105 悪夢の終わり
「──運命の天秤よ、その者の幸運を、全て奪いなさい!」
レイナが、神官に向かって手をかざす。
彼の顔に、初めて焦りの顔が浮かぶ。
「小賢しい真似を……! だが、私に物理攻撃は通じん!」
神官の周囲に、強力な魔法障壁が展開される。
だが、その障壁さえも鼻で笑う奴がいた。
「へえ、面白いおもちゃね。──でもその術式、構造が丸見えよ」
リラだ。
彼女はあくびを一つすると、杖の先で軽く空間をなぞる。
「はい、解除」
バリンと軽い音を立てて、神官が誇った魔力障壁はあっけなく砕け散った。
天才解析魔術師の前では、いかなる結界も、ただの子どもの遊びに過ぎない。
「なっ……!?」
「──隙ありだ、くたばれ外道!!!」
がら空きになった神官の懐に、二つの影が嵐のように殺到した。
バルハと、ザルク。
二つの重戦車が、幻術を見せられた怒りをその拳と爪に込めて叩きつける。
「ぐおおおおおおっ!!」
神官の身体が、まるで紙細工のように吹き飛ばされた。
だが、彼はまだ倒れない。懐から取り出した黒い水晶を掲げ、森の木々を禍々しい生命体へと変貌させていく。
「──森羅万象よ、我が盾となれ!」
無数の木の蔓が生き物のようにうねり、俺たちを拘束しようと襲いかかってくる。
その、絶望的な物量の壁。
「あぁそれ、俺もできるから」
俺は創世の権能を使い、全ての蔓の動きを完全に停止させた。創世の権能はスキルの中でも最上位なので、神官の能力で上書きすることもできないはずだ。
「なっ……!」
神官の顔が青ざめる。
「──森を、舐めるなよ」
二人の森の王者──シェルカとガランが、同時に矢を放つ。
その矢は的確に神官の両腕を射抜き、奴は悲鳴を上げた。
その好機を、ジェイルが見逃さなかった。
「燃え尽きろ、偽りの命よ!」
彼の手から放たれた業火が、神官の杖を焼き尽くしていく。
そして、その炎の中から、二人の騎士が躍り出た。
「仲間たちの心を弄んだ罪、その身で償え!」
「騎士の名において……」
「フィオナ=リースの名において……」
「「断罪する!!!」」
フィオナの神速の剣閃と、グレンの山をも砕く重い一撃が、神官に叩き込まれる。
もはや、勝敗は決していた。
俺たちの完璧な連携。それは俺らの技術と信頼が結びついた、一つの最高到達点だった。
「……なぜだ……なぜ、私の完璧な幻術が……救済が、通じない……」
神官は地面に這いつくばり、血を吐きながら呟いた。
俺はゆっくりと、彼の目の前に立った。
そして、その問いに答えてやる。
「お前の見せた幸福な夢は、確かに甘くて、居心地が良かった。俺らの求める桃源郷のようだったよ」
「……」
「でも、俺たちの絆はそんな薄っぺらいもんじゃねぇんだ」
俺はラズと視線を交わした。
傷つき、疲れ果て、それでも互いを信じて、ここに立っている、最高の仲間たちがいる。
「まぁ……確かに嫌なことも多いけど、この世界だって前世の俺にとっては『夢みたいな世界』なんだぜ。前世の俺の夢を叶えてる最中だってのに、今の俺が甘い夢を見てたら、佐久間遼に合わせる顔がないだろ?」
「それが、俺の答えだよ」
神官は、大きく目を見開いた。
自らの敗北をようやく悟ったのだろう。
「──お前には聞きたいことが山ほどある。大人しく、俺たちと来てもらうぜ」
俺がラズに合図を送ったその瞬間。
神官の身体が黒い炎に包まれた。
「おい何してんだジェイル!」
「俺じゃねぇって!」
「口封じ、だろうな」
アルディナが、悔しそうに呟く。
神官は自らの身体が焼かれていく苦痛の中、最期に、狂ったように笑った。
「無駄だ……カイ=アークフェルド……。お前たちが聖地にたどり着いた時、教祖様が、この世界の全てを……真の姿に、還してくださる……」
その言葉を最後に、彼は塵となって消滅した。
俺は、仲間たちに向かって静かに言った。
「……行こう」
皆が頷き、俺たちは再び馬に乗って駆け始める。
「あの発言からして、還し手も聖地の場所は掴んでるっぽいよね」
シェルカが思い出したように言った
「ああ、掴んでいるはずだ。我々よりも先にたどり着いている可能性もある」
本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。