110 光と影の狂想曲
俺たちの反撃は、あまりに脆いものだった。
英雄たちの魂の輝きも、聖地の力を完全に掌握した教祖の前では、消えかけの灯火に過ぎなかった。
バルハの爪は砕かれ、フィオナの剣は地に落ち、俺の魔力もまた、砂漠の砂が風に攫われるように尽きようとしていた。
仲間たちが、次々と地面に崩れ落ちていく。
壊滅寸前。
教祖は倒れた俺たちにとどめを刺すべく、聖地全体を巻き込むほどの、最大級の「消滅の呪い」を練り上げ始めた。空が、夜よりも暗く染まっていく。
誰もが、死を覚悟した。
創世の権能をフル活用して……いや、もはやそんな次元の状況ではない。
その絶望的な沈黙を破ったのは、これまで後方で静かに仲間を支援していたジェイルの声だった。
「──させてたまるか……!」
彼は自らの胸に手を当て、静かに目を閉じた。その顔には、もはや恐怖も、後悔もない。ただ、自らの役割と悟った、王としての静謐な覚悟だけがあった。
「……俺の友の未来を、貴様のような亡霊に、奪わせてなるものか!」
彼の身体から、凄まじい魔力のオーラが噴き出した。
自らの命と魂のすべてを、一瞬の破壊力へと変換する、禁忌の贖罪魔法。
「ジェイル! やめろ! お前の償いは、そんなんじゃねぇだろ!」
命をかけて償う。俺が否定した生き方を、ジェイルがしようとしている。
お前は生きて、帝国を立て直すことでその罪を償うんじゃなかったのか。
「……もう、誰も死なないでくれ!」
俺は、喉が潰れるほどに叫んだ。
だが、ジェイルは俺に向かって最後に一度だけ、穏やかに、そして心の底から晴れやかに微笑んだ。
「──カイ。貴公と出会えて……最後に、友ができて、良かった。……これが、俺にできる、最後の償いだ」
その穏やかな笑顔を見て、止めることなど出来なかった。
次の瞬間、彼の身体は一つの紅蓮の槍と化し、教祖が放とうとしていた消滅の呪いと、正面から激突した。
轟音。閃光。
聖地全体が、二つの神の御業の激突に激しく震える。
やがて光が収まった時、教祖は深手を負い、大きく後退していた。
だがその代償として、ジェイル=イゼルは口から血を流して倒れていた。
「ジェイル!!!」
俺はすぐにジェイルに駆け寄った。
口元を動かして、何かを伝えようとしている。
俺は、彼の口元に耳を近づけた。
「……帝国を……」
「帝国を?」
「帝国を、アイゼン=ノルドに託してくれ……」
アイゼン。彼は死の間際で、バルディア帝国の最高指導者を任命したのだ。それも、かつては敵対していた王都グランマリア出身の彼を。
帝国の立て直しを頼むと言ったら、アイゼンは間違いなくしかめっ面になるだろう。ただ、確かに彼ならやり遂げてくれる気がした。
「……わかったよ」
俺がそう答えると、ジェイルは微笑み、目を閉じた。
……心臓の鼓動が、止まった。
「……ジェイル……」
友の死。
そのどうしようもない事実が、またしても俺の闘志を打ち砕く。
俺の心が絶望に染まりかけた、その瞬間だった。
教祖の背後から、一つの影が音もなく姿を現した。
「……ギリギリ間に合ったみてぇだな!!」
ノアだった。
彼は消耗しきった俺の無様な姿を一瞥すると、心底呆れ果てたように、どこか必死な形相で絶叫した。
「おいおい、お前、何やってんだよ! お前前世に続けて、今世でもそんな無様な死に方するつもりか!? ったく、つくづく救いようのねぇ魂だな!!」
「……ノア……!?」
か細い声で、俺は彼の名を呼んだ。
ノアは俺の前に立つと、その掌を俺の胸に当てる。彼のスキル「等価交換」が、禍々しくも力強い光を放った。
「俺の前世の記憶と引き換えに、お前のスキルを今この瞬間だけ、極限まで強化する」
「お前……何やってんだ!! やめろ! それは、お前が『橘圭吾』だった唯一の証だろ! そんな大事なものを……!」
俺の激昂に、ノアは初めて、穏やかな、吹っ切れたような笑みを浮かべた。
「……俺の記憶なんざ、今の俺にとってはただの足枷でしかねえからな。……決めたぜ、佐久間。俺は、お前にベットする」
スキルが発動する。
ノアの瞳から、前世の「勝ち組」としての傲慢な光が消え、代わりに、この世界で生き抜いてきた「ノア」としての、純粋な闘志だけが宿った。
同時に、俺の身体に、これまでとは比較にならないほどの膨大な力が流れ込んでくる。「創世の権能」が、一時的に神の領域へとブーストされたのだ。
光と影。
俺と、もう一人の転生者。
俺たちの、最後の共闘が始まった。
「先に言っとくが……俺はお前に勝ってほしいわけじゃねぇ。ただ、還し手に世界を崩壊させられるよりはマシだと思ってるだけだ」
「そう思ってくれてるだけで十分さ」
俺は笑ってみせた。
「──行くぞ、橘!」
「あぁ? 俺の名前はノアだよ! 来い、佐久間!!」
俺が創造した光の足場を、ノアが音速で駆け抜ける。
教祖が放つ呪いの弾幕を、ノアが「等価交換」で吸収し、その力を俺が「創世の権能」で聖なる槍へと再構築し、撃ち返す。
ジェイルの犠牲によって生まれた、ほんのわずかな好機。
それを、俺とノアは一瞬たりとも無駄にしなかった。
二つの全く異なるスキルがこの瞬間だけ、完璧にシンクロしていた。
「ユラン! まだいけるか!?」
「当然です」
俺はユランに乗り、教祖の元へ突撃した。
「岩礫弾!!」
教祖の脳天を、撃ち抜いた。
教祖はその予測不可能な連携の前に、完全に翻弄され、ついにその場に膝をついた。
「馬鹿な……! そんな馬鹿げた能力に、私の秘術が……」
……死んでない、だと……?
俺とノアは、とどめを刺すべく最後の力を練り上げる。
「……見事だ。人の子らよ。だが、もう遅い!」
彼は自らの心臓を抉り出し、それを最後の贄として祭壇に捧げた。
死なばもろとも。最後の儀式。
アレアの神核が暴走を開始し、聖地が、そして世界が、本当の崩壊を始める。
アレアの不完全な復活が、始まってしまったのだ。
「儀式さえ始まればこちらのものだ……お前はここにいるだけで、女神再誕の贄となる!!」




