112 君に捧げるスローライフ
「姉様あああああああああああっ!!!」
レイナだった。
彼女は、女神の威厳も何もかもかなぐり捨て、アレアの元へと殺到し、その身体に思いっきり抱きついた。
「会いたかったです……うぅ……! 寂しかったんですからぁああ!」
「れ、レイナ……? く、苦しい……です……。それにあなた、少し太っ……」
「何も変わっておりませんッ!!」
五百年ぶりの再会は、涙と笑いで渋滞していた。
その人間臭い光景に、これまで戦場に張り詰めていた極度の緊張の糸が、ぷつりと切れた。
最初に吹き出したのは、ラズだった。
「ぶはっ……! なんなんだ!? 女神ってのはどいつもこいつも、こんなんばっかなのかよ!」
「おいラズ! 女神様への敬意ってもんが……ぶっ……」
ラズに注意するはずだったシェルカも、堪えきれず吹き出していた。
その会話が、引き金となった。
バルハが、ザルクが、腹を抱えて豪快に笑い出す。
リオンやガランも、肩を震わせている。
張り詰めていた空気が、一気に解けていく。
アレアは改めて俺に向き直ると、俺の魂と繋がったことで、俺が「佐久間遼」として生きてきた人生と、その苦しみ、そして優しさを全て理解した上で、深々と頭を下げた。
「ありがとう、カイ。そして、ごめんなさい、佐久間遼。私の力が、貴方に重すぎる運命を背負わせてしまいました」
妹がこれ以上苦しまないように怒るミリスと、妹に代わって頭を下げるアレア。愛の形はそれぞれだが……やっぱり大切にされてるじゃないか、レイナ。
「あんたのおかげで、俺は最高の仲間たちと出会えた。だから、感謝してるくらいだよ」
俺たちの間に流れる、穏やかな空気。
その光景を、フィオナが少しだけ寂しそうに、しかしどこか誇らしげな笑みを浮かべて遠くから見つめていた。
「……ふふ。貴殿はやはり……女神に愛される運命にあるようだな」
そのつぶやきに、俺は気づいた。
女神たちに一言断ると、まっすぐに彼女の元へと歩み寄る。
「ああ、全くだ。どう頑張っても、女神からは逃げられない人生らしい」
俺は彼女の目を見つめ、真剣な声で言った。
そして、その手を優しく握る。
……そうだ。もう、素直になっていいんだ。還し手との戦いが終わるまでは、決して口に出さないようにしていたこの想いを……伝えていいんだ。
「……でも、フィオナ。あいつらは、俺の心と繋がることはできても……俺の心を、奪うことはできない」
「俺の心を奪えるのは、この世界でたった一人。──フィオナ、君だけみたいだ」
それは、俺がこれまでの人生で口にした、最も不器用で、最も真っ直ぐな愛の告白だった。
フィオナの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「……馬鹿者。……言うのが、遅い……」
彼女は、俺の胸に、その身を預けた。
その瞬間、背後から野太い歓声と、盛大な拍手が沸き起こった。
「ヒューヒュー! やるじゃねぇか、旦那ァ!」
「見事だ、カイ殿! それこそが王の器よ!」
ラズが囃し立て、バルハが豪快に笑う。
……ウザすぎる。
フィオナは、真っ赤になって顔をうずめた。
「……二人の女神に愛されながらだなんて、貴殿は本当に……大した浮気者だ」
俺は、そう言う彼女を、力強く抱きしめた。
その、祝福の輪から少し離れた場所で、一人の男が、静かにその光景を見つめていた。
ノアだった。
気まずいのか、少し仲間たちから距離を置いているようだ。
彼は俺の元へと歩み寄ると、不器用に拳を突き出した。
「……お前にベットして、正解だったぜ。カイ」
俺も、最高の笑顔で、その拳に自分の拳を突き合わせた。
「ああ。ありがとよ、ノア」
その瞬間、リオンが感極まったように大声で叫んだ。
「さっすがカイ殿!!! いや、私は元から、貴方が世界を救い、最高の伴侶を得ることも、全て信じておりましたとも! ええ、ええ、全て私の計算通りです!!」
その、あまりの調子の良さに、全員が爆笑する。
世界の危機は去り、全ての謎は解き明かされ、そして、一つの恋が成就した。
これから始まるのは、世界の平和を守りながらも、ちょっと騒がしい女神たちと、最愛の人と、最高の仲間たちに囲まれた、騒々しくも愛おしい日々。
それこそが、俺がようやく手に入れた、真の「スローライフ」。
聖地に昇る新しい朝日が、俺たちの輝かしい未来を祝福するように、世界を照らし出していた。
リアクションや感想が増えており、とても嬉しいです!
完結も近いですが、今後ともよろしくお願いいたします!




