113 半分こ
最後の戦いが終わり、聖地で迎えた朝。
アレアの力によって崩壊しかけていた世界は輝きを取り戻し、生命力に満ちた美しい楽園へと生まれ変わっていた。
仲間たちがまだ、激闘の疲れを癒やすように眠る中、俺は一人、アレアと共に朝日を眺めていた。
「なあアレア、ちょっと試したいことあるんだけどいい?」
俺はおそるおそる、かつてのように「創世の権能」を発動させようとする。だが、以前のように身体の奥から力が湧き上がってくる感覚はない。ただ隣に立つアレアと間に、深い繋がりを感じるだけ。
「当たり前です。その力の『所有権』は、もう私にありますから」
「あー、やっぱりそうなるんだ。……ってことは俺、ただの人間に戻ったってこと? 第三の選択とか言ってたけど……結局二択に収まったのか」
「いえ。所有権は移りましたが、『使用権』は、私達の繋がりの証として残っています。……カイ、イメージを私に送る感覚で、スキルを発動してみてください」
俺は、朝靄に濡れた聖地の一輪の花を思い浮かべる。
そのイメージが、アレアにも流れ込んだようだ。
俺がそっと掌を差し出すと、掌の上に、美しい光の花がふわりと咲いた。
「おお!!」
力は、俺の意志だけでは使えない。アレアとの、二人による共同作業になったのだ。
そして何より、以前のような魂を削られる感覚や、心が冷えていく副作用は、完全に消え去っていた。
「アレアを介して、変わらず創世の権能は使えるってわけか。……なんか、今までのいいとこ取りみたいだな」
「これで、カイの力が暴走することもないでしょう」
半分こになった神様の力。
力が一点に集中せず、分散するのは良いことだ。
──そして何より、俺より遥かに経験豊富なアレアに最終決定権があるのが頼もしい。俺が早とちりでスキルを暴発させることもなくなる。
創世の権能という規格外の力を一人で背負い込むことがなくなり、ようやくスローライフに一歩近づいた気がした。
◇◇◇
俺たちは、聖地の浜辺で待機していたリオンの艦隊へと帰還した。
俺たちが船のタラップを上がったその瞬間。
甲板にいた数十のシレジアの船乗りたちが、それまでの静寂を破り、地鳴りのような大歓声で俺たちを迎えた。
「うおおおおおおおおっ!!! お前ら! カイ様御一行のお帰りだ!!」
「よくぞ、ご無事で……! よくぞ、この世界を守ってくださった!」
屈強な船乗りたちが目に涙を浮かべ、帽子を空に放り投げ、狂喜乱舞している。
リオンが、誇らしげに俺の肩を叩いた。
「ご覧ください、カイ殿。これが、世界からの答えです。私たちが戦っている間、世界は滅亡の恐怖に震え、その運命に抗う英雄への期待に胸を躍らせながら……我々の帰りを待っていたのです。さあ、魔法通信で大陸中に勝利の報告を致しましょう!」
通信士が各国に勝利を伝えると、次々と報告が上がってくる。
「ルディア本庁より緊急通信! アイゼン=ノルド暫定執政官より! 『ジェイル殿は困った置き土産をしてくれたものだが……皇子の遺志、確かに受け取った。必ずやり遂げる』との伝言です!」
「王都グランマリアより! グラード筆頭宰相が『……カイ殿も、アルディナ陛下もよくぞご無事で。民が帰りを心よりお待ちしております』とのことです!」
アルディナは、ジェイルの名代として帝国を任されたアイゼンの言葉に、静かに目を伏せ、亡き若き王を偲んだ。
俺はその光景を前に、自分の戦いが、自分が思っていた以上に、この世界の多くの人々の想いを背負っていたのだと、今更ながらに実感した。
船上は、さながら世界を救った英雄たちを讃える、洋上の大祝賀会と化した。
その歓喜の輪から少し離れた場所で、ユランが船乗りたちから差し出された巨大な樽いっぱいの果物を、夢中になって頬張っていた。
「おお、神獣様は林檎がお好きか!」
「こっちの蜜柑もいかがですかい!」
これまでの戦いでは神々しいまでの威厳を放っていた彼が、今はただの食いしん坊の馬のように、幸せそうに果物を平らげている。そのギャップに、船乗りたちは大喜びだ。
俺がその光景に微笑んでいると、ユランがこちらに気づき、口をモグモグさせながら、一つの真っ赤な林檎を、角で器用にこちらへと転がしてきた。
「……いかがですか、我が主」
その可愛らしい仕草に、俺は思わず吹き出してしまった。
「ああ、もらうよ。ありがとう、ユラン」
俺は差し出された林檎を持ち上げ、ひらひらと振った。
ユランからもらった果実……どんなご馳走よりも、贅沢で、美味しく感じられた。
◇◇◇
祝賀ムードの艦隊は、最後の目的地「始まりの図書館」へと針路を取った。
二人の姉妹を、ミリスに会わせるために。
図書館の扉を開けると、そこには、本の山に埋もれてぐうたらしているミリスの姿があった。
その姿を見た瞬間、これまで一番はしゃいでいたはずのレイナが、ぴたりと動きを止めた。
「……ミリス姉様……」
その声は、いつもの自信に満ちたものではなく、姉に叱られるのを待つ、妹のそれに変わっていた。
ミリスは、面倒くさそうに顔を上げた。
そして、レイナの後ろにはにかむようにして立っている、緑の髪の女性の姿を認めると、その冷静な瞳を、驚きに大きく見開いた。
「……え、はぁ!?」
「……まあ、驚くよね」
ミリスの驚愕によって、アレアの表情が女神から「姉」へと戻った。
「……アレア、姉様……?」
「……ただいま、戻りましたよ。ミリス」
長姉であるアレアが、穏やかに微笑む。
ミリスはしばらく呆然としていたが、やがてふいっと顔をそらし、眼鏡の位置を直しながら、ぶっきらぼうに言った。
「……いや、まさか本当に生き返るなんて思ってなくて……。私の計算だと、成功確率は0,0001%以下だったんだけど……またあんたの仕業ね?」
その素直じゃない言葉。
だが、俺は知っている。あの時の「力を貸せ!」という叫びに、この図書館から、確かに一筋の知の光が送られていたことを。
アレアは全てを悟ったように、優しく微笑んだ。
「……確率だけじゃ説明できないことも、この世にはある。カイとレイナの絆、そして私たちの絆が……その『不可能』を現実へと変えたのでしょう。ミリス、貴方がいなければ、私たちはまた顔を合わせることすらできなかった。ありがとう」
「え? いやべべ別に私は何もしてないけど! ただあの男の子の無茶な計算式に、暇つぶしで便乗してみただけだから! 絆とかどうとか知らないから!」
顔を真っ赤にしながら、早口でまくし立てるミリス。
その、しっかり者でも素直になれない「真ん中っ子」に、アレアとレイナは顔を見合わせ、五百年ぶりに、三人で声を上げて笑い出した。
ミリスの鉄仮面が、完全に崩れ落ちる。
彼女は照れ隠しに眼鏡を外すと、姉の元へと駆け寄った。
「……ごめんなさい、あの時、何もできなくて……」
「いいんだよ、ミリス」
アレアは、泣きじゃくる妹の頭を優しく撫でた。
「ミリスは、自分の役割を誰よりも誠実に果たしてくれた。……ずっと、一人で辛かったでしょう」
「え、なんか私が自分の役割を果たしてないみたいな言い方」
レイナが頬を膨らませた。
「いや、お前は果たせてないだろ。実際俺みたいな化け物生み出してるわけだし」
「ひどい!! 私の最高傑作を……」
「人を作品扱いかよ」
その会話に、またそこら中から笑いが起きた。
500年の時を経て、ようやく再会を果たした三姉妹。
その涙と笑顔に満ちた光景を、俺たちは温かく見守っていた。
俺は、隣に立つフィオナの手を、そっと握った。
彼女は驚いたようにこちらを見たが、すぐに、最高の笑顔で、その手を強く握り返してくれた。
「三柱の女神問題はこれで一件落着、か……」
俺は大きく伸びをして、図書館の埃っぽい空気をめいっぱい吸い込んだ。




