114 ファンファーレ
始まりの図書館での、三姉妹の涙の再会から一週間。
艦隊は山脈を迂回し、大陸の沿岸を北上して、ルディアに最も近い港へ停泊した。
「船が数隻座礁しているようだが……」
俺がリオンに尋ねると、彼は
「珍しいですね……荒波でしょうか」
と顎をなぞっていた。
久々の陸上だ。
俺はユランに、皆は馬に乗り、愛する故郷ルディアへと駆けていく。
一行は、これまでの旅が嘘だったかのような、穏やかで和やかな表情をしていた。
バルハとアルディナは互いの国の未来について語り合い、ラズはリラにからかわれながら新しい義手の構想を練り、フィオナはただ黙って、俺の隣に寄り添ってくれている。
最高の、時間だった。
それから数日後。
地平線の彼方に、見慣れたルディアの城壁が見えてきた時、俺たちは息を呑んだ。
「……どうなってんだ、あれ……」
城壁の一部が、無残に崩落している。街のいくつかの建物からは、まだ修復中の足場が見えた。
まさか、座礁していた船の残骸も同じ原因か……?
「聖地で起きた一瞬の世界の崩壊の余波が、ルディアにも届いていたようです」
レイナが足を止めて言った。
「……急ごう」
俺たちの心に、再び緊張が走る。
ルディアの門へ着くと、そこには復旧作業に追われる民と、警備にあたるゴーレムたちの姿があった。
そして、俺たちの姿を認めた瞬間、それまでの重苦しい空気が、一瞬にして歓喜の爆発へと代わった。
「あ! カ、カイ様!! カイ様あああぁあああ!!」
「カイ様だ! カイ様御一行が、お帰りになられたぞ!!!」
誰かの絶叫が、合図だった。
街の鐘が鳴り響き、復旧作業をしていた民が、手に持っていた槌や鍬を放り出し、俺たちの元へと殺到してくる。
本庁への道は、あっという間に人々の壁で埋め尽くされた。
「……カイ、よく無事で帰ってきてくれた。話は本庁で聞く。とりあえず、皆、お疲れ様」
人混みを抜けてきたネリアが、目に涙を浮かべながら礼をした。
「街の状況はどうだ?」
「崩れた建物がいくつかあるが、被害は最小限に留まっている。復旧もあと数週間で完了する見込みだ」
「そうか、よかった。俺たちがいない間、ルディアを守ってくれてありがとう」
「あのデカい置き土産のおかげだよ」
ゴーレムを指さして、ネリアは苦笑しながら言った。
ミレイとアイゼンもまた、安堵の表情を浮かべていた。
鳴り止まない歓声の中、俺は、集まった全ての民の前に立った。
隣には、フィオナ、そして三人の女神が、静かに寄り添っている。
マイクなど使わず、地の声で、全ての民の心に響き渡るように、高らかに宣言した。
「約束通り、世界を救ってきたぞ!!!」
その一言で、ルディアは大陸中が揺れるかのような、割れんばかりの大歓声に包まれた。
俺はその歓声を、静かに手で制した。
「だが、見ての通り、俺たちの街は傷ついた。俺たちの戦いは、まだ終わっちゃいない。本当の戦いは、この街を、俺たちの家を、前よりもっと素晴らしい場所に創り変える、ここからの歩みだ!」
俺は隣に立つ、本の虫の女神に向かってニヤリと笑った。
「……というわけで、ミリス」
「なに?」
ミリスが顔を上げる。
「あんたの図書館、ここに引っ越してこないか?」
「……は?」
俺の提案に、ミリスだけでなく、仲間たち全員がきょとんとした顔で固まった。
「だって、あんな辺鄙な場所にあったって、誰もあんたの知識を活用できないだろ? このルディアの中心に、新しい『始まりの図書館』を創るんだ。アカデミアの連中も、世界中の学者も、誰もが自由に知識を求められる、新しい知の聖地をな」
「そんな簡単に……」
「いいじゃないですか、ミリス」
アレアが微笑みながら言った。
「記録してばかりではつまらないでしょう。知識というものは、他人に共有してこそ価値がある」
アレアの言葉にミリスはしばらく呆然としていたが、やがて観念したように、一つ大きなため息をついた。
「……好きにしなさいよ。ただ、蔵書の移動はあんたのその便利な力でやりなさいよ。私は指一本動かさないんだから。あと中心に建てるのはやめて、端っこがいい」
その、棘のある承諾の言葉。
それは、このルディアが、もはやただの辺境国家ではない、大陸の新たな「文化」と「知識」の中心地となることを、高らかに告げるファンファーレだった。
歓声が、再び爆発する。
俺は、その歓声の中心で、隣に立つフィオナの手を、今度は民の前で、堂々と握った。
そして、ミナやオルド市長、デリンやリーシャ、全ての仲間たちの笑顔を見渡しながら、心の底から思った。
俺が望んだスローライフは、静かな場所で一人、畑を耕すことだった。
でも、それは間違いだったらしい。
騒々しい女神たちと、最強で最高で、どこか気の抜けた仲間たち、そして、このどうしようもなく温かい民に囲まれて、「ただいま」と言える場所がある。
──これこそが、俺が本当に手に入れたかった、最高の「スローライフ」だ。
「どうだ、初めて見るルディアは」
俺は、それまで無言だったノアに声を掛ける。
「……俺も、ここに住むとかってのは……」
急に声が小さい。
「いいに決まってんだろ」
俺はノアの肩を叩いた。彼は嬉しそうに笑って、
「マジか!? まあ俺も世界を救った英雄の一人だしな、もう帝国の奴隷労働とはおさらばだ」
「前世の記憶を失っても、あんま変わってねえなお前」
「は!? 俺のスキルのおかげであの局面を切り抜けられたのによく言えたな!」
ノアが肘で小突いてくる。
「ごめんごめん、感謝してるよ」
旅のメンバーはゆっくりと、本庁へと歩き出した。
これからのルディアと、これからの世界を考えるために。




