97 英雄の復活
出発の朝が来た。
本庁の大議事堂。最後の作戦会議のため、円卓には旅に参加する全てのメンバーが顔を揃えていた。
しかし、その雰囲気は重かった。
誰もが、リーダーである俺が昨夜の涙を経て一体どんな顔で現れるのか、固唾をのんで待っていたからだ。
心を失った、冷たい神の顔か。
それとも、重圧に潰された、悲痛な顔か。
「──おはよう、みんな! 待たせたな!」
一瞬で、まだルディアが村だった頃を思い出すような懐かしい声に、全員がはっと顔を上げた。
議事堂の入り口に立っていたのは、ここ数日間の、完璧で近寄りがたい「領主」の顔ではない。
少しだけ寝癖がついていて、悪戯っぽく笑う、みんなの知っているカイ=アークフェルドだった。
「……カイ?」
フィオナが、信じられないといった顔で呟く。
俺は彼女の前に立ち、少し照れ笑いしながら言った。
「フィオナ。昨日はその……ありがとな」
「……!」
「それと、みんなも心配かけたな。……もう、大丈夫だ」
その、たった一言。
その一言だけで、仲間たちには全てが伝わった。
俺たちの間にあった、分厚いガラスの壁が、完全に砕け散ったのだ。
「ぶっ……!」
ラズが、たまらないといったように吹き出した。
「……馬鹿野郎! 悲劇のヒーローぶってんじゃねぇよ!」
笑いながら言うラズの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
ザルクが、俺の頭を、子供にするようにわしゃわしゃと撫でる。
「おう、それでこそ俺たちの旦那だ!」
「おい頭撫でんな!!」
その、ただの青年だった「カイ」を彷彿とさせる光景に、皆は安心と幸福感に満ちた笑みを浮かべていた。
そうだ。
ここが、俺の帰る場所だ。
俺は議長席に着くと、最高の笑顔で言ってみせた。
「さて、と。それじゃあ、始めようか! 最後の、そして最高の旅の、最後の作戦会議をな!」
俺のその一言で、会議室の空気は一気に熱を帯びた。
大陸地図を広げると、これまでの俺なら決して口にしなかったであろう、とんでもない提案を口にした。
「まず、目的地だが……『始まりの図書館』に直行するのはやめる」
「「「はあ!?」」」
全員が素っ頓狂な声を上げる。
俺はなんだか面白くなって、笑いながら言った。
「おいおい、よく考えろ? どうせ、還し手の連中も俺たちがそこへ向かうと読んで、待ち伏せしているに決まってる。そんな敵の掌の上で戦うなんて、面白くもなんともねえだろ?」
俺は地図上のある一点を、指でトン、と叩いた。
それは、今は廃墟となっている、帝国の古い砦だった。
「ジェイル。ここは、お前のとこの反乱軍……ゲルハルト公爵が、秘密の武器庫として使ってた場所だよな?」
「……ああ、なぜそれを……?」
「ここに、還し手のアジトの一つがある。ジェイルからもらった情報と、リラが解析した情報を組み合わせたら、ビンゴだった」
まあ、本当はレイナに教えてもらっただけだが。
そんなことは知る由もないリラが感心するように頷いた。
「すっごいじゃん。自力でそれに気がつくなんてね」
「まず、こいつらを叩く。図書館に行く前に、奴らの戦力を一つでも削いでおくんだ。敵の意表を突く──俺たちの戦いは、いつだってそうだったはずだろ?」
その、大胆で「カイらしい」作戦。
仲間たちの顔に、徐々に興奮の色が浮かんでいく。
「ククク……面白い! 敵の裏の裏をかくか!」
「やっぱり、貴方といると本当に退屈しませんな!」
バルハもリオンも、心の底から楽しそうだ。
俺は立ち上がると、円卓に集った最高の仲間に向かって、高らかに宣言した。
「いいかお前ら! この旅は、ただ世界の謎を解くための暗い旅じゃねえ! 俺たちが、この大陸で一番自由で、一番強くて、一番面白い奴らだってことを、神様にも、還し手の連中にも見せつけてやるための、最高の冒険だ! 正直ここ一年くらい、書類仕事ばっかりでお前らも飽き飽きしてんだろ!?」
「難しいことは、図書館に着いてから考えりゃいい! 今は目の前の敵をぶっ飛ばして、道中に美味いもんでも食って、最高の旅にしようぜ!」
その、破天荒でありながら、希望に満ちた言葉。
それこそが、皆が愛したカイ=アークフェルドの本当の姿だった。
「「「うおおおおおおおおおおっ!!!」
議事堂は、地鳴りのような雄叫びに包まれた。
そうだ。
これだ。
バカで、無茶で、身の程知らずで、どうしようもなく温かい、この仲間たちと共に歩む道。
それこそが、俺の最高の「スローライフ」だ。
会議が終わった後、俺たちは民衆の大歓声に見送られ、城門をくぐった。
「次、俺たちがこの城門をくぐるのは、世界を変えた後だ。それまで、達者でな!!」
俺は最高にカッコつけて、旅へと出発した。
大陸中の想いを背負いながら、その心は、かつてないほど晴れやかに。