115(終) 変わった運命と、変わらないもの
最後の戦いが終わり、二ヶ月が過ぎた。
聖地から帰還した俺たちを待っていたのは、想像を絶するほどに忙しく、復興と再生の槌音が鳴り響きながらも、どこかゆったりと時間が過ぎる日々だった。
ルディア本庁、執務室。
俺の目の前には、今日も今日とて、山積みの書類がそびえ立っていた。帝国の再建支援計画、シレジアとの新規交易ルートの策定、アカデミアからの留学生受け入れ要項……。
「どうしてこうなった……? 俺、世界救ったんだよな? その末路が、前世と変わらずキリのない書類仕事とか……。スローライフを手に入れたって話は……?」
俺が頭を抱えていると、アレアが執務室へ入ってきた。
「カイ、お疲れ様。聖地の湧き水で淹れた、安らぎの薬草茶ですよ。少し休んでください」
「どうやって聖地の水を手に入れたんだ??」
アレアに続くように、レイナが部屋へ駆け込んできた。
「カイ様! 私の愛と神聖な力を込めた、飲むだけで運気が上がる幸運茶です! さあ、どうぞ!」
「あぁ、二杯一気はちょっときついかな……」
そんな事を話していると、オルドがまたしてもお茶を持って執務室へ入ってきた。
「ミリス様からの差し入れです。『別にあんたのためではないけど、図書館の古い茶葉がそろそろ湿気る頃だから、飲みたければ飲めば?』とのことです」
「相変わらず図書館に引きこもってんのか……」
移設された始まりの図書館から、ミリスが出てきたことはない。
「カイにはまずリラックスが必要です」
「運気こそが今のカイ様に必要なのです!」
「……ミリス様から、『そもそも、茶葉の等級が違うのよ!』とのことです」
「ミリスだけ、オルドを通じて討論をするのやめろ」
執務室で、女神たちによる熾烈なお茶プレゼン戦争が勃発していた。
「……全部飲むから、みんな静かにしてくれ」
俺は再び書類に目を向け、深いため息をついた。
◇◇◇
街に出れば、そこには新しい平和の形が力強く芽吹いていた。
完全に再建された工房地区からは、以前にも増して賑やかな槌音が響いている
ラズの新しい魔導義手の最終調整を、デリンが黙々と行っていた。その義手は、もはやただの腕ではない。指先からワイヤーを出したり、小さな魔法陣を展開したりとやりたい放題で、ラズの奇策をさらに増幅させる、最高の相棒へと生まれ変わっていた。
ある日、ザルクが工房を訪ねた日のこと。
「ようラズ、腕の調子はどうだ? 酒の杯を持つ手つきがセクシーになったって、あっちの酒場では評判だぜ」
「……ああ、絶好調だよ。設計してくれたリラとデリンに感謝だぜ」
「俺も欲しいな、義手」
ザルクが少し羨ましそうに粒いた。
「義手である必要はねぇだろ……ただ、凝った能力のガントレットを作るのはありかもしれねぇな」
「本当か! 頼む、俺も酒場で注目を浴びたいんだよ」
「おめぇ動機ってもんが……まあわかった、楽しみにしといてくれ」
診療所を覗けばリゼットが、エルディンから訪問してきたアメリア公女に、薬の調合を教えていた。
「リゼット先生! この配合、なんて画期的な……! これなら、国民が苦しんでいた病も……!」
「ふふ、グランマリアの最新医療で使われている薬だから、まだ量産はできないのよ」
「私が必ず、量産可能にしてみせます!」
「ええ、楽しみにしているわ」
建築現場では、ネリアがメガホン片手に、巨大なゴーレム軍団に的確な指示を飛ばしている。
「そこ、角度がズレてる! やり直し!」
彼女は今や、大陸中から視察が訪れるほどの、最高の都市設計家となっていた。ゴーレムの建築現場での登用など画期的なアイデアを生み出し続け、崩れた城壁は難攻不落の芸術品へと生まれ変わろうとしていた。
◇◇◇
訓練場は、以前にも増して様々な言語の怒号が飛び交う、国際色豊かな熱気に満ちていた。
ザルクが、若い警備隊員たちを鬼の形相でしごいている。
「声が小せえ! そんなんで民が守れるかこの野郎! バルハ族長を見習え!」
「ワシをダシにするな、ザルク殿!」
視察に来ていたバルハが豪快に笑う。
その光景を、弓を片手に、シェルカとガランが木の上から眺めていた。
「相変わらず脳筋だね~、あいつらは。もう大規模な戦いは残ってないっていうのに」
「……いつどこで争いが生まれるかは、わからない。……この世から戦争は、なくならない」
それは、ガランの長年の経験から出た言葉だった。
彼らは、訓練場の隅に作られた、三つの大きな石碑に、静かに視線をやった。
そこには、ゴウラン、グレン、そしてジェイルの名が刻まれている。
「……あいつらが見たら、笑うだろうなぁ」
「ふっ、そうだな。きっとこの大きな墓が立っていることも、照れくさくて仕方がないだろう」
「でも……この石碑が残ってる限り、忘れられることはないね」
シェルカが微笑みながら言った。
二人の、亡き友への変わらない想いが、ルディアのどこまでも青い空に溶けていった。
◇◇◇
その頃、海の向こうでも、新しい時代は力強く動き出していた。
シレジアの旗艦の甲板で、リオンが望遠鏡を覗いている。
「よし、ルディアへの復興支援物資、時間通りだ! 遅れるなよ、野郎ども! カイ殿との約束は、一秒たりとも違えられんのだからな!」
彼の檄に、船乗りたちが雄叫びで応える。
帝都では、暫定執政官となったアイゼンが、グランマリアから派遣された外交顧問──アルディナ本人と、帝国の再建について夜を徹して議論を交わしていた。
「……部下であったお前と、こうして対等に語り合うことになるとはな」
アルディナが冗談混じりに言うと、アイゼンは苦笑した。
「いえ、陛下はいつまでも私らの王でありますから」
「お前もいずれ、王座の痛みを知ることになる」
「望むところです」
大陸の未来に、誰もが前を向いていた。
◇◇◇
その日の夕方。
俺は山積みの仕事からこっそり抜け出し、始まりの場所──ルディアの外れにある丘へと来ていた。
俺はそこに座り込み、大きく変わった景色に感慨を覚える。
隣ではユランがのんびりと草を食み、その背中ではルオが気持ちよさそうに昼寝をしている。
「すべてが変わったようで……何も変わってないのかもなぁ」
騒々しい仲間たちに振り回され、俺の思いつきで仲間を振り回して、終わらない仕事に追われる毎日。
「──カイ!」
呆れたような、しかしどこまでも優しい声。
丘の向こうから、フィオナが歩いてくる。
「また仕事を抜け出して……ミレイ殿が『戦いが終わってから、たるみすぎだ』とカンカンだったぞ」
彼女の言葉遣いは、騎士団長だった頃の堅苦しさが抜け、俺にだけ見せる特別な響きを持っていた。
「ごめんごめん。……ちょっと、感傷に浸りたい気分でさ」
「……何かあったのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……。この幸せな今の人生って、色んな奇跡が積み重なって出来たものなんだなぁと思ってさ。まぁそれを、世間では『運命』っていうのかもしれないけど」
フィオナが首を傾げた。
「また難しいことを言っている……」
「運命って簡単に言うけどさ、それって人々がそれぞれ『選択』してきた結果でしかないと思うんだよ。あの時フィオナが、危険人物として俺を即刻処分することだって出来たわけでしょ? でも、君はそれをしなかった。……そういう色んな人の選択の結果が、振り返ってみれば『運命』って呼べるものなんだなぁって」
「確かに……女神でさえ想像できなかった『運命』を、貴殿は生み出した」
「そう。だから結局、『運命』ってのは流動的なもので、確定した未来なんてものは無いんだと思う。人々の『選択』が、少しずつその運命ってものを動かしてるんだろうなぁ」
「……貴殿は、いつからそんなロマンチストに?」
夕日に照らされた丘で、俺たちは寄り添い、静かに笑い合った。
あとがきを投稿予定なので詳しいことはそちらで書きますが、ひとまず完結まで走りきることができました!
約5ヶ月間、ご愛読ありがとうございました!次回作もご期待ください!!




