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98 光と影の邂逅

 最後の旅は、最高の仲間たちと共に。

 ルディアの民に見送られ、俺たちの心はこれ以上ないほど晴れやかだった。

 まず目指すは帝国の廃砦。還し手の息がかかった、最初の狩場だ。


「しかし、壮観ですな」


 馬上で、リオンが感嘆の声を漏らした。

 彼の視線の先には、馬を並べて進む、あまりに豪華すぎる顔ぶれ。

 先頭を行く俺とフィオナ。その脇を固めるグランマリア国王アルディナと、トウラ族長バルハ。少し後ろでは帝国の若き議長ジェイルが、グレンと何やら剣について語り合っている。


「まさか玉座に座っているべき王たちが、こうして泥道を馬で進む日が来るとは。歴史の教科書も、書き換えねばなりませんな」

「フン……退屈な城でふんぞり返っているより、よっぽど性に合っておる!」


 バルハが豪快に笑う。

 まあ元々ゴリゴリの武闘派だろうしな……政治というより前線に立つほうが好きなんだろう。


 数日後、俺たちは月明かりだけが頼りの深い森の中にいた。

 目の前には、闇に溶け込むようにしてそびえ立つ、古びた砦のシルエット。


「……ガラン、シェルカ。どうだ?」

「……おかしいな」


 先行して斥候に出ていたガランが、眉間に皺を寄せて帰ってきた。

 

「警備の兵士が何人か倒れている。だが、殺されてはない。ただ、綺麗に意識だけを刈り取られているようだ。……まるで、俺たち以外の誰かが、先に侵入したかのような痕跡がある」

「なんだって?」


 俺たちは顔を見合わせた。

 還し手の内輪揉めか?いや、そんなわけが……。

 俺たちは警戒レベルを最大に引き上げ、音を立てずに砦の内部へと侵入した。

 そして、砦の中心部にあると思われる、巨大な宝物庫の扉の前で、ついに「そいつら」と鉢合わせになった。


 黒いコートに身を包んだ、六人の男女。

 その雰囲気は、還し手の狂信者とは明らかに違う。もっと落ち着きがあり、冷徹なプロフェッショナルの気配。 

 そして、その中心に立つ一人の青年。

 俺とそう変わらない歳に見えるが、全てを見下しているかのような、傲慢で冷たい瞳をしていた。

 

「……誰だ? お前たち」

 

 俺が静かに問うと、青年はゴミでも見るかのような目でこちらを一瞥し、鼻で笑った。


「……そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ。……どうやら、お宝の分け前が減っちまいそうだな」


 一触即発。

 俺も、相手も、互いがただの盗賊ではないことを、そして自分たちと同等以上の実力者であることを瞬時に見抜いていた。

 その張り詰めた糸を断ち切ったのは、還し手の仕掛けた罠だった。


 ──ガゴォォンッ!!

 

 宝物庫の扉が、けたたましい音を立てて開かれる。

 中から現れたのは、対魔力合金で全身を覆われた、二体の巨大なゴーレムだった。

 同時に、俺たちの背後で通路の入り口が分厚い石壁で塞がれ、完全に退路を断たれる。


「おい終わってんだろこの砦!」

「ちっ、面倒なことになりやがった!」


 ジェイルと、黒コートの青年が同時に悪態をつく。

 ゴーレムは巨大な腕を振り上げ、無慈悲に俺たちへと襲いかかってきた。


「リラ! ゴーレムの止め方知ってるだろ!?」


 俺がゴーレムの攻撃を避けながら叫ぶと、リラは


「こんな動き回ってるのを止められるわけないでしょ!? あんたらがまず動きを鈍らせなさいよ!」


 と怒鳴った。

 クソっ、真っ向勝負は避けられないか……。


「──協力しないと出られねえぞ! お前、名前は!」


 俺が叫ぶと、青年は忌々しげに舌打ちした。


「……ノアだよ。おい、お前ら! 一体ずつだ! さっさと片付けるぞ!」

 

 戦闘が始まった。

 俺は仲間たちに細かな指示を飛ばす。


「フィオナ、グレンは正面から動きを止めろ! バルハ、ゴウランは側面から装甲の薄い関節を狙え! シェルカ、ガランは援護射撃!」


 俺たちの、阿吽の呼吸の連携。

 だが、ノアのやり方は全く違っていた。


「自分の獲物は自分で狩れ。死んだ奴は、そこまでの価値だったというだけだ」


 彼は、一切の指示を出さない。

 彼の仲間たちは、それぞれが個人の技量だけでゴーレムに攻撃を仕掛けていく。連携は皆無だが、その一人一人の実力は恐ろしく高かった。

 戦闘の最中、ノアの仲間の一人である若い魔術師の少女がゴーレムの反撃を受け、吹き飛ばされた。


「きゃあっ!」

「チッ、使えねえな」


 ノアは倒れた彼女に見向きもせず、より価値がありそうな宝物庫の奥へと、一人で向かおうとする。

 その、あまりに非情な姿。 

 俺の中で何かがキレた。


「ふざけんなッ!!」


 俺は、相手をしていたゴーレムをユランに任せ、倒れた少女の元へと駆けた。

 ……なんだかアイツは、副作用で人間らしさを失った、あの時の俺と重なるんだ。だから俺は許せなかった。


「仲間を見捨ててまで手に入れた宝なんざ、クソ食らえだ!!!」


 俺は少女を庇うようにしてゴーレムの拳を身体強化【極】で受け止め、その隙にフィオナが少女を安全な場所へと引きずっていく。


「……非合理的だな。たかが駒一つを助けるために、自ら危険に飛び込むとは。お前のような甘っちょろい偽善者が、よく今まで生き残れたものだ」


 俺は咄嗟に「黙れ!!」と叫びたくなった。

 しかし、ここで激昂していてはいつまでも未熟な俺のままだ。……今の俺は、違うだろ。


「やらない善よりやる偽善って言うだろ? 俺の偽善で、これだけの仲間たちが着いてきてくれたんだよ」


 ノアは「くだらん」と鼻で笑った。

 俺たちの価値観は、決して交わることがなかった。

 すると、ゴーレムの胸部が開き、そこから還し手の「消滅の呪い」を帯びた、禍々しい光線が放たれようとしていた。

 狙いは、俺だ。

 マズい、避けないと──!


 ──だが、その光線が俺に届くことはなかった。

 俺を庇うように、ノアがその前に立ちはだかっていたからだ。

 彼のスキルが発動し、光線は彼の身体に吸い込められるように消えていく。


「なっ……!?」

「……助けた訳じゃねぇよ」


 ノアはそう吐き捨てると、自らが吸収した消滅の力を、倍以上の破壊力を持つ闇の槍へと変換し、ゴーレムへと叩きつけた。

 二体のゴーレムの動きが止まる。


「リラ! 今だ!」


 俺が叫ぶと、リラは華麗なステップでゴーレムへと接近し、ささっと動きを停止させた。


「はい、おしまい」

「すっげぇ……」


 やはり、戦いにおいては知恵も大事だと痛感させられた。


 やがて場に静寂が戻ると、俺とノアの間には決定的な価値観の亀裂と、奇妙な貸し借りが生まれていた。 

 ノアは、宝物庫から目当ての物を手にすると、俺に一瞥もくれずに言った。


「お前が俺の仲間を助けたから、俺はお前を助けた。これは等価交換だ。……まあ、せいぜい、俺の邪魔はするなよ」


 そう言い残し、彼は仲間と共に、音もなく闇へと消えていった。


「待て待て待て待て待て!!!」

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