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103 獣王と狂戦士

 三十秒。

 それは、永遠にも一瞬にも感じられる時間だった。

 グレンの盾が軋み、フィオナの剣が悲鳴を上げる。アルディナの額からは、支援魔法を維持するための汗が滝のように流れていた。運動不足のオッサンにはきつかったか……申し訳ないぜ陛下。

 絶望的な防衛戦。

 だが、彼らの瞳から光は消えない。

 ただ、背後にいる俺の言葉を、その瞬間を、信じて。


「──今だッ!!!」

 

 ルオのくしゃみを合図に、俺は叫んだ。 

 その瞬間、膠着していた戦場が、爆発した。


「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 これまで防衛戦の後方で力を溜めていた二つの影が、獣の咆哮と共に飛び出した。

 バルハと、ザルク。

 トウラの王、ルディアの狂戦士。

 その二人の身体を、レイナが放つ金色の強化魔法のオーラが包み込む。


「魔獣兵団……準備体操にちょうどいい相手だ!!」

「どっちが先に敵将の首を獲るか、競争と行こうぜ、族長!!」


 バルハの爪が、魔獣の鋼鉄の装甲を豆腐のように切り裂く。

 ザルクの戦斧は大地を叩き割り、その衝撃波で数体の魔獣を宙に吹き飛ばす。

 やっぱり魔法を扱う相手のいない物理戦闘では、彼らの右に出る者はいない。

 正面に陣取っていた三百の魔獣兵団は、シェルカ、ラズ、ゴウランの援護の甲斐もあり、わずか数十秒で蹂躙され、壊滅した。

 だが、本当の地獄は、崖の上にいる弓兵たちだ。


「馬鹿な!? 正面部隊が、一瞬で……!」

「構わん、射て!! あの三人を谷底に沈めろ!!」


 再び、黒い矢の雨が降り注ぐ。

 その時、彼らは気づいていなかった。

 自分たちの頭上に、もう一つの死神が迫っていることに。


「──お前らの相手は、こっちだぜ」


 ユランの背にまたがり、空を駆けた俺は崖の上の敵本陣を、完全に見下ろしていた。

 神獣の降臨に、還し手の兵士たちが狼狽する。


「なっ……神獣!?」

「なぜ、空に……!?」

「全軍、対空迎撃! 絶対にあいつを近づけるな!」


 数百の矢が、俺たちに向かって放たれる。

 だがその全ては、俺に届く前に、不可視の壁に阻まれて霧散した。俺の周囲に展開された、風の結界。レイナの支援魔法だ。


「悪いな。空は俺たちの独壇場なんだよ」


 俺は、創世の権能を解放した。

 だが、それは天変地異を起こすための大技ではない。

 もっと効率的で残忍な、殲滅のためのスキル。

 大技ばっか撃ってたらすぐに疲れるからな……コストパフォーマンスも大事だぜ。


「──喰らいやがれ! 岩礫弾(ロックバレット)!」


 俺が手をかざすと、崖の地面そのものが、無数の拳大の弾丸へと姿を変え、宙に浮かび上がった。

 そして、次の瞬間。

 数百、数千の石の弾丸がマシンガンのような掃射速度で、還し手の弓兵部隊へと襲いかかった。

 

 ドドドドドドドドッ!!


 悲鳴を上げる暇すら与えない。

 石の弾丸は、兵士たちの粗末は鎧を紙のように貫き、蜂の巣に変えていく。


「ひ、ひいいいっ! 化け物め!」

「退け! 退却だ!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う兵士たち。

 

「一方的にちょっかい出してきやがって、逃がすわけねえだろ! 泥濘の沼(クレイプール)!」

 

 俺が指を鳴らすと、彼らの足元が、一瞬にして底なしの泥沼へと変わった。

 兵士たちは次々と足を取られ、動きを完全に封じられる。


「どうだ……出ようと動けば動くほど身体は沈んでくぞ!」


 俺は高笑いをしながら岩礫弾を撃ち続けた。

 

「さあ、狩りの時間だぞ」


 そこへ、谷底から崖を駆け上がってきたシェルカとガランの追撃の矢が突き刺さる。

 完璧に計画された、一方的な蹂躙。


 敵の指揮官らしき男が最後の力を振り絞り、俺に向かって禍々しい呪いの魔法を放ってきた。

 だが、俺は避けない。

 

「ユラン」

「──御意」


 ユランの角から放たれた聖なる光線が、呪いの魔法が俺に触れる前に霧散させ、そのまま指揮官の身体を貫いた。

 男は断末魔すら上げることなく、光の粒子となって消滅した。


 静寂が戻った。

 崖の上には、もう立っているものは一人もいない。

 俺は、眼下に広がる勝利の光景を見下ろし、仲間たちの元へと降り立った。

 誰もが傷つき、疲弊していた。だが、その顔には、絶望的な状況を覆した、確かな達成感が浮かんでいた。


「……やった、のか……?」


 フィオナが、信じられないといった表情で顔で呟く。

 俺は彼女の肩をポンと叩き、ニヤリと笑った。


「三十秒稼いでくれればいいって言ったろ?」

「まさか本当に壊滅させるとは……」

「なに、俺の力を信用してないって?」

「そ、そんなことはないが……」


「族長、あんたすげえよ!」

「ザルク殿も、人間とは思えぬ怪力。あっぱれだ」

 

 特攻隊長二人は互いを称え合っている。

 そんな中、リラの表情は曇っていた。


「この谷の先に、『賢者の森』がある。あそこは暗いし狭いし、この谷と同じく待ち伏せには最適な場所よ。どうせあそこにも敵は潜んでる」


 俺たちの顔から、勝利の笑みが消えた。

 そうだ。戦いは、まだ始まったばかりだ。


「よし、多数決を取る。ここで一晩休息をとってから向かうか、今すぐに向かうか」

「……休息が欲しい人!」


 誰一人として手を挙げなかった。なんというタフさ。



「よし、じゃあすぐに森へ向かうぞ。フィオナとグレンは疲労が激しいだろうから、次の戦闘では最前線に立たないように」

「大丈夫だ。まだ動ける」


 グレンは涼しい顔で言った。やせ我慢ではなく、本当に大丈夫そうなのが恐ろしい。


「私もまだ動ける。貴殿のためなら」


 フィオナは額の汗を拭いながら微笑んだ。

 

「じゃあ、次も総力戦だ。みんな気を抜くなよ!」


「旦那絶対照れてるよなあれ……」

「だよねー」


 ラズとシェルカのひそひそ話が聞こえてきた。


「お前らうるせぇ!!!」

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