどう言えばいいのか、わからなかった。

 俺が転生してきた人間だなんて、言えるわけがない。けど、じゃあどう説明する?

 ルディア村を救って、前領主が遺言として俺に領主を託した──なんて、まるで絵空事みたいじゃないか。


「フィオナ=リース。あなたも、この人物が正規の領主であると?」


 男の目が、隣りにいるフィオナに向けられた。彼女は一瞬だけ口を開きかけたが、何かを言いかけて、やめた。その代わりに、目だけで俺を見た。──助け船はない。

 やがて男は机に手を置き、冷ややかに言い放った。


「本件は保留とします。領主名義の更新は認められません。王都内での領主活動、各種特権の行使も一切無効。記録にも残しません」

「えっ……」


 俺は言葉を失った。

 無効?……何も、認められない?村を救って、仲間を旅して、ここまで来たのに?

 男の顔は、もう俺を見てすらいなかった。代わりに、そばにいた兵士を呼び、こう言った。


「この者の身元を確認。不審な点があれば、即刻通報を。仮になりすまし領主であれば、処罰対象ですからね」


 ざわ、と血の気が引いた。


「ちょ、待ってくれ、俺は──!」


 言いかけた声を、フィオナが腕を掴んで止めた。


「カイ、今は引き下がって」

「でも……!」

「ここで騒げば、もっとややこしくなる。今は……黙って」


 彼女の声は低く、強かった。

 その目に浮かんでいたのは、怒りでも悲しみでもない。冷静な判断と、何か……俺に対する信頼だった。

 だから、俺は何も言えず、ただうつむいて、彼女の手に引かれるままその場を離れた。

 気づけば、胸が重くて息が浅くなっていた。

 

 行政棟を出たあとは、誰も口を開かなかった。いや、開けなかったというべきかもしれない。

 王都の空は高く、眩しいほどに晴れていたが、俺の心は土砂降りのままだった。

 しばらく歩いたところで、フィオナが小さな裏路地に入るよう合図をした。誰いない、人気のない石壁の間。

 彼女は足を止め、俺に向き直ると、まっすぐこちらを見て言った。


「……すまない、カイ。あの場で助け船を出してあげられなくて」


 その言葉に、俺の肩から一気に力が抜けた。

 ああ、そうか。彼女も苦しかったんだ。


「いや……フィオナの判断は正しかったと思う。あそこで無理に押し通してたら、もっと面倒になってた」


 俺の声は思ったよりも暗かった。


「でも、どうすればよかったんだろうな。証明できるものが何も無いって、こんなにも不利なんだ」

「王都では身分が全て。何かをしたという実績も、出自が不明だと見向きもされない。悔しいけど……それが現実」


 フィオナの目は、怒りと無力さを隠そうともしなかった。彼女にだって誇りがある。今の状況は、彼女の過去の立場にすら関わるものなんだ。


「大丈夫。俺がちゃんと認めさせて見せる。ここで引き下がるつもりはないから」


 そう口にしてから、自分でも驚いた。悔しさと、情けなさと、でもどこかに確かに残っている希望。それらが、胸の奥でひしめき合っていた。

 少しして、街の外れにある小さな宿に落ち着いた。

 薄い木の扉と、干し草の香りのする安宿。けれど、屋根があるというだけでありがたかった。

 夕方、宿の共用スペースに仲間が全員集まった。円卓を囲んで、六人が座る。

 

「作戦を立てよう」


 フィオナが沈黙を破った。その目には、騎士としての覚悟が宿っていた。


「なにか策があるの?」

「正面から突破するには、『仕掛け』がいるの。正確には、『後ろ盾』が」


 俺は黙って続きを待った。


「私の所属は、北方方面騎士団の第二隊。王都駐屯の騎士団とは本来連携しないけど……昔の同期に、今は駐屯団の査問部にいる人物がいるの」

「査問ってことは……書類とか身分の審査を扱う部署?」


 トモの問いに、フィオナは頷いた。


「ええ。その人に、正式な『推薦と承認』を出してもらうよう頼む。内容は、カイが正当な村領主として北方騎士団の承認を受けたというのもの」

「それ、通るの?」

 

 俺の問いに、フィオナは少しだけ口元を引き結んだ。


「通させる。王都の役人たちは貴殿の出自に難癖をつけてるだけ。裏付けがあれば、彼らも下手には出られない。なにより、王都の役所は『騎士団同士が共通認識で動いている』という事実に、ひどく弱い」

「共謀、ってわけね」


 リゼットが呆れたように笑った。


「いい意味でな。……ただし、これをやるには、私の立場もかけることになる」

「大丈夫なのか?」


 ガランの低い声に、フィオナはわずかに視線を落とし、そして顔を上げた。


「騎士の立場を失ったら、村で暮らすとカイに言っただろう。覚悟はとっくに決めている。民が見殺しにされるような世界に、生きる価値などあるものか」


 その言葉には、痛いほどの重みがあった。

 騎士として彼女が背負ってきたもの。きっと俺の想像なんかじゃ追いつけない。

 沈黙の中、リゼットがわざとらしく咳払いをした。


「じゃ、明日は決戦ね。フィオナはその元同期に会いに行くとして……私たちは?」

「午前中はここで待って。午後には結果を持って帰るから。問題なければ、すぐに登録所へ向かう」

「また門前払いされないといいけど……」


 トモのボヤキに、俺はつい笑ってしまった。


「フィオナ。君を信じてるよ」

「ああ。必ず成功させよう」


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