111 君の名のスローライフ
教祖は消滅した。
だが、暴走した儀式は止まらない。
聖地が、そして世界が、本当の崩壊を始める。大地は裂け、空は赤黒く染まり、次元の亀裂から「無」が溢れ出してくる。
仲間たちは、その終末の光景を前に、なすすべなく立ち尽くしていた。
「……ここまでか。……ゴウラン、グレン、ジェイル、すまぬ……」
バルハが天を仰ぎ、散っていった友の名を叫ぶ。
「ひでぇ結末だな、こりゃ」
ザルクは拳を握りしめ、後ろに倒れ込んだ。
「……ハハッ。腕一本賭けたってのに……ついてねえな、俺の人生は……」
ラズが力なく笑い、地面に座り込む。
「カイ……! カイ、どこだ! 最後に、もう一度……!」
フィオナが涙ながらに、瓦礫の中を彷徨う。
「……私は、最後まで主のそばに……!」
ユランが真っ直ぐな目で俺の隣に立つ。
そして、レイナ。運命を司る女神は、自らが紡ぎ出してしまった最悪の運命を前に、全ての力を失い、ただ泣き崩れていた。
「こんな……はずじゃ……! こんな結末のために、私は……! ごめんなさい、アレア姉様、ミリス姉様……ごめんなさい、カイ様……!」
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、ただ一人、呆れたように空を見上げている男がいた。ノアだ。
「……おいおい、マジかよ。……なあ、カイ。とんだクソゲー掴ませやがって。……で、どうすんだよ、これ……」
儀式の中心で、俺の魂は、暴走するアレアの力の奔流に飲み込まれようとしていた。
意識が、消える。
何もかもが、終わる。
その、完全な無に包まれた瞬間だった。
俺の魂の奥底から、いくつもの声が溢れ出してきた。
忘れてはいけないもの。聞こえないふりをしては、いけない言葉たち──。
『カイ、おかえり!』
『村を……頼んだぞ……』
『僕……役に、立てましたか……?』
『これからもよろしくな、旦那!』
『……最後に、友ができて、よかった……』
ミナの声。グレイさんの声。トモの声。ラズの声。ジェイルの声。
『大事なのは、転ばないことじゃないの。転んだ後に、ちゃんと痛いって泣いて、また立ち上がることなんだから』
『完璧なヒーローより、一緒に悩んでくれるただの男の子のほうが、ずっとカッコいいのに』
母さんの声。初恋の人の声。
そして──。
『弱いところを見せてくれて、ありがとう。……そんなあなたこそ、私にとって、愛おしくてたまらない、佐久間遼なのだ』
フィオナの声。
……そうだ。
俺が「神に等しい力」を持っているのは、この、誰もが絶望に心を支配され、諦めがつくような状況を無理やりねじ曲げるためじゃないのか。
ここで俺も諦めて、力を出し惜しみして、仲間たちと心中するのが、本当に幸せだと思ってんのか!?
俺の目指してきたスローライフがこれで終わりって、本当にそれでいいと思ってんのか!?
「──ふざけんなッ!!」
俺は、魂の底から絶叫した。
ミリスが、星詠導師が提示した残酷な二択への、最後の反逆を。
「俺は、佐久間遼を捨てる気も、カイ=アークフェルドの心を失う気もねぇ! あと、アレア! あんたを、これ以上一人で苦しませる気もねぇんだよ!!」
俺は、二人の女神に呼びかけた。
「力を貸してくれ、ミリス! レイナ!」
「アレアを復活させるんじゃない! 俺と、『繋げる』んだ!!」
その、あまりに傲慢で、非現実的で、自己中な願い。
それに、二人の女神が応えた。
図書館から、ミリスの知の光が。
泣き崩れていたレイナから、最後の運命の糸が。
そして、俺自身の創世の権能の全てが、一つに束ねられていく。
「──第三の選択だ!!」
俺は、暴走するアレアの魂の奔流を、逃げることなく、その身で真正面から抱きしめた。
破壊ではない。支配でもない。
ただ、理解するために。共に、歩むために。
《……あ……》
その瞬間、俺の意識の中に初めて、優しくて、温かい女神の声が響き渡った。
《あなたが、私を……?》
《ああ。あんたが一人で背負ってきたもの、これからは俺も半分持つ。だから、もう、大丈夫だ》
俺の魂と、アレアの魂が、レイナの運命の糸によって、固く、優しく結ばれていく。
禍々しい紫色の光は、完全に消え去った。
代わりに、聖地全体を、朝日が昇るかのような、どこまでも温かい、黄金の光が満たしていく。
世界の崩壊は止まり、枯れ果てていた聖地の草木は一斉に芽吹き始めた。
時間が再び、動き始めたのだ。
光が収まった時、俺はそびえ立つ世界樹の目の前に座り込んでいた。
周りには、疲れと困惑の混じった表情した仲間たちがいる。
「カイ……?」
フィオナが、目を丸くしてこちらを見つめる。
彼女はすぐにこちらへ駆け寄ろうとしたが、俺は手を前に出して制止した。
「ストップ」
「え……?」
「身体ボロボロなんだから、急に動いたら痛いだろ」
今度は、俺の方からフィオナのもとへ歩み寄った。
そっと、抱きしめる。
「……世界は、崩壊しなかったのか……?」
ガランが呟く。
「……ああ。そうらしい」
ザルクが、ニヤリと笑いながら言った。
全員が喜びを分かち合い、抱きしめ合う。
「……おい旦那、あれ……」
「ん?」
ラズが指差す方に目を向けると、祭壇の上には、少し照れたように、はにかんで微笑む、緑の髪の女性──アレアが、実体化して立っていた。
「……ありがとう。私の想いを、忘れずにいてくれて」
彼女は、五百年の孤独な眠りから、ついに目を覚ましたのだ。
俺は、彼女の元へ走り、その小さな手を優しく握った。
「ああ。──おかえり、アレア」
その歴史的な光景を、仲間たちは息を呑んで見つめていた。
だが、その荘厳な静寂を、一つの絶叫が粉々に打ち砕いた。
「姉様あああああああああああっ!!!」




