101 王たちの誓い
始まりの図書館を後にした俺たちの間には、鉛のように重い沈黙が満ちていた。
ミリスが告げた、世界の真実。アレアの悲劇。そして、カイに突きつけられた残酷な二つの未来。
誰もがその情報の重さに打ちのめされ、かけるべき言葉を見つけ出せずにいた。
特に、レイナの憔悴はひどかった。姉に叱責され、自らが犯した罪の重さを突きつけられた彼女は、女神の威厳を完全に失い、ただ俯いてカイの後ろをついていくだけだった。
その夜。
湖畔で張った野営の焚き火を囲んでいたのは、カイを除いた王たち──アルディナ、バルハ、ジェイル、リオンの四人。そして、彼らの輪に、フィオナもまた招き入れられていた。
カイは一人離れた岩の上に座り、ただ、渡された聖地への地図を黙って見つめていた。
最初に口火を切ったのは、アルディナだった。
「……さて、我らが友は、あまりに重すぎる運命を背負わされた。我々は、ただそれを見ているだけで良いのか」
その問いに、ジェイルが苦々しく吐き捨てた。
「……馬鹿な話だ。世界を救う者が、その代償に心を失うだと? そんな理不尽があってたまるかよ」
その、かつての彼を彷彿とさせる乱暴な言葉。だが、そこに宿っているのは傲慢さではなく、友を想う純粋な怒りだった。
バルハが太い腕を組み、ゆっくりと頷く。
「……おそらく、彼は『世界を救う者』という認識ではなく、『世界を狂わせた者』と認識されている。だが、友がどちらの道を選ぼうと、我が牙がその道を守ることだけは変わらぬ。たとえ、相手が神々の理であろうとな」
「ええ」
リオンが、焚き火に木の枝を放り込みながら言った。
「どちらを選んでも、我々の未来にとっては大きな損失です。ですが、彼が『カイ=アークフェルド』でなくなることこそが、この世界にとって最大の損失でしょうな」
王たちの議論は、自然と一つの結論へと収束していく。
カイ一人の犠牲の上に成り立つ平和など、断じて認めない、と。
その熱を帯びた議論の輪に、ラズやシェルカ、グレンたちもいつの間にか加わっていた。
義手をいじくりながら、ラズが力強く言った。
「旦那が神様になっちまうってんなら、俺たちが無理矢理にでも人間に引きずり戻す。旦那が力を失うってんなら、今度は俺たちが、この新しい腕で、旦那の腕の代わりになる。ただ、それだけだ」
その言葉に、シェルカも、ガランも、そしてグレンも力強く頷いた。
そして最後にフィオナが、その場の誰よりも力強い声で宣言した。
「カイがどちらの道を選ぶか、それは彼自身が決めること。だが、我々の役目は、彼に『第三の選択肢』があると、信じてもらうことだ。力を手放さず、心も失わず、仲間と共に笑い会える未来が、必ずあると」
そうだ。
諦めることなど、誰一人として考えていない。
仲間たちの間にあった迷いは完全に消え、「カイを、残酷な運命から救い出す」という一つの固い決意が、焚き火の炎よりも熱く、図書館の結界よりも強力に、その場に満ちていた。
◇◇◇
俺は、その全てのやりとりを、少し離れた岩の上から黙って聞いていた。
一人ではない。
俺の運命を、俺と同じくらい真剣に悩み、共に戦おうとしてくれる仲間たちが、ここにいる。
「レイナ、いつまでメソメソしてんだよ」
俺の隣で俯いているレイナの肩を叩いた。
「俺は別に、この状況を『お前のせい』だなんて思ってねえよ。ミリスも多分、可愛くて、危なっかしい妹が心配だからああいう言い方をしてるだけだ。俺はむしろ、感謝してるよ。お前が俺にこのスキルを与えてくれなかったら、この仲間たちにも出会えなかったんだから」
俺はゆっくりと立ち上がり、仲間たちの輪へと歩み寄った。
「……みんな、聖地に行くぞ。俺だけの結末じゃない。俺たちの物語の、結末を見つけに」
その言葉に、仲間たちは最高の笑顔で頷いた。
絶望的な宣告を受けた俺たちが、再び一つのチームとして、固い絆で結ばれた瞬間。
最終決戦の地「ティル・ナ・ノグ」への、本当の旅の始まりだ。