108 猛将の誇り
グレンが光となって消えた傷跡は、俺たちの心に深く刻み込まれていた。
悲しんでいる暇はない。
彼の犠牲を無駄にしないために、俺たちは前を向くしかなかった。
「行くぞ、お前ら! これが、本当の最後の戦いだ!」
俺の絶叫を合図に、俺たちは祭壇へと続く最後の道を駆け上がった。
教祖の周囲には、これまで俺たちが打ち破ってきた、還し手の幹部たちの亡霊が、禍々しいオーラをまとって立ちはだかる。
幻術師、暗殺者、そして、あの神殿で俺たちを追い詰めた鳥の仮面の神官。
「……面白い。死してなお、我らが女神のために戦うか。感心なことだ」
教祖は、高みから俺たちを見下ろし、静かに告げた。
「だが、時すでに遅し。儀式は、もはや誰にも止められぬ。貴様らは、ここで自らが犯した罪の重さを知りながら、朽ち果てるがいい」
彼が杖を掲げると、アレアの神核が、不気味な脈動を始める。
聖地全体が共鳴し、空間そのものが悲鳴を上げているかのようだ。
まずい、儀式が完成すれば、本当に世界が終わる!
「――道を開けろォッ!!」
最初に動いたのは、バルハとザルクだった。
二人の猛攻が、亡霊たちに叩き込まれる。だが、物理攻撃は、その半透明の身体をすり抜けてしまう。
「くそっ、実体がないのか!」
「ならば……我が炎で焼き尽くしてくれるわ!」
ジェイルの放った業火が、亡霊たちを包み込む。
だが、亡霊たちは炎の中でもがき苦しみながらも、消滅するには至らない。
「カイ様! 彼らは、この聖地の力によって、無限に再生します! 核である教祖を直接叩かなければ……!」
レイナの悲痛な声。
だが、その教祖へと至る道は、不死の亡霊たちによって完全に塞がれていた。
その絶望的な状況を、ただ一人、静かに見つめていた男がいた。
ゴウランだった。
彼は、自らが愛用していた巨大な戦斧を静かに地面に突き立てた。
「……バルハ族長」
「なんだ、ゴウラン」
「……我が、生涯最後のわがままを、お聞き届けくだされ」
その、あまりに穏やかな声。
バルハは、全てを悟った。
「……許さん」
「……いえ。これは、私自身の、戦いです」
ゴウランは、振り返った。
その顔には、死への恐怖など微塵もない。ただ、自らの役目を果たしきる、猛将としての誇りだけがあった。
彼は、砕け散ったグレンの盾の幻影を、その胸に見ていた。
「グレン殿が、その身を賭して、我らの『盾』となった。ならば、この膠着した戦況を打ち破る、最後の『矛』となるのが、この私の役目!」
彼は、ゆっくりと敵陣の中心へと歩き始めた。
「ゴウラン! やめろ!」
俺が叫ぶ。
だが、彼は、ただ一度だけ、俺たちに向かって振り返ると、不器用な、最高の笑顔を見せた。
「行け、カイ殿。友を……我らが未来を、頼んだぞ」
次の瞬間、彼の熊のような巨躯から、凄まじい闘気のオーラが噴き出した。
それは、自らの生命そのものを、一瞬の破壊力へと変換する、獣人族に伝わる奥義。
「──うおおおおおおおおおっ!!」
ゴウランの身体が、一つの巨大な太陽のように、灼熱の輝きを放つ。
彼は、その光の塊となって、亡霊の軍勢の中心へと、突撃した。
轟音。
閃光。
聖地全体を揺るがすほどの、壮絶な自爆。
不死のはずだった亡霊たちは、その魂ごと燃え尽き、跡形もなく消滅していった。
静寂が戻った。
後には、教祖へと続く、一本の道だけが、残されていた。
そして、ゴウランが立っていた場所には、彼の魂の証であるかのように、ひび割れた戦斧だけが突き立っていた。
「……ゴウラン……ッ!」
バルハの慟哭が響き渡る。
また、失った。
また、守れなかった。
俺の心は、もはや悲しみで張り裂けそうだった。
だが、下を向いている暇はない。
ゴウランが、その命と引き換えに創ってくれたこの道を、俺たちは進むしかないのだ。
「……行こう」
俺は涙を拭い、仲間たちに告げた。
「グレンの覚悟も、ゴウランの覚悟も、絶対に無駄にするな。あと……お前らの命も、無駄にするな。自己犠牲の精神は非情に気高く、美しいものだが……俺は、悲しいんだ。もう、仲間を失いたくない」
俺たちは悲しみを闘志に変え、祭壇の上で不遜に笑う教祖の元へと駆け上がった。




