表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない  作者: 葉泪 秋
聖地決戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/120

109 英雄のいない世界

 俺たちの身体は、すでに限界だった。二人の英雄を失い、仲間は傷つき、疲弊しきっている。俺の心もまた、深い喪失感で軋んだ。

 これが、奴の狙いだったのだ。俺たちの心を、体を、極限まですり減らすことこそが。


「……よく、ここまでたどり着いた」


 教祖は、武器を構える俺たちを前にしても、少しも動じなかった。

 その穏やかな瞳は、敵意ではなく、まるで巡礼者を迎えるかのような深い慈愛に満ちていた。


「見事だ。カイ=アークフェルド。そして、古き王たちよ。貴方たちは、その存在価値を、十二分に証明してみせた。……もはや、貴方たちを『不純』などとは言うまい」


 その、曲がった称賛の言葉。

 俺たちは戸惑い、剣を握る手に力がこもる。


「……何を企んでいる?」

「企みなど、何もない」


 教祖は、ゆっくりと首を振った。


「私はただ、これから始める世界の真の再生を、貴方たちにも見届けてほしいだけだ。……貴方たちは、その資格を得たのだから」

「再生だと?」

「そうだ。貴方が築いた、ルディアという奇跡の街。確かに、素晴らしいものだ。だが、貴方という不完全な神が、人間の自由意志を肯定したまま創り上げた、あまりに脆い砂上の楼閣に過ぎない」


 教祖は、静かに続ける。


「貴方が行きている限り、その平和は続くだろう。だが、貴方が死ねば? あるいは、貴方が心を失い、ただの現象と化せば? 残された人間たちは、再びその自由意志という名の欲望を暴走させ、必ずや第二の『大崩壊』を招く。それこそが、人の持つ、避けられぬ業なのだ」


 その、歪んでいるが、否定しきれない論理。

 俺は反論の言葉を見つけられなかった。

 俺がいなくなれば、本当に、この平和は続くのだろうか。


「だからこそ、必要なのだ。不完全な英雄による一時的な平和ではない。人間から『過ちを犯す自由』そのものを奪い去る、完璧な神による、永遠の管理が」


 教祖は、杖を掲げた。

 

「見なさい。貴方一人が礎となり、我らが女神アレアが『完璧な救済神』として再誕した、未来の世界の姿を」


 それは、人々が争わず、飢えることもない、完璧な調和の世界。しかし、そこにいる人々の顔には、喜びも悲しみも浮かんでいない。ただ、穏やかな、人形のような表情をしているだけ。


「貴方が愛した街は皆、苦しみから解放され、永遠に保証された幸福の中で生き続ける。……これ以上に、気高い自己犠牲があるかね?」


 そうだ。

 美しい、結末なのかもしれない。

 俺一人が犠牲になれば、世界は永遠に平和になる。仲間たちの死も、明確に意味を持つ。

 もう、誰も傷つかない。誰も悲しまない。

 俺は、握っていた剣を手放しかけた。


「──ダメだッ!!!」


 その、魂の叫びを発したのはフィオナだった。

 彼女は、ボロボロの身体を引きずりながら俺の前に立ちはだかり、腕を掴んだ。


「……聞くな、カイ! そいつの言葉に、耳を貸すな!!」

「フィオナ……」

「たとえ、世界が永遠の平和を得ようが、そこに貴殿がいないのなら、そんなものに何の意味もない! 私は、そんな世界など望まない!」


 フィオナの叫びが、引き金となる。


「そうだぜ、旦那!」


 ラズがいち早く乗っかり、叫ぶ。


「旦那のいない世界で飲む酒なんざ、ただの苦い水だ! 俺は、てめえと馬鹿話しながら飲む酒が好きなんだよ!」

「我らが友の魂を、貴様の物語の部品になどさせてたまるか!」


 バルハの咆哮が、聖地に響き渡る。


「主が去れば、私は生きる意味を失います。私の角は、主だけのためにありますから」

 

 ユランが冷静な声で言った。

 ジェイルまでもが、絞り出すように、確かな意志を持って言った。


「……俺は、あいつに教わったんだ。間違えても、やり直せるということを。あいつがいない世界で、俺が何をやり直せるというのだ……!」


 王たちが、仲間たちが、次々と声を上げる。

 それは、俺に「行くな」「死ぬな」と叫ぶ、必死の魂の叫びだった。

 その、あまりに真っ直ぐで温かい言葉。

 それが、俺の心の最後の壁を打ち砕いた。

 そうだ。俺が守りたかったのは、俺のいない「完璧な世界」じゃない。

 不完全で、手のかかる、この仲間たちと共に生きる「今」なんだ。

 

 俺は仲間たちに向かって振り返り、涙を堪えながら、最高の笑顔で言ってみせた。

   

「……馬鹿野郎どもが。……聞こえてるぜ、全部」


「……よく考えたらよ、俺、前世でも自己犠牲で身体壊して死んでんだよな。転生したとき、やっと『自分の人生』を生きられるって思った。誰かに急かされない生活ができると思った。それでいつしか、生きる意味とまで言えるような仲間が出来た。……世界の皆には悪いけど、世界なんかのために、この人生を捨てるわけにはいかない……かな。よくよく考えたら俺、世界救うために転生したわけでもないし。おせっかいで、過保護な女神のせいで救う羽目になっただけだし」


 等身大で、わがままで、英雄らしさなど捨て切った言葉に、仲間たちは見たこともないほど目を輝かせていた。

 

「……そういう旦那を待ってたんだぜ、俺たちは」


 ラズが涙を拭って言った。


「……愚かな。なぜ、美しい物語を拒む……」


 教祖は、その光景を前に、始めて表情を歪ませた。

 俺は、教祖に向き直った。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ……女神の完璧な再誕だの、永遠の平和だの、胡散臭えんだよあんた。やっぱりカルト集団の教祖ってそういう洗脳が得意なの?」

「アレアが完璧に再誕する可能性の方が低いだろ普通に」

  

 俺の言葉に、真っ先にジェイルが同意した。


「あと、完璧な世界とか俺に見せてきたけど、いくらでもあんな幻影作れるだろ。っていうか……俺がいなくなった後の世界じゃなくて、俺がいなくなった後の『こいつら』を見せろよ」


 俺は仲間たちを指さして言った。


「世界よりも、よっぽど重要なものがあるんだから。俺はルディアと、仲間たちを守れたらいい。それだけだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ