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11 古代神獣

 馬車の車輪が軋みをあげ、道の端で止まった。目の前には、裂け目のように広がる深い谷。


「……こりゃ、ダメだな」

 

 ガランが馬車を降り、谷の縁に立って、地面に小石を落とした。俺たちは息を呑んで見守る。しばらくして、遥か下方から「カン」という小さな音が返ってきた。


「橋は?」トモが尋ねた。

「崩れてるな。最近の大雨で、支柱がやられたみたいだ」


 ガランの言葉に、重い沈黙が流れる。地図ではこの谷を超える道が最短だったが、橋が落ちていては話にならない。


「戻って都市を回り道することもできないでしょ……?」


 リゼットが眉をひそめる。


「そうだ。皮肉にも、今、最も安全なのがこの『危険な直通ルート』だって皮肉な話ね」


フィオナが顔をしかめる。

 

「なんか、どこもひどいなぁ」トモが小さく呟いた。


 谷の向こうには、森が広がっている。だが、ここから先の道には「魔物の領域」と赤く記された標識が立っていた。


「今は通るしかない。私たちには時間も、選択肢もない」


 フィオナの言葉に皆が頷き、再び馬車を走らせた。だが、道はすぐに細くなり、断崖に沿うような山道へと変わる。

 そして──


「……待って」


 ガランが手を挙げて馬車を止めた。


「……気配がする。何かが、こちらを見てる」


 フィオナがすぐに弓を引き、周囲に目を光らせた。林の奥、霧が揺れたかと思うと、それは音もなく現れた。

 最初に見えたのは、淡く光る銀のたてがみ。

 その次に、青い目。そして、一本の角が朝日を浴びて、きらりと輝いた。


「あれは……馬?」

「違う。あれは……魔物だ」

 

 フィオナが息を呑む。

 その姿は馬に似ていたが、どこか異質だった。空気が震えるような魔力の波が、静かにあたりに満ちていく。


「戦うしかない」フィオナが弓に矢を番える。

「待って!」


 俺は叫んだ。心に、奇妙な感覚が走った。何かが俺を呼んでいる──直接語りかけてくるような……。


(お前、誰だ)


 その声は、言葉として聞こえたわけじゃない。でも確かに俺は問いかけられていた。

 俺は無意識に一歩、馬車から降りて前へ出た。銀の魔物が、じっとこちらを見ている。


「……俺の声が、聞こえるのか?」


 俺は落ち着いた声で問いかけた。

 静寂の中、魔物の目がわずかに細められた。

 そして、風が吹いた。風に揺れるたてがみは、虹のように光っていた。


「下がって……お願いだから、武器を下ろして」


 皆は驚きながらも、俺の切迫した声に従ってゆっくりと武器を下ろした。


「こいつは、敵じゃない」


 俺は確信していた。


(私の名は──ユラン)



 俺は一歩、また一歩と銀灰の魔物に近づいた。ユランは逃げず、ただじっと深い藍色の目で俺を見つめ返していた。


(お前は、私を恐れぬのか)


「怖くないって言えば、嘘になるけど……不思議と、心が落ち着くんだ。君を見てると」


 ユランの尾が静かに揺れた。そこに敵意はない。ただ、長く人から距離を取っていたが故の警戒と寂しさが滲み出ている。

 すると、ユランは口を開いた。

 

「……とても長く、森にいた」

「人々は私を封じ、力を奪おうとした」

「私は逃げた。あの城から、あの街から」


 なんと、言葉を話したのだ。

 初めて対話可能な魔物に出会い、俺は驚きとともに、胸に痛みを感じた。


「え、今、話したの……?」

 

 リゼットは激しく動揺していた。手を震わせながら、ユランを指差している。


「こういう時は、カイさんに任せましょう」

 

 トモが緊張した面持ちで言った。


「王都。あの、腐った空気の中で、神獣の末裔として、利用された」

「……ひどいことを、されたんだね」


 ユランが、俺の前でそっと頭を垂れた。角の根元が光を帯びてきらめく。その動きは、まるで自らを差し出すかのようだった。

 ユランの頭にそっと手を添えると、彼とつながる感覚があった。ルオと仲間になったときと同じだ。


「ねぇ、ユラン」

「?」

 

 ユランは顔を上げ、首を傾げた。


「君を私利私欲のために悪用せず、対等な仲間として関わってくれて、特殊で面白い力を持った領主がいる村があったら、そこで暮らしてみたいとは思わない?」


 虚ろだったユランの目が大きく開き、頷いた。


「暮らしたい! そんな場所があるのか!?」


 一気にテンションの上がったユランを落ち着かせた。


「実は、俺の村なんだけど……」

「お前の村?」

「うん、でも俺たちは今、旅の途中なんだ。王都まで……仲間と一緒に」

「王都……どうして、あのような腐った場所に」


 ユランが少し苦しそうな目をする。


「村の発展のために、行かなければならないんだ。そこで、君のような味方がいると心強いんだけど……」


 ユランは目を細めた。


「共に行こう」

「本当かい!? 実はこの谷を馬車で超えられなくて、困っていたんだよ」

「私の背に乗れ。この谷を超えるなど容易い」


 ユランの背は、人々が乗れるほど広く安定して見えた。


「みんな、こっちに来て!」


 俺はデリンらを呼び、ユランの背に乗るよう促した。


「……本当に大丈夫なのか?」

「しっかりと毛を掴むんだ。落ちないように」


 ユランの注意に皆は頷いた。


「荷物はどうするの? 荷車に積んだままだよ」

「私に任せろ。後で運ぶ」


 自信満々なユランを信じ、俺たちは強くユランの毛を握った。

 彼は軽く谷をひとっ飛びし、向かいの足場まで俺たちを運んだ。

 ユランは俺たちを下ろすと、すぐに逆戻りして、荷車を引いたままこちらへ丁寧に飛び渡った。

 

「なんて力だ……」


 ガランは信じられないといった表情でユランを見ていた。


「神獣の末裔っていうのは、本当なの……?」

「これを見ても、疑うのか、お前は」


 ユランは俺の目を見て言った。


「いや、疑ってないけど……本当なんだと思って」

「そこらの魔物と同じにされては困るな」


 ユランは俺に角を押し当ててきた。


「ちょっとやめろって……待って普通に痛い」


 俺はユランを引き剥がした。


「すまない、加減ができなかった」


 ユランはしょんぼりする。

 人間不信になっていた魔物をここまでリラックスさせることができた。やっぱり、スキル進化の効果は大きいようだ。

 そして、ユランがいれば王都まで安全に向かえると確信した。


「これからよろしくね、ユラン」

「ああ」



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